SPECIAL INTERVIEW #17

勇気をくれたNYに、料理でお返ししたい。


コロナウイルス感染防止のためにニューヨークでビジネス閉鎖が始まった3月23日から2ヶ月半。以前ならばヒップスターや観光客で賑わうイーストビレッジも、多くの店にはシャッターが閉ざされ、行き交う人は少ない。時折聞き慣れた救急車のサイレンが遠吠えの如く耳に入る。
その一角の小さなレストランで数人のキッチンスタッフが忙しく弁当を作っていた。
「今日はいつもより少なく180食」とひとりが笑顔を見せた。店の名はリトル・トング。
毎日200~300個の弁当を作り、医療勤務者や低所得者へ配給している。
「店は閉鎖しているが、コミュニティのためにできるものがある」とオーナーのシモーン料理長。
2019年「期待の新星」に選ばれた注目の若手女性料理人だ。

コロナウイルスが猛威を振ったニューヨーク。しかし、その中で輝いたものがある。
お互い助け合おうとする大きな動きだ。ソーシャルメディアや街中の貼り出しは、
高齢者や低所得者などを援助する多くのボランティア広告で溢れた。
シモーンさんは、「飢えで苦しむ人があってはいけない」と、
レストランへのボランティアを依頼する Rethink Food(リシンク・フード)という非営利団体の呼びかけに真っ先に応えた。「助け合うことに小さすぎることはない」。
シモーンさんの言葉は多くのニューヨーカーの言葉でもある。
これから「レポート1」としてシモーンさんの試みを、
そしてシモーンさんが呼びかけに応じた団体が運営するカフェの活動を
「レポート2」としてご紹介しよう。


ー Report1  シモーン・トングさんの試み ー

食べている間だけでも、辛いことを忘れて欲しい

 幼少の頃から様々な地で過ごしてきたシモーンさん。新しい場所に行く度に違った文化と食に接し、料理の深さ、楽しさを経験した。渡米し、ノースカロライナ大学で経済学と心理学を学んだが、食への情熱は増すばかりだった。「家族に期待をされていることと自分がやりたいことの違いに葛藤しました。でも、アメリカにいるとアジアにいた時よりも、ちょっとだけ大胆になれて、勇気が出てきます」数年かかって両親を説得し、分子ガストロノミー (※調理を物理的、化学的に解析した学問で、「分子美食学」と呼ばれたりする)の革新的なシェフ、ワイリー・デュフレーヌの「WD~50」などで修業を積む。以前、テレビで彼の調理を見て、その斬新さに驚愕していた。

 「シェフ、ワイリーのレストランは学校のように時間をとって訓練してくれました。モダンで、革新的で、遊び心がある。いつまでも心に残る食体験ができます。綺麗というだけではなく、料理を科学という立場から解釈し、創造的なプロセスを学びました」その後自分の味を求めて、中国雲南省を旅したという。
「土地が肥沃で270種ものきのこが育つところです。チベットやラオス、ベトナムとの国境にあり、26もの違った民族が住んでいて、文化や食のバラエティに富むところです。古い歴史の村や農家をめぐり、理想とする味を求めました」2017年にリトル・トングをイーストビレッジに開店。その後2年間に2号店、3号店と順調に事業拡大し、2019年には、レストラン業界誌で「期待の新星」に選ばれた。コロナウイルスが襲ったのはそんな時だった。

 最初に打撃を受けたのは、チャイナタウン。風評被害で、客足が遠のき、アジア人種への差別も問題となった。リトル・トングはチャイナタウンからそれほど遠くはない。
「来客数は半減しました。うちのレストランの質を信じてもらえていないのだろうか。差別なのか。恐怖なのか。そんな思いがかけ巡りました。しかし、レストランは、危機の際には人を支えるところであるべきです。両親には人の痛みがわかるような人間になるように言われて育てられてきました。2008年、中国四川大地震の際、震源地の近くでカフェをしていた母は店を救急の場とし、水や食物を供給しました。危機に接すると人は様々な反応をします。逃げる人もいれば、デモをする人もいる。リスクとのバランスを保ち、料理人として社会にどう貢献できるのか模索しました」


