SPECIAL INTERVIEW #06

ローカルはグローバル

アシリ・レラ / アイヌ活動家

「アイヌモシリ」とは人が生きる大地のこと。
北海道日高地方の西端に位置する平取町二風谷(にぶたに)は
豊かな自然とアイヌ【*1】の伝統が色濃く残る地域として知られる。

住民の半数以上がアイヌという北海道でも珍しいこの場所では
毎年お盆の時期に「アイヌモシリ 一万年祭」が開かれる。
アイヌの心に共鳴する国際色豊かな人々が集う会場で祭りを主催する
アイヌのビッグ・マザー アシリ・レラさんにお話を伺った。

自然界の営みに寄り添って生きるための知恵を
今に受け継ぐアイヌの人々から、
私たちは何を学び取り未来に活かしていくことができるだろうか。

__カムイノミ(神への祈り)の儀式、お疲れさまでした。「アイヌモシリ 一万年祭」は今回で30回目の開催だそうですが、このお祭りはどんな経緯ではじめられたのですか?

 「アイヌモシリ 一万年祭」は、供養祭として31年前に立ち上げました。話すと少し長くなるけど、この場所を選んだ理由からお話ししましょう。今から350年くらい前、松前藩(現在の北海道松前郡)に和人の鷹匠で越後庄太夫という通詞(通訳)がいました。彼はアイヌの人をガイドにして藩に納める良い鷹のいる場所を仲間たちと探していたの【*2】。ある時、庄太夫たちが崖から落ちて身動きできなくなっていたのを、通りがかったシャクシャイン【*3】の仲間たちに助けられたんです。1ヶ月後に怪我が完治して城へ戻ると、殿様連中がアイヌの萱葺きのチセ(家)に火を放って焼き殺す密談をしていたの。庄太夫は命の恩人であるアイヌを助けるためにコタン(アイヌの集落)へ戻り、女や子ども、年寄りたちを逃がしました。松前藩がシャクシャインに和睦を持ちかけた時、庄太夫は行っては駄目だと止めたけど、アイヌの人たちはチャランケ【*4】といって話し合いがすべてです。男同士の話し合いだからと、シャクシャインは新冠の対岸にある松前藩陣営に赴き、陰謀だと知らずに南蛮渡来の毒やトリカブトが入った酒を飲んで首をはねられました。翌日、庄太夫はアイヌをかばった見せしめとして生きたまま焼き殺されたの。最後までアイヌの人たちを殺さないでくれと懇願し、槍で突き刺された体から血が噴きあげていたそうです。庄太夫は死の寸前に「私の魂はこの地で生き続ける、怨念を持ってアイヌの人たちを守る」と言ったといいます。結局、何日か経ってから木の根元に埋められた庄太夫の体を、アイヌの人たちがこの場所へ運び、カムイノミをしたんです。「エチゴ」と書いてあるパスィ【*5】がこの場所から見つかったことで、それがわかりました。庄太夫が逃がしたアイヌの人たちの子孫が平取の住民になっています。庄太夫をここまで連れてきたアイヌの人の心、そして命はとられたけど越後庄太夫のやったことはすごいことだったの。
そして、今から31年前にこの川の向こうに墓地を見つけたの。1916年(大正5年)に新冠から強制移住させられ、この平取地域で死んだアイヌの長老たちのお墓です。そこから6体の遺骨が盗掘され、発見から10年経って北海道大学の研究材料に持っていかれたことがわかりました。この祭りの2年目の時に宮田町長という人が当選して、それは大変だといろいろな方面に働きかけて、当時の町会議員の助力も得て、慰霊碑を建ててくれました。骨の返還を求めて今も北大に抗議していますが、骨はまだ戻ってこないの。
今日は雲ってるから見えないけど、天気の良い時はマツネヌプリ(祀って妻になる山)といって女性の裸体にそっくりの山がここから見えるんです。誰も登らずに大事にしているこの女の山の聖地で、盗掘された墓地を守るため、そして川の向こうの霊たちや明治以降の鉄道やダム建設のための強制労働【*6】で亡くなった東西南北の人を供養するため、31年前に供養祭を立ち上げようと決めたんです。

