野菜は、スイッチ。
いつの世も「食べる」ことは「生きる」こと。健やかさの根幹となる食を生み出す現場は、今どうなっているのだろうか。19歳で自然農法に出合って35年あまり、野菜自身の持つ力をいかに最大限に発揮できるかをまっしぐらに探求し続け、全国各地でその知恵を伝える三浦さんにお話を伺った。
1個のみかんも情報のカタマリ
いつも笑っている三日月のような目は、「農」の話になると、ことさら細くなり、キラキラと光り輝く。まるで、少年が大好きな昆虫のことを夢中で話すかのように。ズバリ、三浦さんにとって農の魅力とは?
「人が変わるじゃないですか。人生が変わるって、めっちゃ楽しい(笑)」
「変わる」ことの中でも最高なのはやはり健康になることだろう。
「健康になっていくと、 自分がこの地球に何で生まれてきたのかっていうスイッチがすごく入る。そのスイッチを入れる野菜を作ろうとしています。」
三浦さんは土や野菜を通して、微生物などのミクロの世界から地球や宇宙といったマクロの世界まで宇宙を丸ごと見つめている。
「例えば、この1個のみかんも情報の塊。作物は太陽と月と地球の土が融合したもので成長してできるので、その情報も、作る人の思いも情報として持っている。“ありがとう”って毎日言ってると、その情報が入って、結晶作って、みかんという形をとって身体の中に入ります。」
さて、畑に案内していただき、目下研究開発中の自然農法についての解説が始まった。20センチほど掘られた土中には、稲わらの束たちが横たわっている。
「稲わらを注連縄風に左巻きと右巻きを作って土の中に入れると、一瞬にして土の中の水の働きが変わって、ナノ水というか、情報がゼロになるというのが分かってきました。」
つまり、らせん状の草のエネルギーが土中の水分に影響を及ぼし、水の気泡がナノレベルに微細化する「ナノ水」となり、水が保有していた情報を手放す。そして、磁気が互いの力を打ち消しあういわゆるゼロ磁場が「いとも簡単にできる」のだという。
その結果、土に棒を挿すとズボズボ入るほど柔らかくなり、頑丈な根を持つ雑草も土から剥がれるように抜けるようになる。
自然農法は、農薬や化学肥料を用いず、枯れ草や藁で作った堆肥を田畑に還元して土本来の力で作物を育てる農法だが、図形の持つエネルギーを畑に用いるのは三浦さんのオリジナル。らせんや十字などを使うと、土と太陽と月の力が一つになり、「ものすごいパワーを生み出す」という。
「漢字が書けない、掛け算もできなかった」
自然の中で発見したことをどうやったら「農」に落とし込めるか、いつも考えている三浦さん。この道に入ったのは、なんと「発達障害だったから」だという。
「小学校3年生から中学校3年生まで、漢字は読めないし、書けませんでした。掛け算九九も中学校3年生まで覚えられなかった。」
そして「頭を使わずに体を使えば何とかなるんじゃないか」と考えてしまうところが三浦さんの個性。先生の計らいで高野山高校のお寺に住み込みつつ同校に通い、そこでMOAの⾃然農法に出合う。その発達障害も、農業に関わり出してから「脳の配線が変わって、パチンとショートしたみたい」な体験によって次第に消えていくというから驚きだ。
食べると「スイッチが入る」野菜
近代農業は自然の力に沿うよりも、人の都合に合わせたものになっていると三浦さんは指摘してはばからない。
「タネ蒔きも何センチ土をかけて蒔きましょうとか、一律そんなことになっちゃっている。野菜は全部特徴が違うのに、その特徴に合った方法ではなくて。これじゃあ、野菜はできるけど、機械的な形で、本来の野菜にならない。」
同じ株から取ったタネを蒔いても、成長のペースが異なるから収穫時期もまちまちなのが、本来の姿。例えばニンジンを同じ日に蒔いても、11月に収穫できるものと成長ペースがゆっくりで2月に収穫時期を迎えるものがある。
「でも、11月に収穫しないと、“こいつは成長が悪いからこうなっちゃった”と片付ける。」
土や作物、微生物は文字通り生きたものであり、それらが嫌がるであろうことは極力行わず、相手に寄り添った農法を実践する三浦さん。本人は公言を控えるが、農業をする中で植物の声が聴こえるようになって久しいのだという。果樹の剪定も、どうしてほしいかを木と対話しながら行う。
そんな三浦さんが目指すのは、「スイッチを入れる野菜」作り。食べ物は健康の根本であり、健康になると「自分が何をするためにこの地球に生まれてきたのかっていうスイッチがすごく入る」と考えるからだ。カラダに取り込めば、命の炎がめらめらと輝き、自分がどう生きたらいいのかが見えてくる。生存のためだけに食べる時代が去った今、求められるのはそんな食べ物だろう。
「体が楽になった」
有機農法や自然農法の作物は、日本ではまだ高価だが、三浦さんは付加価値をつけて名前やブランドで売る時代はもう終わると見ている。
「“僕のお米を食べないと健康になれないんだよ”じゃなくて、僕のお米を食べたら、“(自分も)お米作って多くの人に食べてもらいたい”って思ってもらえるようにしないと、広がっていかないよね。」
同じ意思を継ぐ人たちが世界中に広がることこそ、三浦さんの望みだ。自然農法を伝授する中学校の子供達は、タネを蒔いて子孫ができる仕組みを1年かけて学ぶと、「失敗できないね」、「来年の1年生のためにしっかりタネを残さないとね」などと言うようになる。
次世代を継ぐ子供達がこうやって生命のつながりを身につけられたら、人と自然が共存する世界は自ずと拓かれていくだろう。
「この間、これ(自然農法)を中学校でやったら、“体が楽になった”とか“畑で土を触ると、すごい楽で勉強も集中できる”とか言われて(笑)、“そりゃあ、楽でしょう”って答えましたよ(笑)。とっても良い話だよね。」
いつも笑っているような三日月目が、いっそう細くなった。
三浦伸章 Miura Nobuaki
1962年、和歌山県有田郡生まれ。日本での自然農法の先駆者である岡田茂吉の流れを汲むMOA⾃然農法⽂化事業団で19歳の時に農業に出合って以来、一筋に自然農法を探究し続ける。現在は、MOA自然農法普及員として指導を行う傍ら、日本全国および海外で農家や家庭菜園愛好家から中学生までの人々を対象とした講習会に走り回る日々を送る。「なぜこの作業をするのか」を理由づけした分かりやすい説明はいつしか「ガッテン農法」と呼ばれるようになり、農技術だけでなく、自然の調和や生命のつながりを総括的に見据えた愛情あふれる指導が多くのファンを惹きつけている。