『Interview Archive』は、『NewsLetter』『Spiritual Databook』に掲載されたインタビューです。
内容や役職などはインタビュー当時のものです。予めご理解のうえお楽しみください。

Special Interview Archive #09 2003

発酵は力なり

小泉武夫 / 農学博士

「我々の生活全般に、発酵はどんどん入り込んできています。

微生物というのは、条件さえ合えば半永久的に死なない。

しかも凍結乾燥して、ずっと置いておけるものなんです」

生きてゆくのに絶対不可欠な要素「食べ物」。
それは、自然という大きな枠組みの中で働く「しくみ」の一環でもある。
ミクロの世界で繰り広げられる不思議なしくみが、「発酵」という現象。
発酵のプロセスによって、食べ物は腐らなくなり、栄養価が高まり、おいしくなる。
人間を助け、共生してきた発酵微生物の世界は、まさにスピリチュアル・ワールドだ。
今回は「発酵と言えばこの人!」、農学博士、小泉武夫氏にお話をうかがった。

B (ブッククラブ回) 発酵食品に関して関心が高まってきている気がするのですが、いかがでしょう?

「発酵」という二文字からどのようなキーワードが考えられるかということを、大手の広告会社がモニターを取ったところ、「手作り」「本物」「伝統」「健康」「自然食品」という5つの言葉が出てきたそうです。

ネガティブでなくすべてポジティブな答えが出てきたのです。このことから国民は「発酵」というものに対して非常に興味を持っているのと同時に、まあ、一種の憧れもあるんではないでしょうか。私も去年(※2002年)6~7月に、NHKの人間講座で「発酵は力なり」というプログラムをやったんですが、この視聴率が非常に高かったようです。この講座のテキストも異例なことに増刷されたんです。そのくらいに皆、発酵の世界、発酵食について興味を持っているのだと思います。ですから、納豆、ヨーグルトなどが注目されるのもうなずけますね。

B ─納豆などは、とても消費が伸びているようですね。

ええ、以前に比べ問題にならないくらい伸びていますね。たとえば四国では、今まではほとんど納豆は食べなかった。ところが、今、消費の伸び率では四国が一番なんです。なぜかというと、四国に橋ができたからなんです。あの橋を渡って納豆がどんどん運び込まれている。高知県をはじめ、伸び率としては四国が一番です。まあ県民一人あたりの消費量になりますと、一位が東北の福島県、二位が茨城県、あと秋田県、岩手県、なんと沖縄の石垣島でも納豆をずいぶん食べはじめました。発酵食品が身体にいいと、みな考えているんでしょうね。

B ─発酵食品を食べると、うま味ですとか、匂いですとか、かなり複雑に混ざりあって、それがすごくおいしく感じられるわけですが、最近の現代人の生活では、それを嫌う傾向もあったと思うんです。もうちょっと人工的に調整された味や匂いを好むようになってしまったという気がしていたのですが。

そうですね。その傾向の方が、むしろまだ続いているんではないでしょうか。
若い人はあまり発酵食品に反応しない。まあ少しずつ関心は高まってきているんでしょうけれど、一時、人工的に調整されたものが好きという方向へ行った人が、また発酵食品の良さを見直しているということが多いのかもしれません。

若い人を見ますと、ほとんど洋食で、ピザだのハンバーガーだのファーストフード中心で、伝統的な日本食の良さを見失ってきているわけです。
しかし、韓国の若者たちのここ20年間の食べ物を調査したところ、日本と同じように一通りのファーストフードがあるにも関わらず、韓国の伝統的な発酵食品の消費量が下がってないんです。

それに比べ、現在の日本の「食」を考えると、非常に激変している。「食」というものはその民族に長く培われてきたものであって、健康ですとか、考え方、精神的情緒などに影響を与えるものだということを、私は常々言ってきました。

たとえばプロ野球選手みたいに、毎日のようにステーキや焼肉を食べたからといって、カが発揮されるものでもない。特に今の若い人たちは誤解をしていると思うんです。やっぱり伝統的なものを食べるように、この民族の遺伝子が対応しているはずなのです。

日本の「食」が、世界の栄養学者たちから非常に優れていると評価されるのには三つの理由があるんです。一つは大変に栄養バランスが良いということ。二番目にカロリーの取り方が理想的であるということ。三番目はなんといってもヘルシーだということ。
ドイツ料理もフランス料理も中国料理も韓国料理も問題にならないほど、日本料理はヘルシーだということを外国が注目し研究をしています。ですが肝腎の日本人はどんどんアメリカナイズされてゆく。これは民族として非常に悲しいと思うんです。