__天外伺朗さんの著作『日本列島祈りの旅 1』の中で、旅に同行したレラさんが虐殺されたアイヌの霊、そして虐殺した側の人の霊をも供養された話を読み、その慈悲深さが強く心に残りました。こういう鎮魂の活動に目覚めたきっかけはありますか?

 やっぱり父親の影響ですね。父は頭が良かったけど志していた教師にはなれず、炭を焼いて暮らしていました。そして、兄弟で組んで何十人も囚人を逃がしていたの。囚人が働かされる所の道を通って炭を売りに行く時、囚人は鉄の鎖でつながれて褌一丁で奴隷化されているので、裸で逃げて来たら空の俵の中に入れ、炭を積んだふりして帰ってきちゃうんです。そして駅で切符を買って帰したり、逃げられないと思ったら山奥に連れていき、熊が来ないように犬をつないで食事を運んでいました。父が峠を越える時や線路に手を合わせるのは何だったんだろう、俵の中に人を詰め込んで逃しているのは何だったんだろうとずっと思っていて、それが歴史を調べるきっかけになったの。逃亡を助ければ死刑です。それが最後までバレないで56歳で死んだんだから、父はすごい人だなぁって思います。明治32年に北海道旧土人保護法【*7】が制定された時、祖父も給与地を登記できずに国に奪われましたが、朝3時に起きて、馬に乗って札幌の裁判所まで行き、戦って勝ち取った。代々、そういう闘争本能があるみたいです(笑)。私らには線路やトンネルなんて憎しみの塊みたいだったよ。戦争に反対したというだけで政治犯として連れてこられた日本人が枕木の数ほど殺されて、ここから振内までの川べりには捨てられた死体が転がっていたの。気が狂いそうになるほど死体を見た私のおばさんは、団扇太鼓をもって意味もわからず「南無妙法蓮華経」と唱えながら歩き回ったそうです。逃げ出した開拓の人が捕まると、見せしめとして同じ国の人たちの手で生きたまま埋めさせるんです。人柱と言ってね、数え切れない労働者たちを橋桁に埋めたり、最後まで生き残った人たちにお金を払う時になったら、殴り殺して鉄板の上で油をかけて焼いたり、考えられないくらい無残な殺され方だったの。だから今でもそういう場所は怖がって誰も近づかない怨念の地になっているんです。私はそういう場所を通る時に声が聞こえたら、「もう、いたずらすんなよ」と言って酒やタバコを車から散らしてあげるの。アイヌ模様を見てごらん、必ずこのアイヌの十文字の模様【*8】が入っています。これは東西南北を意味していて、四つの角に神が宿るように、どの角からも魔が入らないように、人々の心がつながるようにという意味なんです。ここは強制連行されて死んだ日本人、朝鮮人、中国人、アイヌの四つ角。だから人種は関係ないんです。

__「アイヌモシリ 一万年祭」の”一万年”に込められた想いを伺いたいのですが、一万年前と言えば縄文時代です。近年、縄文人のDNAを解析した研究で、アイヌが50%以上、琉球が20%、本土日本人が12%の縄文人の遺伝要素を受け継いでいるという結果が出たそうです。現代に生きる日本列島人は、縄文人と弥生時代以降に大陸から渡来した様々な地域の人たちのDNAが次第に混ざり合って形成されたという説が有力ですが、それについてどう感じられますか?

