思いやりをあなたにも
この惑星にはヒトという種が存在しているだけではなく、
様々な種が互いに関わり合いながら生命という大きな一反の織物を作り上げている。
地球環境が危機的な状況を迎える今、
ヒト以外の生き物との相互のつながりを視野に入れなければ、
私たちヒトも生き延びることは不可能だ。
今回は、様々な種への思いやりの心が育めそうな書籍を紹介しよう。
思いやりが生まれるのは、相手の身になって考えたり感じたりすることから始まる。
動物は不平不満があっても、人のように言葉で訴えることがないため、一部の人々を除き、私たち人間はこれまで、動物が何をどう感じているかということまでは、なかなか思いやることができなかった。
ところが、近年、動物が受ける苦痛をできるだけ少なくし、心身ともに健全な生活ができるようにするという「動物福祉」が進んできている。例えば、動物園では、単調で刺激のない生活にストレスを抱える動物たちの飼育環境を工夫し、精神や身体の健康を向上させる「環境エンリッチメント」という概念が普及しつつある。
私たちはようやく、動物の心や暮らしぶりを思いやる余裕ができてきたようだ。
『動物が幸せを感じるとき 新しい動物行動学でわかるアニマル・マインド』は、タイトル通り、様々な動物が幸せな暮らしをさせるにはどうすれば良いかについて考察している。自閉症特有の感覚を活かして動物を研究し、家畜を扱う設備を設計する著者のテンプル・グランディンは、動物の福祉に取り組む分野で活躍している。
著者によると、動物の幸せを生物学的に調べるテストはなく、環境が好ましいかどうかを判断する目安は、彼らの行動だけだという。動物の取る行動を観察することで、どんな気持ちなのかを推測するしかないのだ。例えば、動物園では、異常な反復行動である「常同行動」をする動物を見かける。イルカやホッキョクグマが8の字型にグルグル回って泳いだり、柵をかじったりするなどだ。
本書では、犬や猫という家庭のペットから、家畜である馬、牛、豚、鶏をはじめ、動物園での動物、野生動物に至るまで網羅し、動物一般の福祉について考察している。
本書を読むと、動物園の動物たちが常同行動をしていないかが気になったり、幸せに過ごしたり痛みやストレスの少ない死を迎えた家畜の肉を食べたいと願うかもしれない。
動物園の動物たちについて詳しく知りたい方は、『動物翻訳家』がお勧めだ。動物園で環境エンリッチメントに基いた飼育を目指す現場の方々の奮闘ぶりが丁寧な取材で語られている。
実は日本は世界の飼育数の半数を占めるペンギン王国だが、国内の動物園で南極の環境を再現するのは難しい。そのため、はるか南米チリまで赴き、緑豊かな島に生息するペンギンたちの環境を確認した上で、新設の施設にペンギンを迎え入れた埼玉県の動物園。
コウノトリの仲間であるアフリカハゲコウを羽切りの処置なしで空を自由に飛ばせるという公開の仕方を行う、山口県のサファリランド。動物園からの逃走動物の中でも、格段に捕獲率の低い鳥類をトレーニングするのは、並大抵の苦労ではなかったという。
その他、本書のルポが明らかにするのは、チンパンジーやキリンといった動物園ではおなじみの動物の飼育環境に対する細やかな配慮や心配りだ。進化する動物園の様子を見に行きたくなること、間違いなしの一冊。
『動物たちが教えてくれた「良い生き物」になる方法』で、著者は「人間以外の種に属する生き物について知ることは、あなたの魂を驚くほど成長させる」と述べている。動物は人知を超えた能力を備えており、そばに身を置くだけで多くを学べるからだという。
幼い頃から大の動物好きの子供で、人の子供よりも動物たちとの触れ合いに夢中だった著者は、長じてネイチャーライターとなる。本書には、著者の人生に大きな影響を与えた動物たちが登場するが、その多彩な顔ぶれには驚かされる。生活を共にした愛犬や愛豚をはじめ、オーストラリア奥地に生息するエミュー、パプアニューギニア奥地のキノボリカンガルー、オコジョ、果ては水族館の巨大な水ダコや熱帯雨林に棲むタランチュラとの絆やつながりの思い出が、豊かな愛情を持って描かれているのだ。
犬を飼ったことのある人は、著者の犬たちにその姿を重ねて思い出すかもしれないし、動物を飼ったことのない人でも、動物との触れ合いによって、こんなにも人生が豊かになるのかということを垣間見ることができるだろう。
『くらやみに、馬といる』は、与那国島で馬と暮らす著者が疝痛で苦しむ愛馬を案じ、夜の森へ入り、共に時を過ごしたことから感じた様々な思いを綴ったもの。
人一倍敏感な感性を持ち、普段から馬の微細なジェスチャーや体の動きに耳を澄ます著者が体験したのは、ヒトという種の目を通して見た馬の世界ではなく、限りなく馬に寄り添った立ち位置から感じた世界。内省的ながらも独りよがりではなく、外に向かって開かれた呟きは、読むものに熟考のきっかけを与えてくれるものばかりだ。秋の夜長に、描かれる景色をゆったりとかみしめながら読めば、馬のひそやかな気配や鼻音が隣から聞こえてきそうな感覚に陥ったり、自らの心の内側の静けさに触れることができるかもしれない。
『あなたの帰りがわかる犬 人間とペットを結ぶ不思議な力』は、動物の持つ超常的な知覚能力を科学的に調査したもの。飼い主が帰途にあることを察するペットや家畜、病気の発作や死を知らせる犬や猫。見知らぬ土地から自分の住処に帰る道を見つけたり、地震や災害を予知する野生動物や家畜動物。こうした動物たちが持つテレパシー、方向感覚、予感という知覚能力を徹底的に探究する。
著者は、ある出来事の形態や行動パターンが影響、共鳴するという「形態形成場」を唱えたことで知られており、本書は動物の生態に興味がある人にとってだけでなく、量子力学に惹かれる人にとっても魅力的な一冊だ。本書に描かれる、動物と人とのつながりの数々のエピソードは、一度連結していた量子の要素が、ごく遠く離れた時でも、瞬時に連結性を保持するという「非局所性」を実例を持って窺い知ることができる。
異種間のつながりを感じたり、相手のことをより深く理解することは、動物たちに対する思いやりを育むだけでなく、平和で友好的なヒト同士の関わり合いにも役立つに違いない。
読書の秋、こんな「実りある」読み方で楽しむのも悪くないのでは。
【used】動物が幸せを感じるとき
新しい動物行動学でわかるアニマル・マインド
テンプル・グランディン、キャサリン・ジョンソン
NHK出版
2222円(税込)
動物翻訳家
心の声をキャッチする、飼育員のリアルストーリー
片野ゆか
集英社
792円(税込)
動物たちが教えてくれた「良い生き物」になる方法
サイ・モンゴメリー
河出書房新社
1925円(税込)