「食」というのは、保守的であるべきだと僕は思うんです。私は、日本のスローフード協会の会長をしていますが、ファーストフード的なものをやめさせようなどとは毛頭も思っていません。
しかし、日本民族としての食べるということの基本、本質、理念というものがわからなくなってきている。そこを原点に戻って考えよう、という目的でやっています。ネギや大根が誰によってどこで作られて、どういう経路を通って私たちの口に届くかを誰もわかってない。だから不安がいっぱい起きてくる。他人任せの「食」になりすぎているんですね。日本人には、日本人としての食べ方、食べ物がある。

しかも世界が認める素晴らしいものがあるというのに。最近、納豆にしても匂いのない納豆なんてものが出ているようですが、私からしてみると、そんなもの食べる人は納豆を食べる資格がないと思います。ヨーグルトなどの発酵食品の人気が高まっても、それはまだほんの一部であって、構造自体は変わってはいない。

B ─味覚というのは、人間の思考や感性と深く関係しているということですが、現代人の限定された味覚についてはどうお考えですか?

好き嫌いというのは、二つあるんです。一つは民族としての遺伝子。
たとえば日本人が好きな「くさや」や納豆。これを外国人に嗅がせたら多くはダメですし、逆に外国で食べられている強烈な山羊のチーズなんかは、日本人には抵抗がある。こういった民族としての嗜好性がある。

もう一つはファミリーとしての嗜好性。おじいちゃんがダメな食べ物は孫も苦手というようなことです。日本人は赤ちゃんの頃にはお尻に青いあざがあり、腸が長いというのはモンゴロイドとしての遺伝子です。

この二つが食の嗜好をある程度決定づける。ところが物心がついた後で、あるものを食べて突然おいしいと感じられることがある。嗜好性がころっと変わることがあります。私は大学で食文化論を教えております。人間というのは食べ物に関して、常に同じ嗜好をもっているのではなく、出会いだとか、環境の変化、年齢とかによって変わってくる。肉ばっかり食べていた人が、年を取ってくると刺身が好きになったり、ウイスキーの水割りなんかを飲んでいた人が日本酒の熱憫になったりするというようなことがある。

出会いという事も大きいので、最初から自分の中であれは嫌いだと決めつけているのもダメですね。
医食同源といって食べ物が身体を作っていくわけなんですから、非常に重要なことなんです。日本は東洋の国であるのに、明治の頃に西洋医学の波が入ってきた。東洋の中で西洋医学に転換したのは日本だけです。西洋医学の場合、病気になったら薬、ガンなら切りましょうという対処療法が中心です。ところが東洋医学というのは食べ物で病気を防いだり、治したりするというのが基本になっている。日本の医学生のカリキュラムを見ても食べ物については触れていない。中国の上海医学院のカリキュラムを見ますと、かなり食べ物関連です。

食べ物は身体を作る上でも物を考える上でも非常に大切なことです。嗜好は固定されたものではなく、どんどん変わっていくものなんです。まあ、食わず嫌いということもありますけれどね。私の今日の昼飯はこれです。ご飯に自分の家で作る塩鮭、それと納豆。一日二回納豆を食べるんです。
身体が要求する納豆依存症というか、この生活を2~30年やってますと、うんこも糸が引いてますよ。それは冗談ですけど。(笑)。

B ─たとえば、「こんなに臭い食べ物を最初に食べた昔の人は勇気があるね。」なんて今の現代人はいいますが、むしろ昔の人にしてみれば、それがおいしい匂いだと感じるのが当たり前で、本当に腐っているものと嗅ぎ分けられる力が、ごく自然にあったのでしょうか?

現代でもそういった力はありますよ。
たとえば私が『課外授業・ようこそ先輩』というNHKの番組に出た時、子どもたちに、鯖の腐ったものとスウェーデンの世界一くさいニシンの発酵食品の缶詰「シュール・ストレンミング」の匂いを嗅がせて比べさせましたら、鯖の方には怖がって近づかないんです。
でも缶詰の方は、くさいんだけれども興味を示すんです。中には手を出して食べる子もいました。

B ─やっぱり、子どもの本能的な力はすごいんですね。

ええ、大変なもんです。今、子どもに食べ物で何が一番好きかと聞くと、小さい頃から納豆を食べている子どもはほとんど納豆と言うんです。

あのおいしさを小さい頃から本能的によく知っているんですね。で、さっきの質問に戻るんですが、今の我々は飽食の中にいるから、そういうことが言えるのであって、昔の人たちというのは、食べ物を保存する上で発酵という手段が必要だったのです。発酵したら腐らない。

