SPECIAL INTERVIEW #12

多様性が織りなすタペストリー

Queen's Meadow Country House

田舎や地方の過疎化だけではなく、都市部でも空き家が問題となっている昨今。一方で、すぐ隣に誰かがいても、自分の携帯で遠くの誰かとつながることを優先する私たち。

「これからの日本でどう生きるか」という問いは、政治や経済だけでなく、土地や生き物との関わり方といった視点も含んだ、より全体性から見つめることに答えがあるのかもしれない。

日本の中山間地域の未来や、オルタナティブな暮らし方を提示するべく、馬と暮らす現代版曲り家プロジェクトの実験的な場として1999年にスタートを切ったクイーンズメドウ・カントリーハウスを訪れた。

ホースファースト

 クイーンズメドウ・カントリーハウス(QMCH)が特異な場所であるのは、馬がいながらも乗馬クラブでも観光牧場でもない、という理由だけではない。馬の飼い方、つまり馬との付き合い方だ。

 ここでは基本、放し飼い。馬房はありながらも、いつでも扉は開いている。馬たちは、広大な敷地内の丘や草原を気ままに移動する。気が向けば馬房に入ったかと思うと、気がついたらもう森へ駆け抜けている。

 また、去勢されていない牡馬同士が一緒にいるという状況は、日本では稀だ。種馬として誰も近寄れないように管理され、子供を産ませる機械のように扱われるのが普通だからだ。

 複数の牡馬という最も危険な関係の中に人が一緒にいるという関係を作り上げたのは、施設の立ち上げから関わり馬事を担当する徳吉英一郎さん。力ずくや道具頼りではなく、信頼と尊敬に基づいたコミュニケーションを通じ、手探りで築き上げてきた。馬との付き合いを試行錯誤で探る中、「人間の価値観を押し付けることを手放した時に、馬とつながるツールができた」からだ。

 徳吉さんの原点は、「辛い人や動物を解放する」こと。それは歴史の中で長らく与えられてきた、人間の使役動物としての馬の役割を解放するという馬との関わり方に結びついていく。「馬を自由にすれば人も自由になる」との思いから、乗馬もしないし、閉じ込めて飼うこともしない。「みんな、『何のための馬ですか?』ってよく聞きたがるんです。でも、その問いは人に置き換えれば『何のために生きているんですか?どういう風に社会に役立つんですか?』というプレッシャーになる」。

 ホースファースト、つまり常に優先順位を馬に与えて共に暮らす。

 「馬と暮らしてみると家族同然になって。『急に何怒っているの、人間?』という顔で見つめられると、『なんだろね?』って、調教や乗馬サービスに違和感を覚えるようになった」と、奥さんの敏江さんも言う。だから、あえて乗馬しないということで定義して、それに共感していける人の輪を広げたいのだと言う。夫妻は、「偏見でやってきた暴力的な扱いをやめていく」ことを二人でよく話す。

一緒に未来を作ろう

 QMCHが位置する岩手県遠野は、古くから人の営みの中に馬が寄り添うという文化を持つ。

 馬と共にある暮らしを取り戻し、馬を基軸にした経済の活性化や地域の生業育成を目指すQMCHは、宿泊施設も用意されている。

 しかし、ここは、よくありがちな乗馬クラブや観光牧場を営むのではない。四季折々の遠野の美しい里山の自然の移ろいに合わせた宿泊リトリートでは、「森や草原を自由に移動する馬たちとのコミュニケーションを学ぶことを通して、意識や時間のありようを馬から感じる」ことを主眼としている。

 徳吉夫妻が遠野に移住したのは1996年のことで、地域おこしである「南部曲り家」プロジェクトのコンサルティングの仕事が契機だった。クライアントにプランを提示するだけでなく、自分たちがそれを実践していくという話が持ち上がり、プロジェクトに関わっていた今井隆さんやランドスケープデザイナーの田瀬理夫さんと「一緒に未来を作ろう」と、土地探しから始め、夫妻で立ち上げからQMCHに関わることとなる。

 「自由な空間、世間的な既成概念から外れた自由な発想で、自分たちの思いを実現できる場を作れれば良いねって勢いがあった」と、敏江さんは当時を振り返る。しかし、当初の思いがすんなり上手くいく訳でも、ぐんぐんと収益が上がる事業になった訳でもなかった。20年という歳月の中で、各々の事情でQMCHとの関わりから一時期外れたスタッフもいれば、寿命が尽きてしまった人や馬もいた。一方で、数年前から今井さんが息子の航大朗さんに運営をバトンタッチしたり、最初はゲストとして来ていた人々が立場を変え、新たなメンバーとして料理や施設管理を任されたり。

