SPECIAL INTERVIEW #09

うちなる海の記憶

百木良太 / 岩戸館 焼き塩職人

遥か昔、海から陸を目指した人類の祖先たちは、母なる海をその身に宿した。

塩辛い涙、体内をめぐる血潮、生命をはぐくむ羊水。

私たちをかたちづくる37兆の細胞は、今も故郷の海を覚えている。

生命のはたらきとお塩の切っても切れない関わりを学ぶため、お伊勢参りのみそぎの地として知られる伊勢・二見で、二千年以上の歴史と経験に培われてきたお塩づくりを今に受け継ぐ、焼き塩職人、百木良太さんのもとを訪ねた。

●自然のままに

「海水って、人間にはつくれません。何百年、何千年という自然の循環の中でしかつくれないものです。海水を汲んできて窯に入れた時点で、お塩のもとは99%以上、自然や神さんがつくってくれてます。僕らがお塩づくりでさせていただいてることは、最後の1%にも満たない微々たることです。自然が蓄えた栄養のええとこをもろうてきて、昔の方のお知恵を借りて、汗かいてるだけで、特別なことは何もしてません」

グツグツと煮立つ登り窯に海水を注ぎ、焚き木をくべる。一日に1tの海水を200kgの薪で焚いて、できあがるお塩は20kg。百木さんの謹厳実直な手仕事には、自然への感謝と人生を懸けた祈りが込められている。

「今は便利な時代で、焼き塩も機械で良いとこまでいけるんやと思うんです。でも、その日の湿度や季節季節の環境でやり方は変わります。うちのお塩の特徴は、あたり前のことですけど”人の手で全部つくる”。それだけです。あとはお客さんに嘘をつかへんこと。結局バチがあたりますしね(笑)。都合良くやるなんて、人間には絶対にできないですね。

焼き塩は、水分とにがり分を最後まで焼き切ることで栄養分が凝縮するだけじゃなく、マグネシウムがアルカリの性質に変化して味が良くなり、栄養価がグンと引き上がります。その段階まで熱を入れて、仕上げていきます。自然が蓄えた栄養分を逃すことなく、そのまま人間の口に取り込める形に変えるのが僕らの仕事です。

雨の多い季節は海水の塩分濃度が下がり、同じ条件で焚いても仕上がる量は半分になります。しかし、これも仕方のないことです。どれだけ知識や技術を身につけても、海水がなければ何もできないですし、雨が降り、山から海へ、また水が流れ込んでかきまぜられる。長い目で見るとこれも必要なことです。僕らは常に自然の循環の中に置かれ、生かされています。あくまでも、その中でのお塩づくりなので、本当に自然のままにですね」

●海のミネラルバランスが健康の秘訣

海水に含まれる塩の成分は、塩化ナトリウム77.9%、塩化マグネシウム9.6%、硫酸マグネシウム6.1%、硫酸カルシウム4%、塩化カリウム2.1%など多様なミネラルで構成される。人の生命維持に不可欠な16種類の必須ミネラルはすべて海水に含まれ、この海のミネラルバランスこそが人体にとって最適な構成比なのだ。

「本来のお塩は、自然の海水から何も抜かずに精製しない状態です。昔の日本人が普通に食べていたこうしたお塩は、必要以上に体が吸収することがないので十分に吸収したら出てきてくれます。その時に、体の中のいらないものも一緒に外に排出してくれるんです」

海水のミネラルを残した自然海塩に対して、食卓塩としても知られる精製塩の成分は塩化ナトリウム99%以上。体はナトリウムだけを排出する機能がなく、ナトリウムを排出するカリウムと、カリウムを排出するナトリウムが二人三脚でお互いの量を調節し合うことで、細胞内の浸透圧や血圧が健やかに保たれる。そのためカリウムやデトックスの働きをするマグネシウムに加え、生命にとって重要な微量ミネラルが不足すると、体内のミネラルバランスが崩れてしまい、めまいや高血圧、体温の低下、アレルギー症状、神経障害など様々な病につながるとも言われている。

「今は、世界中のお塩を選べる時代です。しかし、生きる体のことを考えた場合、やっぱり日本人には日本のお塩が合う。お水もそうです。昔の人は自分の生活している場所から数十キロ以内の食べ物で一生を終えていくのが普通だったわけですから。

例えば、大半の岩塩は自然にできたものですが、成分としては精製塩とほとんど変わりません。海だった場所が地殻変動で地中に埋まり、長い年月をかけて干上がる時に、海水中のミネラル成分は地中にほとんど吸収され、ナトリウムが氷のように層になって残ります。それが岩塩です。純度の高いナトリウムだけだと体にはキツ過ぎるので、化学的に生成したミネラル成分を添加して売ることもあります。

今、日本に入って来てるのは、ドイツ、モンゴル、アンデス、チベットなど内陸の国のものです。これらの国の方にとっては、逆に岩塩が正解なんです。なんでかというと岩塩がとれる国は地中がミネラルを吸収してるから地下水が硬水で、水でミネラルを摂ってます。日本は火山灰土で水はほぼ軟水なので、海でお塩をつくる文化で日本人は生きてきたんです」

身土不二の言葉が教えるように、私たち生命体は気候や風土といった環境をよりどころに生きている。昔ながらの伝統食には、先人たちの絶え間ない経験から見出された知恵がつまっている。