私はトルコで170年前のチーズにも出会いましたし、40年前の鯉の熟鮓も中国で食べてきました。日本でも和歌山県の新宮にある「東宝茶屋」では、30年物のサンマの熟鮓を食べることができます。発酵すると腐らない。牛乳だけだとすぐに腐るけれど、乳酸菌を入れてヨーグルトとかチーズにしたら、なかなか腐らないでしょう。

魚だって、鯖なんかすぐダメになるけれど、熟鮓にしたら何十年も持ちますよね。豆だって、煮たものなどは一日でぷんと匂ってきますけれど、納豆菌がついたら違ってきます。そういうものを昔の人は自然にずっと選択してきたんです。

B ─ちょっと素朴な質問ですが、漬け物を漬ける時に、石を重しとして乗せますけれど、あれはなんのために置くのですか?

ああ、それは簡単なことです。
白菜や大根に上から重しを乗せることによって、余分な水分を出すことが一つ。もっと大きな意味は、漬け物をおいしくする菌は、主に乳酸菌で、これは空気に触れない方がよい嫌気性菌です。

発酵微生物には好気性と嫌気性があって、乳酸菌はどちらかというと、嫌気性菌の部類にはいるので、空気を遮断するとものすごく発酵するんです。
そのために上から蓋をして重しをかけて、中で乳酸菌が発酵しやすい環境を作るんです。

B ─なるほど。長年の疑問がやっと解けました()。昔の人は発酵の力を本当によく知っていたんですね。そう言えば、先日、体調が悪くて物が食べられないでいる時に、なんとか体力を回復しようと、サプリ系の飲料やゼリー飲料など栄養がパッケージされた機能性食品を摂ってみたのですが、効果はもう一つでした。それで、小泉さんの本の中に、甘酒に関する記述があったので、これを飲んだらものすごく効果があった。本当にびっくりする程でした。

ああいうビタミン総合ドリンクとかタブレットとかは、ほとんど合成ビタミンなんです。光に当たったり、空気に触れて破壊されやすいビタミンを、みんな飲んでいるんです。

発酵食品に含まれるものは、すべて天然型吸収ビタミンです。非常に安定している。だから、「発酵は力なり」なんです。私の所には、「先生、この間、風邪の時に納豆を3パック食べたら、ぴたっと症状が無くなった」なんていう話をする人が、よく来るんですよ。

B ─小泉さんは発酵について最先端の研究をしていらっしゃいますが、天然のプロセスで生まれた発酵食品をとても大切にしていらっしゃいますね。

いや、それは、もう好きだから(笑)。こういう臭いものや発酵したものが。私の部屋のこの冷蔵庫には、発酵した食べ物でいっぱいです。

B ─発酵という仕組みはとても不思議な力を持っていますね。そこに魅力を感じるんですけれども、じゃあ、一般の人に「発酵って何?」と聞いても、ちゃんと説明ができる人はあまりいないような気がするのです。

発酵という現象は目に見えない微生物が、人間のためにいろいろなものを作ってくれることを言います。
しかし、一般的に発酵というと、たいていの人は食べ物の事しか思い浮かべない。味噌や醤油やヨーグルトや納豆、お酒、パン、それから漬け物などを挙げます。ところが発酵のすべての生産高の中で、食品の占める割合は全体の17%しかないんです。あとの83%は医薬品、科学製品、酵素、環境発酵などの分野なんです。

皆、発酵というと食べものだけを考えているんですが、違うんですね。
たとえば抗生物質がなかったら手術ができないでしょう? この抗生物質というのは100%微生物による発酵生産ですからね。
そういう面でも、発酵は人類を助けているんです。ビタミン、アミノ酸、点滴液なども発酵によって作り出されるものです。
我々が、未知の病気やそれを引き起こす強烈な菌などに出会ったとします。もし、ゼロからその構造式を分析して、実験して、工場を造ってなどのプロセスを踏むと、解決まで約5年はかかってしまいます。その間に人類は大きなダメージを食らいます。
しかし、現在の製薬会社は何千種類もの発酵菌を持っており、しかもその性格がすべてわかっていますから、その病気を引き起こす菌に対抗できる菌を探しあてて培養すれば、すぐに対抗できる。きわめて対処が早い。