 そんなメンバーの一人である松井さんにより「生態系を多様なまま維持した状態で植物を育てる」という、協生農法の試みも今年から始まった。

 20年間、異なる立場に立つ人々が営利目的でもなく、場をつないできた共通の糸は何だったのだろうか。

 「この間サイアナという馬が高原で急死したんですよ。危険な伝染病の疑いもあって、保健所にすぐ運ばなきゃならない、明日中にお別れしなきゃならないという状況の中で、今井さん親子、田瀬さんたち皆が駆けつけてくれて。馬という求心力があるんだなあって改めて思いました」と、敏江さんは言う。

 馬は求心力だけでなく、暮らしの錨にもなっている。「馬の命を守るためにはなんとかしなきゃならない。馬が錨のように私たちをここに押し留めて、毎日のことに向き合わせるから、ここに居続けられているんです」

馬を自由にすれば人も自由になる

自分に関して悩んでいる暇はない

 フリーの料理人である美里さんは、QMCHには元々ゲストとして訪れ、ワークインレジデンスという体験型研修期間を経て、2019年の春からメンバーとなった。

 今井さんは、美里さんの料理をこう説明する。「徳吉さんの料理もすごく美味しくて、ワイルドで。料理が常にマジで生きろよっていうメッセージがある強めなトーンで。(美里さんは)もう少し柔らかで優しくて女性的だけど、ベースラインは一緒で、『自由であれ』というもの」

 メニューを決めずにその場に集まった人や食材との即興料理を得意とする美里さん。今でこそ、食べる側の「緊張感や、ゆったりした感じなどの声じゃなくて発しているもの」を感じ取り、これは煮るのか、焼くのか、切り方もどうなのか、とか全部、調和するかどうかをイメージしながら作っているが、一年前は「プレッシャーと責任感と、緊張しすぎて、一ヶ月くらい前から何にしよう?って考えまくっていた」料理スタイルだったという。

メニューを決め、それに応じた食材を用意する。しかし、いざ当日作ってみたら、思ってた以上のものができたことが一回もない。「一個ずつはもしかしたら美味しいかもしれないけど、場の空気と合ってる、合ってないとか、料理同士が調和してないとか、作った後悲しく」なっていた。料理をしている凛とした真っ直ぐな今の眼差しからは、想像もつかない姿だ。

 「前は頭で考えていたけど、今は料理の時間が瞑想チックで、スカッとするし、連続して作っても疲れないんです」と言わしめる変容のきっかけは、二ヶ月間のワークインレジデンスでの馬との対峙だった。

 「馬とのコミュニケーションを取ることを毎日セッションのようにしていて。馬って、瞬間瞬間で変わるし、言葉を発しない。見えない何かを自分で感じ取って、それを行動にしていかなければならなかった。その力が料理にも出たのかな」

 変容したのは、料理のスタイルだけではない。「自分らしさ」へのこだわりや、未来への不安に悶々と悩む日々を送っていた美里さんは、馬との本気のやり取りを通じて、「まだ何も起きてない不安について考えている暇もなく」、次第に考えないようになっていくうちに、「本当は自分らしさなんてない」とパッと気付いた瞬問があったという。研修期間も終わりの頃、馬はすごく大好きなのに、知れば知るほど馬への恐怖が出てきて気軽に馬に近づくことができなくなっていた。「でも、やるしかないという状況を徳さんは作る訳ですよ。私も悔しいから毎日トライする」。そんな中、「カウボーイになり切れば良い」というアドバイスに従ってみると、気分だけでなく身体の使い方もガラリと変わるという体験をする。「本当に何にでもなれて、イメージするだけでこんなに簡単に変わってしまったと思ったら、自分らしさにしがみついてたけど、元々ないのに何を探してたんやろって。今ここにいることへの幸せ感とかも出てきて」と振り返る。

 徳吉さんの言葉を借りれば、「自分に関して悩んでいる暇はない」ということだ。「『私は誰?』という問いが蔓延していますけど、そんなものは結局、どうでも良くって。『今日馬とどうする?』が大切」

 敏江さんも口を揃える。「自我って邪魔だということがまさに馬でわかる。生命体の大きさそのものがすごいインパクトと共に、『その場にいる』っていうこと、命とどう取り結ぶのかということを教えてくれる」。

最近、名刺交換をやめました

QMCHでの取材中、「馬と出会えない」という言葉を何度も聞いた。それはどういうことか。

敏江さんは言う。「実際に会っているけど、本を見ているだけというか、ここに馬がいましたねってただ言っているだけのような受け止め方」航大朗さんも同意する。「そうそう、ここにいない感じなんですよ。馬なんだね、可愛いね、と言ってスーッと過ぎていく、それが出会えていないということです」

馬はこうしたらこうするという決まりを聞いたら安心する。相手の本質と付き合うのではなく、名前や種類、情報で相手を理解した気になる。

「都会でよく起きるのが、名刺交換。何々と申しますと名刺を出した瞬間、相手は名刺を見て、『なるほど、株式会社の取締役』ということを見た瞬間、僕はもうそこにはいないというか」。「あ、全然対峙してないなあと思う」から、最近は名刺を持たず、名刺交換も行わないようになったという。

