あなたの世界はリアルか?

- interview with 苫米地英人 -

自分とは、全く別の臨場感で世界を眺める人がいる。
それが人為的にしくまれた場合、「洗脳」という言葉が浮かび上がる。
現代、「デプログラミング」=「脱洗脳」という、不思議な所業をする人がいる。
意識と潜在意識のメカニズムは、たゆみなく動き続け、
それぞれの人間の心の中に、固有の映像を投影し続けている。
人間の無意識の深い部分では、何が行われているのか?
今回は、「デプログラマー」苫米地英人氏にお話を伺った。

苫米地英人(とまべち ひでと) プロフィール

1959年、東京生まれ。
1983年、上智大学外国語学部英語学科卒。同年、三菱地所入社。
1985年、イエール大学大学院計算機科学科博士課程にフルブライト留学。
1987年、カーネギーメロン大学大学院哲学科計算言語学研究科博士課程転入。
1993年、同大学院博士課程修了(Ph.D.)。
同大学研究員。徳島大学工学部知能情報工学科助教授、
 通商産業省情報処理振興審議会専門委員などを経て、
現在、コグニティブリサーチラボ株式会社代表取締役社長。
オウム信者らへのデプログラミング(脱洗脳)を手がけたことでも知られている。
 著書に『洗脳原論』(春秋社)、
 訳書に『CIA洗脳実験室』(デジタルハリウッド出版局)がある。

B:新興宗教、セミナー、商売などで、洗脳的なテクニックが
  使われている事がありますが、伝統的な宗教、心理療法やボディーワークでも、
  どこかでそういったエッセンスを使っていると思います。
  苫米地さんが「洗脳」という言葉を使う時、その基準はどこにあるとお考えですか?


洗脳という定義の中には、二つの重要な要素があるんです。
一つは手法が洗脳的であること。
もう一つは、モティベーションが本人の利益のためじゃないということ。
基本的にはやっている側の利益のため、という本音がある。
誰も個人の心の中を見抜くことはできないわけだから、
その人の為になっているかどうかは、
社会の中で受け入れられている価値観かどうかです。

たとえばビジネスなら、これから買われるものを、
売る者が買う本人達の目の前に提示して、
お互い納得の上で売買される訳だけど、
ある種のセミナーでは、実際何が売られているのかというのを、
本人は知らない。
結局買うことになるのはセミナーグループの中での地位かもしれないし、
セミナーグループの中での幸せかもしれないけど、
本人がもともと買いたかったのは、現状の社会人なりの枠組みでの、
今の自分をもっと立派な自分に変える、それを買ったつもりになっているんです。
売られたものと買ったものが違うので、それは詐欺です。

ただ、僕はそれを自己責任の範囲だと思います。
言い方を変えれば、詐欺に会う人は昔からいくらでもいる。
年利18%とか30%とかいうお金を借りたはずが、
一週間で100%の金利だったとかね。
そういう話は全部、警察の仕事であると思うんです。
警視庁公安部の上から下まで全て探しても、
洗脳に対処できるのは一人もいないけど、
一応警察の仕事なんです。

宗教カルトだと、もうちょっと社会的に影響を与えることが多い。
それでどっちかというと危機感はあるんだけれども。
フランスでのカルトの認定は、教義は一切問わないんです。
単に信者同士や周囲とトラブルを起こしているかとかそういうことしか問わない。
教義を見ても、いいことしか書いてないので、
カルトかどうかは分からない。
どんなに考えぬいても攻撃できないような抽象的な思想を持っておいて、
もう一方で人為的洗脳するというのが、カルトのやり方だからね。

ただ、洗脳的手法は認知科学のおかげで、すごく高度化している。
それが悪いかといったら、僕は悪いとは思ってない。
自分自身のコントロールがよりできるようになってきているし、
必要に応じて頼まれた相手のコントロールができるからね。
それを相手に気づかれない内に、
許可なく勝手なことをするからいけないのであって。

洗脳についても、全員が同じ知識を持てば、
「ああ、なんかやってんじゃん」と分かる。
『洗脳原論』を出したのも、皆があれを読んでくれると、
簡単にはカルトにやられない。
技術の存在そのものを隠して洗脳するから
正直ものがバカを見ているだけであって、
知識をみんなが持って、それを意識に上げれば終わりだからね。
そういう意味では対カルトマニュアルになると思うよ。