 歴史の流動のなかで、みんな人種に関係なく結婚していたんです。日本列島中にさまざまな血が混ざって「日本人」は複合民族になった。どのDNAも滅びることなく、皆さんのDNAにもアイヌと同じDNAが入っています。だから私らが融合するのには日本列島が大陸と陸続きだった1万数千年前までいって、もっと人と人とが仲良くできるその原点まで戻らないといけないんじゃないかと思うんです。でないと地球が危ないでしょう? アイヌの人たちは偶像崇拝をしません。なぜかって、地球が大事だから。今、吸ってる空気だって科学や文明ではつくれない。ひと握りの土さえも、動植物も、川も、海も、太陽も、お月様も星も、人間は自然界をつくれない。これらすべては人間のものじゃなく、与えられたものです。だからまず地球の命から祈ろうという想いがあるの。人間がつくれない地球そのものが、私たちにとってはとても大事だということを認識しようというのがこの供養祭です。やっぱり人間はこの地球でしか生きられないから、地下に眠っているものを掘り起こすことを止め、森を復活させ、川を治し、海もきれいにしないといけない。

__日本にはアイヌ語を起源とした地名や言葉が多くあるそうですね。

 そうです。イワ(岩)、イタ(板)、コンブ(昆布)、ラッコもアイヌ語だからね。シシャモ(柳葉魚)も、柳がススで柳の葉がハム。ススハムがなまってシシャモになった。北海道の地名によくある、ベツは川、ナイは沢、ヌプリは山。地図に山や川でカタカナで残ってる地名は、いまだにアイヌ語ですね。アイヌ語は巷にいっぱいあるけど、みんな知らないで使ってる。それは、うれしいし、笑えるけどね。そして、私らは神をカムイと言うけど、これはカタカムナのカムからきています。日本語ではカミ(神)と言って、カムイがカミになった。昔は神の言葉を、コトバと言っていたと思います。神は善と悪の2つを与え、正しい心をもつように言葉を与えたはずなんです。言葉は刃物に変わるから悪いことにも使えるし、人を癒すような良いことにも使える。そこを変えることもできる。そしてイタクは「言葉を降ろす」という意味のアイヌ語で、青森のイタコもイタクからきています。

__アイヌでは豊かな薬草の知識も受け継がれていますね。

 33種類の薬草があって、どうやって使えば、どんな症状に効くのかもわかっています。アイヌの人は、いま漢方と言われている薬草を日常食に用いた生活なので病気が少なかったのでしょう。私がガンになった時は、キハダの皮を煎じて飲んでいました。胃痙攣にはニガキという樹をほんの少し削って舐めたり、マムシ草の球根は食べても美味しいし、中心部の毒のところはアルコールに漬けて湿布すると捻挫や骨折などの痛み止めになる。料理法を知らずに食べてはダメだけど、こういうアイヌの薬草の知恵を甦らせるために本を出版したくて、いま原本を書いてるところです。どうしても急いで病気を治したいという人にはコピーを送っています。西洋医学を否定するわけではないですが、あなたのそばに薬草があるよと伝えたい。

__2008年に国会で「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議案」が採択されましたが、今日語っていただいたようなアイヌに伝わる民族史はあまり知られていないように感じます。未来を担う若者に一番伝えたいメッセージは何ですか。

 歴史です。国家は歴史を隠すから、口で伝えていくしかないですよね。日本、中国、朝鮮、酷いことをしたってヘイトスピーチをやりあっているけど、どっちもどっちです。自分に対してツバを吐いてるのと同じで「自分の顔に返ってくるよ」と、よく言っています。人種を超えて融合するには、まず本当の歴史をちゃんと知っておかないとね。あんまり歴史を隠さないほうが、人は平和に仲良くできると思いますよ。そして、いまを一生懸命に助け合って生きること。みんな核家族で自分勝手に生きてるけど、本当は人と人は助け合って、つながっていかないとね。私も本当にお金はないけどね、東北の被災地やアフリカや難民の子たちに支援を続けています。アフリカでは1000円送れば缶詰が20個買えるから20人の子が食べられる。自分も貧しいけど、まだ3食は食べられる。だったら1食しか食べられない子に送ろうと、そんな気持ちで送ってます。私はこれまで50人の子どもを育ててきたけど、助け合うという魂がどこまでみんなに浸透して、この地球で生き残れるのかなっていう心配はあります。この時代では終わらないかもしれないけど、魂で生きるってことを子どもたちの世代へもつなげていけたらいいなと思ってます。