「天然のお塩は体の毒を抜き、悪い菌を殺して、免疫力を上げる働きがあるので、江戸時代までお医者さんが薬として焼き塩を使っていました。上杉謙信が武田信玄にお塩を送った話もありますが、体からミネラル分や塩分を抜くと元気がなくなります。頭がボーっとして気持ちも落ちる。

例えば、昔の強制労働で囚人や奴隷の人たちには、ほとんどお塩を食べさせなかった。お塩を極限まで切りつめると、脳の活性の働きで人間は反発しなくなるんです。心をつくる生命の源がお塩やお水です。昔の人が神棚に供えて後世に教えてくれとる理由がこれですね。

でも日本は1997年まで塩の専売制があって、お塩を自由に製造販売できず、化学的な精製塩しか食べられない時代やった」

日本政府が実施した塩の専売制度(1905-1997年)の4次塩業整備(1971-1997年)では、すべての塩田が全面廃止された。各地域の昔ながらの製塩業はほとんど廃れてしまい、安く、安定した塩の大量生産を目的に、政府が許可する7社の製塩企業がイオン交換膜法で製造する精製塩だけが流通しはじめることとなる。
「減塩」が叫ばれるようになって久しいものの、高血圧の患者は約4300万人いると推定されており、その数は年々増加している。まずは自分が使っているお塩の成分を確かめ、食生活全体からミネラルバランスを整えることを心がけたいものだ。

●すべてありがたいもの

「僕らの姿勢を見て、認めてくれてるお客さんの中には、オーガニック志向の方も沢山いらっしゃいます。もちろん食べるものが良いに越したことはないんですけど、囚われ過ぎてもあかんというか。僕が言うのもおかしいんですが、やっぱり一番大事なことは笑って食べることです。水道水の塩素ひとつにしても、この時代に化学的なものを一切口にしないって無理です。だから少々悪いものが入っても、出せる体をつくることが大切です。その上で、それぞれの自由でチョイスすれば全部正解やと思うんです。 良い悪い、うまいまずいの前に、すべてありがたいものというのがまず最初です。たぶん昔の人は皆こういう考えやったと思うんです。

僕はこのお塩づくりが良いと思ってやってますけど、100%正しいわけでもないですし、僕らのお塩が何かのひとつのきっかけにでもなって、昔からの本来のお塩をあたり前のように食べる時代になってくれたらなという思いがありますね。

昔からずっと遊んでた大好きな海があって、この町が好きなので、その中でこの地域の昔からのお塩づくりを一生やってみようと思ってます。誰がなんと言おうと、自分の時間は自分の自由ですから」

みんなちがって、みんないい(by 金子みすゞ)。それぞれが自ずと然り在ることで、世界はうまく回っていくのだ。


百木良太 RYOTA MOMOKI
1980年、みそぎの町、伊勢二見浦に生まれる。フレンチの料理人として食の道を探求していたが、2005年、実家である岩戸館の製塩業を受け継ぎ、現在に至る。

塩結びの宿 岩戸館
夫婦岩で知られる伊勢・二見興玉神社まで徒歩1分、二見浦の海岸を一望する老舗旅館、岩戸館。岩戸の塩を趣向凝らした味わいで楽しめる”みそぎ御膳”や、1トンの海水からたった1Lだけつくられる貴重なにがりが入った”塩の湯”など、お伊勢参り前の心身のリセットに訪れたいお宿。岩戸の塩羊羹も絶品。

〒519-0609
三重県伊勢市二見町茶屋566-9
TEL.0596-43-2122 / FAX.0596-42-1312

公式サイト
http://www.iwatokan.com


岩戸の塩
約20年前、体を壊した家族の体質改善のために女将が自家用の塩を台所でつくり始め、塩の専売制が解けたことで正式な販売を開始。

昔ながらの伝統的な手法にこだわって焼き上げた自然海塩「岩戸の塩」は、代々二見で製塩が営まれてきた海の水と山の水が交わる場所の海水を使う。

海水を汲むタイミングは必ず満ちる潮。できるだけ地球がいちばん深く呼吸をする大潮を待つ。二千年前に創建された伊勢神宮に奉納されるお塩も二見の満ちる潮の海水でつくられつづけている。

参考ウェブサイト

たばこと塩の博物館
https://www.jti.co.jp/Culture/museum/index.html

厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/index.html

特定非営利活動法人 日本高血圧学会
http://www.jpnsh.jp

公益財団法人 日本心臓財団
https://www.jhf.or.jp


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「岩戸の塩」は、古くから”お伊勢参りのみそぎの地”である伊勢神宮の神領地・二見浦で、昔ながらの伝統的な手法にこだわり、祈りを込めて手作りでつくられた焼き塩です。満ち潮の時に、山の水と海の水がまじわる海岸で海水を汲みあげ、薪で焚いた釜に海水を注ぎ、時間をかけてじっくり煮詰めて水気を飛ばしていきます。

精製された化学塩が塩化ナトリウム(NaCl)の純度約99%に対して、自然塩は塩化ナトリウム約70%にカルシウム、マグネシウム、鉄、カリウムなどミネラル成分が豊富に含まれます。赤ちゃんを育むお母さんの羊水が、海水とよく似ているように、人が本来必要としている海の栄養分をたっぷり含んだ、まろやかでほのかに甘みも感じる、体にやさしいお塩です。

1997年に塩の専売制度が廃止されたことで、海水のみでつくられる純国産自然海塩が一般にも手に入りやすくなりました。
ご飯を炊く時や、飲み物にひとつまみ。現代人が不足しがちなミネラルを海のちからで補ってみてはいかがでしょうか。

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