SPECIAL INTERVIEW #11

フィクションを降りる

内山 隆 / アマビズ センター長

110もの島から成る天草諸島の中心、熊本県天草市。

東京23区ほどの面積に8万人が暮らすこの地に、内山隆さんは2015年に移ってきた。

中小企業や自営業者、起業希望者を対象に、無料で経営相談に応じるコンサルタントとして、天草市に採用されたのである。

以来目覚ましい実績を上げて注目を集め、この制度を取り入れる自治体が相次いでいる。

「地方創生を、地方が都市や日本を創生すると読み替えれば、多様な地域が繋がってネットワーク的に繁栄する日本が見える」という内山さんを訪ね、そのビジョンや生き方にふれた。

守りの常識ではなく、強みを見出す提案を

天草市起業創業・中小企業支援センター、アマビズ(Ama-biZ)は、静岡県富士市のサービス、エフビズ(f-Biz)に倣い、天草市が設立した。開設3周年の時点で、相談件数4,445件(年間目標600)、新規創業96件(年間目標100)、創業による雇用294人(年間目標300)と目覚ましい成果を挙げている。

天草市をはじめ、全国に25(2019年9月現在)のご当地ビズがあり、第一線で切磋琢磨してきたビジネスマンがセンター長に着任している。彼らは、業種を問わず相談者の話を聞いて課題を特定し、商品開発、ブランディング、販路開拓など、多岐にわたって支援を行う。共通しているのは、自分が培った経験を地方経済の活性化に活かしたい、新しい挑戦をしたい、という思いだ。

天草の場合、地産地消、島外への輸出、未来への投資を重視した地場産業支援による島おこしを目標に、工業、農業、観光などの相談に乗る。たとえ業績が悪くても、業務や人員の合理化など、誰もが考えるような守りの提案は行わない。その会社の強みを見つけ、費用をかけずに挑戦できる環境を整えて売上アップにつなげる。

内山さんが個人的に思い出深いのは、牛深町の民宿「一二海」だ。漁師自ら腕を振るい浜辺で食べる魚料理、自家製野菜。無人島ツアー、牛の乳搾りなどの体験ができると知り、ネットや印刷物で魅力を「見える化」して訴えたところ、翌年には売上が3倍にアップした。「命に直接関わる喜びが感じられるプライスレスな価値が、ここにはあるんです。自分の強みは意外に見えないものですが、それを発信すれば、ちゃんと売上に結びつくんですよ」と語る。

人を応援することを仕事のテーマに

アマビズの相談者は、そのほとんどが自営業者だ。メールすら使っていない人や、「もっと値上げしましょうよ」と言いたくなるような控えめな人が多い。そこには地方ならではのやりがいがある。「誰かが喜んでくれて、天草の事業者が盛り上がれば、若い人のUターンや関係人口からの移住も増えて、市まで元気にできる。とてもいい仕事だと思っています」。

内山さんの年俸は800万円近くと、この地域では破格。だが一年契約で査定があり、業績次第では100万円単位で減給になるし、契約自体が更新されない可能性すらある。「圧倒的な結果を出さなければというプレッシャーはある。そこに振り回されずに、相談者へのベストを尽くすことが大事と思っている」そうだ。

内山さんの職歴は、全部を書いたらおそらくかなりの長さになる。東京の外資系コンサルティング企業で、一部上場企業などを担当し、退職してIT企業の立ち上げに参加。また、数万円の仕事を複数請け負って生計を立てたフリーランス経験もある。だが何をやっていても「人を応援するのが好き」ということが根底にあり、そのためのスキルが培われてきたことがうかがえる。

相手をリスペクトし、自分の伝え方を振り返る

「相談に来る方は、ここに来るだけでも一歩前に進む力や気持ちを使っている。僕らの仕事は、たとえ0.001%しかなかったとしても、可能性を見出すこと。否定ではなく肯定から入って、いかに相手の力を引き出すかです」。コミュニケーションの基本はリスペクトだと語る。

中にはネガティブな人、頑固な人もいるだろう。そういう相手にはどう接するのか? 「自分の伝え方を振り返ります。例えば相手が話を聞いてないのであれば、違う伝え方やおさらいをするなどやり方を変えてみる。決まったことを実行しないのであれば、やれることを提案してないのかもしれない。あるいは「やったけどうまくいかなった、あんたのせいだというのもあって、それを聞くのも仕事です。こうやるべき”と押しつけるのは誰のためにもならない」。