__イヤイライケレ(ありがとうございました)。

※取材から半月後、2018年9月6日午前3時過ぎに発生した北海道胆振東部地震を受けてレラさんよりメッセージをいただきました。

「今回の地震では、いつ家が倒壊するかもしれない恐怖のなかワゴン車で過ごしました。多くの親族や友人を目の前で亡くされた東北の人々の心の痛みははかりしれませんが、その痛みが少しわかったように感じます。いま地球が大きく動き出しています。皆で助け合い、がんばって生きていきましょう!」

用語解説
*1「人間らしくある人間」という意味。現在、「アイヌ」の呼称が一般的だが、明治期以前から「アイノ」という呼称が用いられていたことを示す文献記録が残っている。

*2 大名から需要のあった鷹狩用の鷹は、松前藩の重要な財源のひとつだった。

*3 生没年:1606年―1669年。江戸時代前期に日高のシベチャリ(静内)を統治していたアイヌの首長。1669年、松前藩の圧政に抵抗してシャクシャイン率いるアイヌ民族の一大武力蜂起が起こる。

*4 談判。話し合い。仲介。レラさんによれば「話し合うため、神の言葉を借りる」という意味が含まれるそうだ。

*5 酒箸。人間の祈りの言葉を神へ伝えるための儀礼具。

*6 明治政府は、南下するロシアの脅威に対抗するため北海道内の鉱山、道路、鉄道、水力発電所、トンネル、用水路などの土木工事を急速に進める必要があった。屯田兵や開拓民では労働力が足りず、道内の監獄に収監されていた囚人を労働力として使役したが、明治27年、世論の批判を受けて北海道での囚人労働は廃止。かわって労働力確保のためにタコ部屋労働が登場する。1946年にGHQの指令で廃止されるまで、道内の労働者や本州の農村部や都市部から斡旋業者によって送り込まれた人々が非人道的環境下で過酷な肉体労働を強いられた。日中戦争、太平洋戦争中は、中国や朝鮮から強制連行された人々や連合軍捕虜なども道内で強制労働を課せられた。

*7 日本政府がアイヌ民族保護を名目に土地を給付して農耕民族化を進め、日本民族との同化を推し進めた法律。和人の移住者へ肥沃な土地の払い下げを優先した後、農業に適さない荒れた土地がアイヌに貸付されたこと、また狩猟と漁労で暮らすアイヌの人々に土地所有の概念がなかったこともあり、多くのアイヌは下げ渡された土地を農地に開墾できず国に没収された。アイヌ民族初の国会議員である萱野茂(1926年-2006年)の提案により1997年にアイヌ文化振興法(アイヌ新法)が制定、北海道旧土人保護法は廃止された。

*8 アイヌ文様は大別すると「着物」などの女の手仕事のモノ、「木彫り」などの男の手仕事のモノにわかれる。どちらの模様も基本的には上下や左右が対称で、構成する要素は「ひし形」「うずまき」「とげ」などがある。


アシリ・レラ Asir Rera

アシリ・レラという名はアイヌ語で「新しい風」を意味する。日本名は山道康子。1946年、北海道沙流郡平取町に生まれる。61年、15歳でアイヌ活動家として活動を始める。79年に「沙流川を守る会」を立ち上げ、二風谷ダム、平取ダム建設の反対運動を行う。アイヌ語と伝統的な生活文化を伝える「山道アイヌ語学校」を主宰。祭事や神事などで指導的役割を担いながら、民族問題や環境保護活動、平和活動に取り組む。89年より「アイヌモシリ 一万年祭」を開催。活動の傍ら、事情がある子どもたちを引き取り、50人以上を育て上げてきた。