この研究室にも3千株の有用発酵菌があります。発酵は食べ物の分野より、むしろ人々の知らない分野で人間を助けているんです。僕らが追いかけているそういう発酵微生物は、1ミリメートルの5千から1万分の1の大きさのものです。ナノの世界ですね。
それでも生きているんです。それくらい小さいものが、我々の世界を支えている。この小さな生命体が食べ物を吸収したり、貯蔵したり、子どもを産んだり、何十万という遺伝子がその小さな体の中に入っているんですよ。

そういうことを考えたら、あまりにも神秘だと思う。私たちの体も微生物と共生しているんです。あなたの体の中に今、どのくらいの微生物がいると思いますか? だいたい100兆です。
そしてうんこ1グラムの中に、日本の人口の5~6倍の微生物がいます。それに、この脇の下には、切手の大きさの中に300万匹のバクテリアがいます。
それが外部の菌をやっつけてくれるので人間は生きていける。皆さんのおならもそうで、腸内にいる微生物が、火をつけたら爆発するようなガスまで作る。我々は発酵微生物と共生しているんです。

B ─最近はすごく清潔好きだったり、匂いを異様に気にしたりする傾向がありますけれど、そのことによって、共生の力を弱めてしまっている可能性もありそうですね。本来は、ごくナチュラルにしていれば、悪い菌に対抗するバランスの力があるはずなのに。

まったくそうです。
抗菌グッズなんてやってたら、色々な菌がどんどん余計にやって来ますよ。そういう力は、元々、我々の体の中にあるんです。
この飽食の日本に比べて、その日の食べ物を追い求めているような国の人達は、意外に歯が丈夫であったり、たくましさがあったりする。
いわゆる文明病にかかっていないということですね。

B ─人間の未来をイメージする時、科学の進歩によって、無機質な物をケミカルに合成したり反応させたりする事が中心になってゆくような先入観があると思うのですが、実際は「生き物」が、大きな鍵を握っているのですね。

人間の原点は微生物ですね。
46億年前に地球が誕生し、35億年前に微生物がこの世に出てきました。なぜ解るかというと、微生物の化石が出てきたんです。
それが最初となって植物、動物に分かれてずーっときて、人類が誕生した頃というのは、微生物の誕生を1月1日とすると、12月31日の午後11時40分くらいといいます。その間はものすごい進化の繰り返しをしてきて、微生物から人間は生まれてきたと考えられるんです。
発酵菌、微生物の魅力について、国家予算的な規模の産業を起こしているにも関わらず、一般的にはあまり知られていない面が多い。
それはなぜかというと、「目に見えない生き物」を相手にしているものだから、みな漠然としているんでしょうね。しかし、実は日本には発酵関係の会社がものすごく多い。たとえば協和発酵、キリンビール、サントリー、アサヒビール、東レ、ライオン、花王など、たくさん発酵の関連会社がある。最近は発酵菌を取り出して酵素を作るようになり、非常に大きな産業に発展しています。
酵素というのは、微生物に作らせたタンパク質ですけれども、生き物でもないのに物を分解する力がある。
たとえば腸が弱った人は消化酵素を飲んで食べ物を消化するための助けにしたり、歯磨きの時に歯垢を取ったり、洗濯の時には洗剤の中に入れて汚れを分解したりして酵素を利用しています。

我々の生活全般に、発酵はどんどん入り込んできています。微生物というのは、条件さえ合えば半永久的に死なない。しかも凍結乾燥して、ずっと置いておけるものなんです。

B ─えっ? 微生物は、誕生と死を繰り返しながらと言うわけでなく、同じ細胞の生命として永遠に生き続けることができるんですか?

条件さえ合えばできるんです。だから今、私たちが計画しているのは、シベリアの永久凍土の中にいる微生物を採り出してくることです。

どんな遺伝子を持っているのか、それを現代に利用できないかという研究です。

B ─それは知りませんでした。発酵のしくみの中には、私たちの知らない神秘の力が、まだまだたくさんありそうです。今日は、どうもありがとうございました。


小泉武夫 (こいずみたけお)
1943年、福島県生まれ。実家は代々酒造業を営む。
東京農業大学醸造学科卒業。農学博士。
1982年より現職。専門は、醸造学、発酵学、応用微生物学。
自称・食の冒険家。国立民族学博物館共同研究員ほか、様々な活動に寄与している。
著作は80冊を超える。主なものに、『発酵』『平成養生訓』『食に知恵あり』『中国快食紀行』など。

※インタビューは当時のものです。

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