B:洗脳をはずすという行為は、
  ここまでくればニュートラルであるという基準が、
  苫米地さんの中にあるからできると思うのですが。


それはもちろんやっている側の主観になってしまうんだけれども、
基本的には現実の世界の臨場感に戻っているかという大前提があるんです。

というのは、オウムの例で言うと、あの麻原というおっちゃんは、
信者の目には、完全にかっこいいおじさんとして映っている。
で、親の顔は、恐い悪魔のように見えているんです。
映画の世界のように違う眼鏡がかかっている。
そういう所から完全に現実の臨場感に戻るというのが大前提です。

それと『洗脳原論』にも書いたけれど、「アンカー」と「トリガー」の関連。
「アンカー」というのは、埋め込まれた体感、感情、思考パターンなどを指しますが、
これは、無限の可能性があるから全部取りきるというわけにはいかないけれど、
大体、一ヶ月から二ヶ月の期間、ありとあらゆる可能性のある「トリガー」、
これは、アンカーを文字通り引き金として発火させる
言葉やイメージなどの情報ですが、
これにあたりそうなものを総当りで試してみるんです。
それでもう大丈夫となった時、もちろんそれは絶対ではないですが、
その期間でだいたい大丈夫というのが、僕の基準なんです。


B:苫米地さんが洗脳を解く作業をする時には、イメージの中で、
  抽象的な図形を見ながら組み立てていく、
  という所が非常に興味深く感じられました。


たまたま僕は共感覚者で、認知が重なっているんです。
昔から音とか感情とかを色で見てしまう。
これは自分の癖だと思っていたけれど、
最近の研究では単に認識が重なりあっているという事がわかってきています。
みんなの声は色と形で覚えている。
自分で扱いやすく、なおかつ自分の変性意識の力で、
相手にもそれを感じさせてしまえるんです。
自分のやりやすい方法で、やっているだけだからね。


B:カルト的なものの発生、人が人を圧倒的な力の差をもって
  コントロールしようという欲望は、
  どういう所から生まれてくるとお考えですか?


「ダークネス・バウンダリー」と呼ぶ人間の心の深い闇の部分には、
普通の方法ではそこには誰も行けないんです。
でも退行催眠を使ってみたり、NLPをやってみたり、
もしくはドラッグをやってみたり何でもいいんですが、
それをきっかけにしてポーンと入ってしまうことがある。
そうすると、いきなり超人になった気になる。

人間の無意識の深い部分にいくと、
他の人に影響を与えられるような使っちゃいけない能力の幾つかが出てきてしまう。
仏教で言うと、そういうのは鬼神の力を借りているという風に言っていますね。
それで勘違いが始まる。
もちろん大半の人は、恐いものを見てしまったといってやめるか、
怖ろしくなって違う方へ行くとか、
逆にセミナーや他のカルトの被害者になると思うんだけれども。
その中で力の差があるとますます万能感が出てくる。


B:万能感。
  猟奇殺人などの犯罪者は、ニーチェのツァラトゥストラが好きなことが
  多い気がしますけど、
  なぜ、人はそういう万能感にひきつけられるんでしょうか?


元々、人間は神を求めるものだから。
宗教的に言えば、大日如来や宇宙に広がる知識みたいなものに
特別な憧れをもっている。
そういう憧れをもっている種族がなぜか生き延びて進化している。
宗教は文化だから、そういう心の欲求みたいなのがあるんじゃない?
というのが一つの考え方だと思うんです。

もう一つは単純なる勘違い。
たまたまなのにその気になってしまい、
自分の使命はこれなんだと思ってしまう。
それほど、ダークネス・バウンダリーに触れてしまった時の
パワーは凄まじいものがあるんです。


B:変性意識には、天然のリミッターみたいなものがある気がします。
  本当だったらナチュラルにそういうものが働いて、
  それでも行きたい人は自分で覚悟して行くかもしれないけれど、
  通常は、その人の能力の範囲内で収まるようにできている
  のではないかと思うのですが。


そういうものに対しての社会のレベルと個人の本能的なレベルと
いうものがあると思います。
今の社会の状況では、それが効かなくなっているんじゃないかな。

昔は社会的に工夫があったんです。
自然と生まれてくる歯止めみたいなものがある。
アルコールだって、アメリカの禁酒法時代みたいな時に
勝手に飲まれたら危ないものになります。
死人も出るし、殺人にも結びつきます。