公式サイト
http://yasukosan.web.fc2.com/

SPECIAL INTERVIEW

今を生きるアイヌ

萱野公裕 / ゲストハウス二風谷ヤントオーナー

今回の北海道取材でお世話になった宿は、アイヌと旅人の交流の拠点をつくりたいと2018年4月にオープンした“ゲストハウス二風谷ヤント”。アイヌ文化研究者でアイヌ初の国会議員、萱野茂さんを祖父に持つオーナーの萱野公裕さんから若手アイヌの想いを、そして阿寒湖コタン出身のパートナー、萱野りえさんからは伝統的な弦楽器トンコリの伴奏で樺太アイヌに伝わる美しい歌を聴かせていただいた。宿泊日にはイベントが開催されており、地域の方たちと一緒に映画『kapiwとapappo~アイヌの姉妹の物語』を鑑賞。今に息づくアイヌ文化を肌で感じる滞在となった。

__アイヌの文化についてどんな教育を受けられましたか?

僕の祖父はアイヌ文化に深く触れながら育ち、実際にそれを実践して残そうとした萱野茂という人間です。だから、僕も飼い犬が死んだらその魂を送る儀式をしたり、祖父が死んでいる鳥を見つけて、その鳥を神の国に送り返す儀式をするのを一緒に見たりとか、伝統的なことを実践する大切さは感じていました。普段の食生活もそうですよね。アイヌの文化のなかで育まれてきた料理は、鹿を使った料理だったり、いなきびやオオウバユリ(大姥百合)という百合の根のデンプンで作った団子とか。やっぱり文化とは土着のものです。この地域にあるからこそ、そういう食べ方をする。この土地で生きていくための知恵が普段の生活に入っているということだと思います。僕たちは別に伝統的な生活をしているわけではないけど、その断片みたいなものは受け継ぎながら生活しているという感じです。

__言葉の教育はいかがですか? アイヌ語で日常会話はできますか?

二風谷ではアイヌ語教室をやっていて、子ども向けの講座と大人向けの講座があります。僕が子どもの時は子どものクラスにずっと通っていました。日常会話はできないですね。言語習得は時間もかかるし苦労することです。僕はフィリピンに留学して、授業を英語で受けて、常に英語で話すようにするトレーニングで習得しました。アイヌ語でそこまでの環境に自分を置くことはすごく難しいし、教材もかなり限られています。
僕の両親の世代はアイヌ語には触れていません。祖父は子どもの時に物語などを聞きながら育っているので、意味を理解して、それをすぐ日本語にして話すことはできる。だけど、おそらくネイティブスピーカーの大人レベルには到達していないんだと思います。祖父の祖父母はアイヌ語だけの世代。そしてその一つ下、祖父の父親は、日本語教育の学校に入れられます。僕からいうと4世代前のその世代は、学校でアイヌ語を使うと怒られ、叩かれ、日本語を使わされる。親とのコミュニケーションはアイヌ語でするけど、学校や外では日本語を使い、すごく苦労しながら育った世代です。

親からは狩猟を習い、自分たちの食糧を確保しようと思えば、川に行って鮭を獲って、山に行って鹿を獲ってという生活をして食べていけるわけですが、狩猟をすれば警察に捕まる。その世代の人たちが自分の親や子どもたちにどういう風に接するかというと、アイヌ語しかわからない親にはアイヌ語で話し、子どもたちにはあえてアイヌ語を教えないんです。それはたぶん自分たちのつらい経験を下の世代に引き継がせないためには、最初から日本語を話せた方が良いだろうという判断をして、子どもたちには日本語で接するようにしていた。言葉は文化の在り方や民族の考え方と密接に関わっていますから、言葉を奪われることは民族にとって深いダメージです。僕の祖父は言語を絶やしてはいけないと考えてアイヌ語教室を始めたんです。
アイヌは明治以降の政策で伝統的な生活ができなくなり、どんどん貧しい環境に追い込まれていきます。その貧困の連鎖がまだ続いている家庭もあります。そうすると普段の生活で手一杯で、さらにアイヌ語まで勉強しようという余裕がない人がすごく多いんだと思います。これは二風谷だけの話ではなくて、道内各地のアイヌがそういう状態に置かれています。それでもアイヌ語やアイヌ文化を残そうと各地で一生懸命頑張っている人はいっぱいいます。