9.11.3.11がもたらした、覚醒と覚悟

内山さんには転機が2度あった。1度目は、2001年9月11日の同時多発テロと、米国が始めた対テロ戦争だった。都会や海外に憧れて外資系企業に就職し、人・企業・社会がより速く、強く、高く成長することが、世界をより良くするのだと思っていた。だが9.11以降の情勢が表出させた世界の歪みを前に、内山さんは社会や人々の意識が変わる必要があることを強く感じた。そのためにはまず自分を変えようと決意し、新しい仕事と生活に飛び込んだ。

畑を耕し、持続可能な住宅づくりに参加し、カフェのイベントを考えるなど、身体を動かし人とふれあう様々な活動の中で、気づいたこと。それは最先端のものが溢れ消費される都会(アウェイ)ではなく、多様性や創造性に富んだ足元の大地や自然、人の繋がり(ホーム)こそが、本当の価値と幸せなのだということだった。

2度目の転機は、2011年3月11日の東日本大震災だった。折しも妻は4月に次女を出産予定。「命を最優先」と、家族で東京から南阿蘇村に移住した。都市生活のもろさとは対照的に、自然の猛威と共生してきた阿蘇の人々のしぶとさ、力強さ、しなやかさに感じいった。また、人は命の連鎖と連携の中に存在し、その命を引き継いでいるということに目覚めた。

こうした経験を経て、内山さんはエッセーにこう書いた。「『ここではないどこかのピラミッドの天辺が進歩の最先端で、それについていかないと置いてきぼりになって仕事がなくなる』というフィクションに騙されるなら、ついていくために時間やお金や生きている実感を奪われることになる」。

『たとえ0.001%しかなかったとしても、可能性を見出すこと。』
従来のフィクションを降りて、地球の当事者として生きる

従来のフィクションを降りたとしても、現代の生活は世界規模の経済に頼り、人類共通の問題に脅かされている。そんなグローバルな時代をいかにローカルにサバイバルするか。これは世界中のコミュニティが直面している問題だ。

内山さんは「そもそも人間が富や知恵を分かち合っていれば、飢餓・疫病・環境破壊・格差といった問題は起きていないはず。ビジネスが地球規模で大きくなり過ぎて、人や環境に還元すべきことを儲かることに使ってしまうなど、ゆがみや偏りが出ている」と考える。中央の意思決定者との距離が遠く、誰が何のためにどんな影響を地域に与えているかが見えにくいビジネスではなく、「これに投資したら喜んでもらえた」など、金銭以外の価値や喜びも共有できるビジネスを志向する。

多様な地域が各々自立しつつ、連携し助け合う自律分散型社会を、地域主導で取り戻していくために、どんなことができるかを挙げてもらった。

―投資家や株主になったり、地域通貨を作ったりして、地域の経済活動にみんなが参加し、動かしていく。――グローバリズムのフィクションに取り込まれるのではなく、ローカルな軸を持って生きる。つまり成長というひとつの物差しに従って生きるのではなく、それぞれが自分の場所の良さを自覚する軸を持つ。――人がITなどの技術に使われず、命を幸せにするために使う。AIに仕事をとられるよりも、「楽になるから働かされなくてもいいんじゃない?」というのが、本来自然な反応のはず。内山さんにとって、今は「グローバル/ローカルを問わず多様なグローカルとして、同じこの地球で世代を超え当事者として生きていく時代」であり、「新しい惑星大の野生を作る楽しい時代」だ。

でも惑星大にするためには、多くの人の参加が必要だ。内山さんが好きな「早くいきたいなら、ひとりで行きなさい。遠くへ行きたいなら、みんなで行きなさい」という話は、企業のチームビルディングなどでもよく使われる。だが内山さんがみんなで行きたいのは、それよりも遥かに遠く、深く、美しい場所だ。


内山 隆(うちやまたかし)

起業創業・中小企業支援センター、アマビズ センター長。富山県出身、1966年生まれ、1989年東北大学理学部卒。アンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)にてコンサルティング業務に従事。ITから組織変革まで幅広く関わる。その後企画・制作会社やIT企業にて、中小から大手まで提案型の制作サービスに携わる。非営利のエコ健康住宅会社の起業に参画した後、南阿蘇に家族4人(妻と4歳/0歳の姉妹2011年時)で移住。廃校利用や自然エネルギーのNPOに勤務し、半農半X的生活にもチャレンジ。熊本市ではエンパワメント(持てる力を引き出す)NPO法人を立ち上げ、代表理事も務めた。

公式サイト
http://ama-biz.jp/cases/


Related Item

木を植えた人
ジャン・ジオノ
こぐま社
935円(税込)

たったひとりで、ただひたすらに木の実を植え続けた男がいた。時が過ぎ、その行為は荒れ地から森を甦らす結果となった。荘厳ともいえるこの仕事を成し遂げた、孤高の羊飼いに学ぶところは大きい。「自分ひとりぐらいいいだろう」という自己中心的な思いを手放し、グローバルな視野で、ローカルに行動する。そんな小さな積み重ねこそ未来を変える力となるのだろう。