個人のレベルの歯止めは、あたりまえの現実世界と何か違う臨場感に
違和感を持った時に始まります。
倫理的に教えられなくても、危ないんじゃないかと感じられるわけです。
でもそれが麻痺しているでしょ?
映画だったり、テレビだったり、ゲーム、小説などありとあらゆる文化、
社会、そしてテクノロジーが生み出したものが臨場感を持たせてしまう。
そんなのはもう娯楽として経験しているし、
危ないものだと本能的にも思わなくなっている。

そこにリスクがあるんです。
本来、足をつけている社会の倫理から、それはおかしいんじゃないの
という要因がいっぱい隠されているのが見えるはずなんだけれども、
見えなくなる。
変性意識がもたらす治療効果とかもあり、
変性意識それ自体が危ないのではなく、
変性意識を利用されることが危ないんです。


B:ドラッグ、宗教、カルトなど、人為的なテクニックや薬物を使ったりして、
  開くはずのない変性意識の回路を一度でも開けてしまうと、
  何かが損なわれてしまう気がします。
  自分自身のホメオスタシスが回復できなくなるような。


人間の脳の古い部分から前頭葉の新しい部分には、
ドーパミンが流れる経路があって、変性意識が強くなった時は、
通常と違う刺激でドーパミン経路が開きます。
そこで例えばドラッグとかアルコールでもそうですが、
そういうのをやると、本来持つ通常の気持ちいいこと、
食べる行為、性の行為より、はるかに多いドーパミンが流れるんです。

やり方を間違えると早い話、脳が壊れてしまう。
そうなると、今度は似たような状態になるだけで、
条件反射的にドーパミンが流れる可能性がある。
その結果、体はその状態を好んで選ぶようになってしまいます。
ヨガとかやっている人は半分ジャンキーですね(笑)。
あれは、普通の人が考えているより、やり方によっては、
かなり危険なんです。
健康法ぐらいの気持ちでやってしまうけれど。


B:グルジェフという神秘思想家は、霊的な進化を考えた時、
  ヨガ行者はいくつかの段階を飛ばして、ある次元に到達するけれど、
  逆にそこから先へ行けなくなると言っていたと思います。


そうだね。
ジャンキーになっちゃったらそうかもしれないね。
というのは精神レベルを上げるときというのは、
動的な所と静的な所、気功でいうと動功と静功、
仏教でいうと密教の行に対する止観の部分、
静かな所がないと、上には行かないんです。

ヨガの動的な行為によってドーパミンを出すと、
かえって時間がかかってしまう。
だから、本当にスピリチュアルなレベルを上げていこうというのであれば、
座った瞑想だけの方がはるかに可能性が高い。
もちろんこの場合でもドーパミンが流れるわけだけれど、
あくまでも脳が壊れないような自然な流れなんです。

ヨガを批判しすぎたくはないけれども、
少なくとも日本でやられているヨガは、瞑想的な静の部分が極端に少なく、
体にとって異常な負担をわざわざかけることによって
ドーパミンを出すので、壊れちゃう可能性があるんです。


B:苫米地さんが洗脳を解かれた方にも、
  損なわれてしまった部分というのがあるんですか?


うん。
オウムだったら、LSD、覚醒剤は当たり前だからね。
それも致死量を超えたものをやるからね。
それはもう壊れてしまった人はいっぱいいます。


B:ちょっと話を変えますが、現在コンピュータのお仕事をされていますね。
  「洗脳を解く」=「デプログラミングする」という考え方は、
  例えばインターネット上のクラッカーに対して、
  何処までの倫理観をもって、OKにするかNOにするか、
  そういう感覚にどこか共通しているものがあるのかなと思いました。


それはその通り。
似ているし、将来は実際に同じことになるんです。
というのは、あと何年かすれば、
人間の脳は物理的にコンピュータと繋がるから。
人間の欲望は常に強いからね。
生産性があがり、社会での競争に勝てるために、
コンピュータと脳をつなぐ人がどんどん増えていくでしょう。

ネットワーク上でハッカーがハッキングするというのは、
カルトが人間の自然の脳にハッキングをかけるのと最終的に同じことになるんです。
元々僕の専門は人工知能だからね。
これは、人間の脳を模倣したものをコンピュータ上に作るという概念です。
今の段階でやっていることは、人間の脳には似てもに似つかないけれど、
それに対する、こちらからの倫理観というのは似た所があるよね。
ウチの会社でやっているのは、まさにそういうことで、
ハッカーに入られないサーバーを作ったり、
入った痕跡を突き止めるシステムを作ったりそういうことをやってます。