__どういう風に生計を立てている方が多いんですか?

肉体労働の土木作業員が多いです。昔は冬場の出稼ぎとかあったけど、最近はわりと冬の北海道でもそれなりに仕事があります。でも通年雇用されてない人が多い。アイヌを対象に5年ごとに定期的にアンケートを取っていて、アイヌ文化の理解度、生活水準、教育水準など調べてますが、やはり生活や教育の水準は日本の平均よりずっと低い。奨学金やアイヌを対象にした補助金などで多少はテコ入れしてますが、どれほど効果があるのか……。僕はアイヌのこの窮状を救うために、積極的に支援して欲しいなと思っています。

__外国留学で日本やアイヌのコミュニティを外から見て、何か再発見などはありましたか?

僕はわりと小さい時から外国の人と触れ合う機会がありました。祖父を訪ねて来てくれる先住民や旅行者とか。逆にこっちのグループがカナダやハワイの先住民を訪ねて行って交流することもありました。外国の人や異文化に触れることが当たり前の環境で育ったので、すごく幸せだったなと思います。僕が外国で生活を始めたのは、ニ風谷でゲストハウスをするためでした。神奈川でサラリーマンをしながらバックパッカーで日本各地を旅行していた時に、どこにでもあるような大手のチェーン店が増えて、地域の独自性みたいなものが失われていってるように感じたんです。旅行してもなんか面白くないなと思った時、ふと自分のアイヌだというアイデンティティとか、自分の育った地域のアイヌ独自の文化を残すことが自分がつまんないと思う社会をもっと面白い社会に変えてくことに繋がるんじゃないかなと思い、帰ってくることを決めたんです。機械の設計の仕事をしてたんですが、田舎では自分で仕事を作らなければダメです。旅行が好きだし、この地域には別の文化があるということで、ゲストハウスを始めることにしたんですね。その後、ゲストハウスをやるなら英語が喋れないといけないので、フィリピンに留学して、オーストラリアでワーキングホリデーやって、ニュージーランドへ行って、日本に帰ってきました。だから異文化に対するカルチャーショックはあんまりなくて、もうその前からあるというのは解ってたという感じはありますね。
僕が海外で会った人を見てると、海外へ行って日本文化に立ち帰る人はすごく多い。そして、そういう人たちが今度は、日本に先住民がいるんだとアイヌに興味を持つんです。それはやっぱり文化が混在しているように見えない社会だからこそ、一回外に出ないと気づかない。でも、たぶん日本に住んでる少数派、アイヌとか在日朝鮮人の人は、すでに異文化の中にいる感覚があると思うんですよね。だからそこは生まれた時から少し感覚が違うのかなという気がします。

__イヤイライケレ。

ゲストハウス二風谷ヤント

アイヌ語で宿を意味する「ヤント/yanto」。個人旅行者向けにデザインされたこのゲストハウスは、旅人たちがつながりあい、そして地域に暮らす人々との交流が生まれる場所。隣接する萱野茂二風谷アイヌ資料館とともに北の大地に息づくアイヌ文化を体感できる。

北海道沙流郡平取町二風谷79-3
tel:01457-2-2335

公式サイト
http://www.nibutani-yanto.com/

●ドミトリー1泊:3000円+税(冬期間:3500円+税/男女別部屋。収納あり[南京錠貸出あり]。それぞれの空間にヘッドライト、コンセント2口つき。
●個室(定員4名)1泊貸切:12000円+税(冬期間:14000円+税)
※朝食付き(食パンとゆで卵のセルフサービス/当日飛込み宿泊及び前日宿泊予約には用意なし)。共用のリビング、キッチン、シャワールーム(男女別、シャンプー、リンス、ボディソープ、ドライヤー完備)あり。

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