vol.838

2025年6月満月のたより

異界と出会う

異界と出会う

異界というと、どこか遠くの人智を超えた世界というイメージがある。
人は制御できない領域へのおそれから、境界線を引いて世界を切り分け、「異界」を創り出した。

そもそも、この宇宙は曼荼羅のように相互につながりあう、ひとつづきに連続した世界である。
異界との出会いは、本来ひとつだった世界と再会し、忘れていた感覚を取り戻すことなのかもしれない。

今号では、人の世と異界をつなぐ9つの扉へ招待する。
敬意をもって世界が孕む未知に踏み出せば、私たちの可能性もまた広がっていくはず。
こころをひらき、感覚をとぎすまして、異界のメッセージを受け取ってみたい。


何事のおはしますをば知らねども

かたじけなさに涙こぼるる

– 西行 –  『西行全歌集』より


西行全歌集

西行 / 岩波書店/ 1507円(税込)

平安時代末期から鎌倉時代初期の乱世をさすらい生きた歌僧、西行。地位や名誉を捨て、23歳で突然の出家。吉野、高野山、熊野、陸奥、出羽、瀬戸内、讃岐など各地を行脚し、庵を結び、歌を詠んだ。『山家集』『聞書集』『残集』『御裳濯河歌合』『宮河歌合』ほか現在知られている西行の和歌2300余首を集成した本書。移ろいゆく自然を愛した西行の歌に心を重ね合わせ、その漂泊の人生を辿る。


馬語手帖 ウマと話そう
はしっこに、馬といる ウマと話そうⅡ
くらやみに、馬といる

河田桟 文と絵 / カディブックス / 上から1320円・1980円・1650円(すべて税込)

島で馬と暮らす日々を送る文筆家による「未来のヒトとウマの関係」を拓く人気作3冊がポケット文庫版となった。馬の「気持ち」と「その動き」を理解するための『馬語手帖』、既存の調教法とは異なるアプローチで、馬のアクションに対してリアクションを返す、一歩進んだコミュニケーションにフォーカスする『はしっこに、馬といる』。この「ウマと話そう」シリーズ2冊では、与那国馬カディと著者の関係性が柔らかく変化しながら進んでいく様子が微笑ましいイラストとともに綴られる。そして、3作目となる『くらやみに、馬といる』は、カディの病をきっかけに夜の馬の世界を知った著者が、夜明け前のくらやみの時間を馬と過ごす中で、「一滴一滴したたり落ちてきた言葉の断片を集めた」という前2作とは趣を異にした本。人は、概して闇や暗さをおそれるが、著者が過ごすくらやみの世界には、すべてのものと溶け合うような穏やかな喜びや多様な豊かさがある。馬という異種の生き物の特性や馬社会のルールを観察し、彼らの言葉を学んだ著者が選んだ「ヒトとウマの関係」は、異界との関わりを考える上でも大切な気づきを与えてくれる。


香君 1~4巻

上橋菜穂子 / 文藝春秋 / 各792円(税込)

まるでコロナ禍を暗示していたかのような疫病との闘いを描いた『鹿の王』から7年、作家で文化人類学者の上橋菜穂子が2022年に発表した生態学研究に基づく長編小説。「飢えの雲、天を覆い、地は枯れ果て、人の口に入るものなし」――香りで万象を知ることのできる活神「香君」の加護のもと、奇跡の稲に依存しながら繁栄を極めた帝国に、あるとき不思議な虫害が発生する。人間の欲深さが災いし、次第に事態は深刻な食料危機へと発展していく。人並み外れた嗅覚をもち、植物や虫が香りで発する声を聴くことのできる主人公の少女アイシャが、生きとし生けるものを救うため困難に立ち向かう、いのちの共生を描いた物語。食をめぐる問題に揺れる今を生きる私たちの心に、声なき声のメッセージはリアリティをもって訴えかけてくる。


VOICE OF STONE 聖なる石に出会う旅

須田郡司 / 新紀元社 / 1980円(税込)

巨石ハンター、巨石写真家、石の語りべとして活動する著者は、国内や世界50ヶ国以上の聖地とされる場所をフィールドワークの場として撮影をつづけてきた。この写真集は、山岳霊地、神社仏閣、あるいは自然そのものである木や森、石や岩、遺跡、なかでも信仰の原初的な形態であるアニミズム的世界に惹かれ、世界中の石神たちの沈黙の声に耳を傾けた石巡礼の記録。この世とあの世、人と霊(スピリット)――異界への回路となる聖なる石と出会う本書で、悠久の流れに想いを馳せる。