B:潜在意識はちょっとコンピュータみたいなところがありますね。
  どんなデータでも入れてしまえば、倫理など関係なしに、
  それに反応してしまうところが。


潜在意識はバカだからね(笑)。
だからいいんです。
ただコンピュータより潜在意識のほうがちょっと楽なのは、
コンピュータの場合は少し間違えるだけで動かなくなるけれど、
潜在意識の場合はいくら間違えても動かなくはならない。
傷は負うけれど、傷を負ったまま動くんです。
その方がフレキシブルだよね。
まあ、バカであることには間違いない。

だから、親が子供に怒るときは絶対に悪いことを言ってはいけないんです。
「おまえは悪い子だ」ではなく
「おまえはいい子なんだからそれはいけないよ」と
言わなくてはいけないんです。
否定的な言葉は小さい頃には言ってはいけない。

脱洗脳なんてすごく高度なことをやっているように見えるけれど、
相手となる潜在意識はバカなんだから、
そこにアクセスさえしてしまえばそんな大変なことではないんです。


B:潜在意識という、人間が意識的にコントロールできないようなものが、
  なぜ元々備わっているのでしょう?


それは、なんで心臓があるのというのと同じで、
心臓ってそう簡単にコントロールできないでしょう?
今、僕達はイスに座ってるけれど、
誰もイスから転げ落ちてないですね。
関節を固定したロボットをイスに座らせることは簡単だけど、
人間みたいに柔らかい関節のロボットを座らせるのは大変です。
つねに重力を計算してちょっと右、いや左と、
ものすごく微妙で大量な偏微分方程式を解きながら調節している。

殆どの生体に関する情報処理は、
意識に上げないで済ませてしまうようにできている。
そういう進化をしたからね。

意識とは何かというと、今、気が付いていることが意識なだけで、
常に変わっていく。
催眠手法も同じで、気がついていない所を意識に上げることによって
コントロールしていく。
今、ソファーの感触をお尻で感じると言われて、
意識しはじめる...そう言われて初めて感じ始めるでしょ?
もう僕の催眠に入っているんです(笑)。

生体のレベルでいうと、明らかに、
自分の意識にいちいち上げていたらたまらない情報処理を
勝手にやるようにしているのが無意識です。
それが記憶の世界まで広がって維持されているのが
潜在意識と言われているものです。
まさにホメオスタシス、正常な状態でいるために、
とてつもないものが無意識、潜在意識の中にあるんです。
それが意外とコントロールされやすいのが困った所なんです(笑)。


B:スピリチュアルな観点でみると、どうしても自意識を
  一回手放さなくてはならない段階があったりしますね。


それは、勿論そうなんですが、余程相手を選んでね、ということです。
少なくとも向こうからお誘いしてくる人はだいたい危ないからね。
自分で選び出した禅のお坊さんでもいいし、ヨガ行者でもいいけれど、
この人は大丈夫という人を選んでほしい。

それでもリスクは伴うから、
僕は新しいものはやめておいたらと思います。
僕の基準では、1000年以上、社会の中で続いているものなら、
そう危険はないだろうと。
実際に洗脳的手法は、全宗教の中にあります。

例えば、もっと精神的な空間を広げないといけない時、
どうしても自分では対処しきれない、
それはトラウマなのか、思考パターンなのかは分からないけれど、
どうしてもそれに囚われてしまって抜け出せない時に、
それをダイナミックに動かすというのと同じ技術です。

それはやっぱり使い方だよね。
まあ、しなくてもいい人は沢山いるけれど、
宗教的にみれば生まれる前からのなんらかの因果だったりするかも
しれないですが、スピリチュアルなステージアップをしたい人がいるんです。
それが一番危ない時だから、余程気をつけて。
いい機会があればやった方がいいというのは本音なんですけれど、
それはなかなか勧められない。
100人、いや1000人の内、999人は偽物だからね。


B:本物と偽物があったら、偽物のほうが人気が出る気がします。


そうそう(笑)。
もう一つ上の視点で人間が社会を見られるように
ならなければいけないでしょう。
人間の意識は階層性があるからね、

普通の生活では、そんなに高いレベルの階層を必要としない。
そんなことに興味を持たれても、日本経済は成り立たないし、
国と言うレベルでは、そういう階層には目を瞑っていたほうが都合がいい。

でも、全員が目を瞑っているのはヤバイんです。
実際には、いろいろな仕掛けがされてきている。
昔から鬼神と言われているもの、
それが物理的に存在するか否かはどうでもよくて、
実際に物理的に存在するのと同じ効果が起こっている。

それはものすごく抽象度の高い意識空間で仕掛けられてしまうことでね、
それに対して、1000人に1人でも目を開いて戦える人がいないと困るでしょう。
リスクはあるけれど、挑戦してもいい。
空海さんとかはそういう人なんじゃないのかな。


B:自分で崖から飛び降りてしまうくらいですものね。
  アメリカで人工知能の研究をされている方と、
  こういう話もされるんですか?