自分の知っていることの中で情報を位置付けたり、自分の価値観を貼り付けて終わってしまう。それは現代に生きる私たちに当たり前のこととして起こっていることだ。

消費されないような世界を作りたい

一流ホテルでサービス業に携わってきた航大朗さんは、事業を引き継いでからの一年ほどは、「いい仕事っていうのは捧げるってことで、目標は持たないんです」と田瀬さんに言われても、ピンと来なかったという。「全然違う価値観で、どう売る?とかサービス、サービスだった」からだ。しかし、「貨幣化」ではなく、いかに豊かな時間を過ごせる場所にするかで、価値が高まるという「価値化」を目指すQMCHの在り方は、彼の中で次第に根付いていく。そして、「心地好くとか大切に、とかは持ったまま、できるだけグレーに」とゲストとホストの線引きを曖味にすることをメンバーに提案するまでになった。サービスする側とされる側という関係性の決めつけは、それ以上の何も生み出さないことを痛感していたためだ。

「すごく希薄な関係性になってしまうような気がします。消費の世界はもう疲れてしまって」

「使役的もしくは交換可能なものとして扱われることが多い世の中に対して、消費されないような世界を作ること」を目指す航大朗さんにとっては、「外の人たちが入ってきて外じゃなくなるのが良い」し、宿泊だけでなく、人や馬との対し方をも含め、「別の在り方の方が実は豊かというシーンもあるのでは」と提案したいのだ。

敏江さんは、「目標のために何かを犠牲にして、ここの時間を台無しにしちゃうと、結局やってる人が楽しくない。それは身に沁みてこの20年でわかっちゃったので、やりたくない」と言葉を継ぐ。

夫の太郎さんと共にQMCHの維持に関わってきた美代子さんも口を揃える。「本当に一人でこの山の中で働いていると、つまんないっていうんだか、何のために私、一人でここでやってんの?って思って」太郎さんが亡くなってから一時期、QMCHを離れた美代子さんだが、「自分が必要とされている豊かさがすごく良いな」と思い、復帰する。「掃除を完璧にすると自分も気持ちが良いし、お客さんが来るんだなあって」

QMCHは、緑と、自然と、馬と、人が「寂しさも癒されるし、辛いことも忘れる」ことを可能にする、大切な場所なのだ。

「ウチにいても、ボーッとして考えることは一つ。ここに来たらそんなこと絶対考えないし、それがすごく癒される。徳ちゃんと喧嘩しながら、でもちょっと姿が見えないと「徳ちゃーん?」って探す」と笑う。

左から今井航大朗さん・渡辺敦子さん・アル・徳吉英一郎さん・堀切美代子さん・松井真平さん・サイ・植山美里さん・清水敬示さん・徳吉江さん

 美代子さんの不在時期は、全員男性で「むさ苦しいし、まとまらない」。美代子さんが復帰し、料理担当の美里さんが新たに加わってからは、「女性の共感力やコミュニティを作る力」のお陰で雰囲気がガラリと変わってきたという。現在、管理人室に寄宿しながら施設を見渡す清水さんの存在も大きい。エネルギー効率の良い住宅設計を手がけてきた清水さんもかつてはゲストであり、美里さんと同じように、今ではメンバーの輪に加わった。

 敏江さんは言う。「だから、一人ではできなくて、協生農法と一緒ですね。役に立つとか、立たないとかという考えでいるんじゃなくて、いろんな人がいた方がここも豊かになる、という作り方をしたいねってみんな考えている」

 メンバー同士も和気あいあいとしていて、ホテルというより親戚の家に遊びにいったような感覚にとらわれるQMCH。「私たちも最近思っているのは、家族とは言わないけど、親戚みたいな。ちっちゃな家族じゃなくて、つながりのある人たちがベースにある」と敏江さん。

 「人間にとって細胞一個一個がにこって笑えるような環境がここにはある。自分の居場所ができる可能性があって、その人がその人らしくできるんじゃないでしょうか」と清水さんは笑う。

 QMCHは森や馬、施設という縦糸を軸に、様々な人々が横糸として交錯しながら織りなしてきた、壮大で美しい色とりどりのタペストリーのようだ。それは数字では測れない豊かさを持った一反の織物であり、人と人や人と馬、あるいは場とのつながりで強く結びついている。


クイーンズメドウ・カントリーハウス
農業法人株式会社ノース
〒028-0661
岩手県遠野市附馬牛町上附馬牛14-122
荒川駒形神社参道南入ル
TEL:0198-64-2882
FAX:0198-64-2883
※スタッフが作業・馬事に従事している際には、お電話をお受けできないことがあります。

公式サイト
Queen’s Meadow Country House クーンズメドウ・カントリーハウス


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