DVD 地球交響曲 第九番

龍村仁事務所 / 6600円(税込)

地球というシステム全体をひとつの生命体としてとらえるガイア理論にインスパイアされ、1992年にシリーズ第一番を公開したオムニバス・ドキュメンタリー映画『地球交響曲』。最終章となる第九番は、「すべての生命は、音から生まれ音に還っていく」がテーマとなる。世界的指揮者・小林研一郎が率いる「コバケンとその仲間たちオーケストラ」と、この映画のために結成された「ガイアシンフォニー第九合唱団」が演奏会に向けて『ベートーヴェン交響曲第九番』を創りあげていく過程を記録。さらには、ネアンデルタール人が歌によって高度なコミュニケーションをしていたという学説を唱える認知考古学者スティーヴン・ミズンと、2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞した分子生物学者・本庶佑のメッセージを伝える。


熊楠と幽霊

志村真幸 / 集英社インターナショナル / 946円(税込)

明治末期、政府は神社合祀政策を進め、日本各地の神社が破壊された。なかでも和歌山と三重では神社数が激減。故郷の和歌山県熊野を拠点に生物学者・民俗学者として活躍していた南方熊楠は、伐採の危機に瀕した鎮守の杜の生態系を守るため反対運動に立ち上がったことでエコロジストの先駆けとして知られる。一方で、幽体離脱や心霊現象など奇妙な体験に悩んでいた熊楠は、ブラヴァツキー夫人の『ベールをとったイシス』をはじめ世界中の異界にまつわる文献を収集し、解決策を求めたという。本書は、彼が書き残した膨大な文章の中から、心霊、幽霊、超能力、妖怪、民俗学、精神、夢に関する研究を総合的に読み解き、等身大の熊楠像を浮かび上がらせる。


見えるものと観えないもの

横尾忠則 / 筑摩書房 / 1034円(税込)

心霊現象やUFOとの遭遇など数々の不思議な体験をもつアーティスト横尾忠則。本書は、彼の創造力の源泉ともいえる物質的世界と非物質世界が交わる領域に触れながら、各界を牽引する第一人者たちとの語らいによって異界の扉をひらいていく。淀川長治、吉本ばなな、中沢新一、栗本慎一郎、河合隼雄、荒俣宏、草間彌生、梅原猛、島田雅彦、天野祐吉、黒澤明との、この世ならぬ対談11編を収録する。


美しい星

新潮社 / 三島由紀夫 / 737円(税込)

近年、米国防総省や米航空宇宙局(NASA)はUFO(未確認飛行物体)やUAP(未確認空中現象)の目撃情報を公開し、科学的調査に乗り出したことが話題となった。UFOや地球外生命体の存在を巡る論争は絶えないが、日本を代表する作家、三島由紀夫もまた幾度も円盤観測を試み、UFOらしきものを目撃したことがきっかけとなり、この作品の執筆に至ったという。飯能・天覧山を舞台に、地球外の惑星からやって来た宇宙人であるという意識に目覚めた一家を描いた1962年出版の異色のSF小説。壮大なスケールで地球や人間を俯瞰する。


黎明 上・下

葦原瑞穂 / 太陽出版 / 上巻3080円・下巻2970円(すべて税込)

「人類の意識の夜明け」という意味を込めて名付けられた本書は、人間の意識や世界の本質について、精神世界の様々な分野を超えて探求する。その考察は、量子物理学や天文学といった科学から、神道や三大宗教について、インドやヒマラヤの聖者が達している世界、また超能力や地球外生命にまで及ぶが、破天荒に情報が並べ立てられているわけではない。地球上の諸問題は個々の人間が宇宙全体を一度に把握する「普遍意識」状態を取り戻すことで解消されると説く著者は、全体を一望できる視点を読者に示す。膨大な情報量だが、著者が強調しているように知識や情報を盲信するのではなく、内側から英知を引き出すためのヒントとして、魂の成長に合わせて繰り返し読みたい。2001年の初版からの増補・改訂新版。


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