しますよ。
人工知能の研究をしている人の多くの割合がユダヤ人で、
彼らは本当にユダヤ教を信じているからね。


B:ユダヤの考え方で感心するのが、
  人間には元々認知できないものがあると想定した上で、
  ロジックを緻密に組み立てているところです。


仏教でも華厳経というのがあって、そういうことが大量に書かれていますね。
時間に関していうと、ユダヤ教の時間の概念は、
過去から未来に流れるんです。
あたりまえだけど。

で、仏教の時間は未来から過去へ流れるんです。
仏教の阿毘達磨(あびだるま)という学問の大系があるんだけれど、
縁起という中から編み出されたものです。
刹那という言葉が表す一瞬、これは本当に時間が無い一瞬、
縁起によってこの一瞬の現実が生み出される。
でも次の瞬間には、過去になっているでしょ?
ではどこからそれは来るかというと、未来からなんです。
未来に我々の全てがあって、
ありとあらゆる可能性がぐちゃぐちゃにある状態から、
縁起によって刹那瞬に一つの現実として出来上がって、
その出来上がった瞬間に過去へ流れてしまう。
それが仏教の時間の流れだというんです。

縁起というのは、現在そのものを生み出す力なんです。
ユダヤ教的な考え方は逆で、法則的な意味での法が前提。
過去の初期状態に、現在の制約状態がかけられて、未来が結果としてある。
だからユダヤ教徒に、この時間の話、未来から過去へ流れているんだぜ、
という話をすると、最初は怪訝な顔をするけれど、
この縁起のことを説明すると、
人工知能は元々、知識ネットワークを使っていろいろな概念による
網の目状態での因果関係の組み合わせで説明する性質を持っているから、
縁起の話は当然のことになる。

現代哲学をやっている人も、
未来から現在が一瞬で生み出されて過去へ流れるということを
あたりまえに受け止められますね。


B:認知科学では、何かを認知した瞬間、
  事象が変わるという見方がありますよね。
  認知と事象の関連性はどのように受け止められていますか?


それは...、もう仏教思想を出さないと
うまい説明ができないんだけれど、
まさにそれは縁起です。

自分とはなんぞやなんていっていくら指さしても、
それは全部おまえとの関係、
今この空間との関係という縁起の発想になってくるんです。
全ては片一方だけでは成り立たない。

だから人間は宇宙にとっての重要な役割になる。
縁起の中でこちら側の対象として非常に重要な役割を果たせるんです。
人間は情報処理マシーンです。
情報処理マシーンのレベルがどんどんあがっていけば、
対象物もレベルが上がっていくでしょ?
人間存在がその知的能力を生かせば生かすほど、
精神レベルを上げれば上げる程、
対象がいいものに変わっていくんです。

唯識というのは仏教の考え方の中心なんだけれども、
誤解されていて、唯心論的に思われがちなんです。
西洋には、フッサールの現象論みたいな唯心論という考え方がある。
心が全てを生み出すみたいな。
インド哲学などもそうだけれども、
お釈迦さまのいう唯識はインド哲学の唯心論に反している考え方です。

心が全てを生み出しているのではなく、
表象と表象でないものが表裏一体として同時に存在している。
昔は情報というものの扱い方がよく分からなかったので、
縁起の解釈はできなかったんだけれども、
今は縁起というのは、知識空間の中にちゃんと存在していると思う。
それが知能処理マシーンである人間の、宇宙での重要な役割なんです。
IQを上げるのでは足りない。
自分の認識をいかに上げていくか、ということは、
精神的、スピリチュアルなレベルを上げていくということです。
その役割を果たせれば果たせるほど、宇宙が変わる、
というのが縁起の思想なんです。


B:それは、「無限の宇宙が、有限の個をなぜ作ったのか?」という
  問いの答になるような気がします。
  本日はどうも、ありがとうございました。

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