ハウ・キャナイ・ヘルプ?
助け合うときに起こること
ラム・ダス、P・ゴーマン
平河出版社
1870円(税込)

「人を助ける」という行為の中には、様々な意識が絡みあっている。ボランティアやケアの現場でしばしば起こるズレの正体は何なのだろう。精神世界のリーダーとして様々な活動を行ってきた著者が、この難しい問題に取り組んだ。ケアを通して自分自身を見つめる本。

半農半Xの種を播く
やりたい仕事も、農ある暮らしも
塩見直紀,種まき大作戦(編著)
コモンズ
1760円(税込)

一つの道からもう一つの道へ切り替えて、それを追求するのも意義深いことだが、もしやりたい仕事が複数あったなら両方選んでしまうという手もある。そういった生き方も、創造性の一つの発露だろう。やりたい仕事と農ある暮らしを両立させるライフスタイル、「半農半X(エックス)」。『半農半Xの種を播く』では、全国に広がる半農半X実践者たちの生の声を、写真とともに紹介し、農ある暮らしのA to Zを指南している。自然に寄り添った暮らしを志す者にとって心強い道しるべとなるだろう。

人を助けるとはどういうことか
本当の「協力関係」をつくる7つの原則
エドガー・H・シャイン
英治出版
2090円(税込)

途上国への金銭的な援助や、ボランティアの現場など、支援する人は、相手がよりよい生き方をするために、自分たちは何をするべきなのか? という視点が必要だ。本書は、今まで見過ごされてきた、協力関係の当たり前の原理を読み解く。目の前にいる人を助けることから始めて、さらには、目に見えない人を助けてゆく。そういう人が一人でも増えてゆけば、仕事とお金、そして社会全体の労働環境も少しずつ、変わってくる。

発酵野郎!
世界一のビールを野生酵母でつくる
鈴木成宗
新潮社
1650円(税込)

「伊勢から世界に」を合言葉に、400年以上続く老舗餅屋の21代目が目指す世界一のビール造りとは。すでにあるビール酵母ではなく、伊勢の森で採取した野生酵母からのビール造り。その過程で博士課程を取得するも、発酵にのめりこむだけではビジネスとして立ち行かない。ローカルに根付く伝統から世界へと踏み出した、伊勢各屋麦酒社長の波乱万象の成功物語。

選んだ理由
石井ゆかり
ミシマ社
1540円(税込)

「闇鍋インタビュー」と題した、事前情報一切無しで行われるインタビュー・シリーズの書籍化。出会った瞬間の最小限の情報から立ち上がる、「わからない」という好奇心が原動力となって、インタビュイーたちの人生の選択の場面が語られていく。

Spectator Vol.34 ポートランドの小商い
エディトリアル・デパートメント
幻冬舎
1047円(税込)

アメリカ北西部にある港町ポートランド。イメージが先行しがちな憧れの土地で、小さな商売を行う人たちの実際のところはどうなのか。ビジネスの舞台裏から、彼らの素直な姿を描き出す。

自分の仕事をつくる
西村佳哲
筑摩書房
836円(税込)

「働き方が変われば社会も変わる」という確信のもと、魅力的なモノづくりの現場で働く人たちの秘密を伝えるエッセイ。他の誰も肩代わりできない「自分の仕事」をすることが、仕事の原点ではないか、という視点を提起する。文庫化にあたり追加収録された10年後のインタビュー2本もまた興味深く、この著作に奥行きを与えている。

一回半ひねりの働き方
反戦略的ビジネスのすすめ
平川克美
KADOKAWA
946円(税込)

『反戦略的ビジネスのすすめ』というタイトルで出版され、その後『ビジネスに「戦略」なんていらない』と改題、そして今回『一回半ひねりの働き方』という新書となって再々登場した本書は、タイトルの示す通り「戦略」をはじめとする、ビジネスを語る時もはや当たり前となった、戦争を例えとする語り口に異議を唱える。自身の起業、経営経験について辿りながら、日々考えを巡らせ、センセーショナルさは無くとも、揺れ動きながら行きついた、攻略するビジネスへの抵抗が語られる。改題され、形を変えながらも発行され続け、一定の注目を継続的に浴び続けることの結果を身を持って示すような書籍。

スノーピーク
「好きなことだけ!」を仕事にする経営
山井太
日経BP
1650円(税込)

ビジネスとなると競争や利益が前提条件で語られる。誰もがビジネスマン以前に消費者であるのに、ビジネスとなった途端に意識が変わる。消費者目線に徹し「ほしいモノ」だけ作るスノーピークのような企業は今後増えていくだろう。

関連記事