 そんな時に、WD~50時代のシェフ仲間が関与しているRethink という非営利団体による、「Restaurant Response Program」を知った。外出禁止令で全てのレストランは閉鎖となり、テイクアウトで細々と経営を続けるしかなかった時だ。月200~300万円の給与金で、日に200~300食を作るというプログラムで、儲けはない。当時は参加するレストランはまだ一軒もなかった。「このプログラムの存在を知って、すぐに引き受けました。人件費、店の維持費と食材がやっと賄えるほどの資金ですが、私に勇気をくれたニューヨークに対して、何かができると思ったんです。それに、キッチンスタッフに給与が払えます。彼らにも養わなければならない家族がいますので、店が閉鎖したからといって解雇はできませんから。できた食事は地域の様々なコミュニティ団体を通じて、医療機関や食に困った人々へと配給されます。メニューはいつもうちで出しているものと同じです。ローカルの新鮮な素材を使い、栄養バランスの取れた料理です。手は抜きません。シェフとはそういうものですね。ホームレスの人であれ、うちでいつも出している料理を食べてもらいたい。料理を作ることは楽しみを提供すること。食べている間だけでも、辛いことを忘れて欲しい」店の外壁には女の子たちの可愛い壁画が、飾られている。“自分を信じて”、“ガールパワー”、“勇気をもって”、“時には反抗も”、といった声援の文字とともに目を誘う。「彼女たちにはいつも励ましてもらってきました」とシモーンさんは微笑んだ。


ー Report2  Rethink Caféの試み ー

誰もが気軽に立ち寄れる、新しい形のスープキッチン

 白い建物にRethink Cafeというグリーンのロゴ。中は清潔で明るい。「おはよう!」入るとすぐに笑顔で挨拶がきた。店のマネージャー、キアナ・フラワーさんだ。開店した当初は客がひとりもこない日もあった。その後、コロナウイルス危機が始まり、少しずつ客が増えていった。今では、常連も増え、客足が絶える時間は少ない。初めて足を運ぶ人も多い。そんな人に向けて、キアナさんは丁寧にこのカフェの目的を説明する。

 「ニューヨークでは、120万人もの人が飢えに接している中、生産される食糧の40%もが無駄になり捨てられています。私が前に働いていたケータリング会社でも多くの残った食べ物が捨てられていました。でも、訴えられては困るからと誰も持ち帰れない。ここでは、そんな余った食料を生かし、料理し、安く、もしくは無料で提供します」トレーダー・ジョーズなどスーパーからの寄付も多い。配給されてくる食料によってメニューを考えるのはシェフのルイス・トレスさんだ。
「毎日違ったものが運ばれてくるので、クリエイティブでなければなりません。どれも新鮮なローカルの食材を使い、一から作っていく。ヘルシーでバランスのあるメニューです」
ベジバーガーにチキンブリトー。オーダーに合わせその場で料理する。サラダや新鮮な野菜がたっぷりと入り美味しい。食事は300円。また、パントリーという持ち帰り食品や飲料コーナーもある。キアナさんが焼いたクッキーやバナナブレッドなどに加え、毎日新鮮なフルーツジュースも用意する。賞味期限の近い食品はサラダなどのお惣菜にする。どれでも好きなものが3つ選べて500円。払えなければ無料だ。
ニューヨークには「スープキッチン」という食事を提供する慈善事業が各地にあり、市民の飢えをしのいでいる。利用する人の大部分はホームレスではないが、経済的な理由により十分な食事が取れない人達だ。中にはスープキッチンの列に並ぶことに恥を感じる人も多い。「店が綺麗なのも食事に気を遣うのも、人としての尊厳を大切にしているからです。お金があるなしにかかわらず、躊躇せずに訪れてほしい」

 キアナさん自身も低所得家庭に育ったマイノリティーで、ホームレスも身近な体験だった。カフェの近くまでは来るものの、通りの向こうでじっとしている人がいるとすぐに気が付き、食事を持って走って行く。「お腹が減ったらああやって近くまで来るんです。お客さんとはパーソナルな関係を築いていけるように気を遣っています。誰でも安心してうちにこられるような信頼が大切。『あなたたち二人がエネルギッシュにポジティブに仕事をしているのを見ると元気つけられる』と、立ち寄ってくれる人もいます。食材が余っている時は無料で分かち合います。『こんなにもらっていいの?助かります』なんて言われると嬉しいですね」感染ピーク時は500〜600個の食事を作り必要な人へ配給していた。通常へと戻ったあともRethink Cafeコンセプトの必要性をキアナさんは強調する。
「このようなカフェを必要とする低所得者地域はたくさんあります。乞うことなく、人としての尊厳を失うことなく、気軽に誰でも立ち寄れるコミュニティ・カフェ。余った食材をうまく使うことによってそれが可能になるのですから、意義のあることをやっているのだと頑張っていけます」人を支えるのは食。
コロナウイルス危機で社会格差がさらに拡大すると、まず飢えを防ごうと多くの人々が助け合った。食の無駄をなくすRethinkの活動はこれからも広がるに違いない。そして、「食を見直す」という彼らの目標達成には、シモーン料理長やキアナさんのような輝くニューヨーカーなしには考えられない。


Rethink Foodとは?

一方に食料の大量廃棄という問題があり、また一方に飢えがある。この両方を解決しようと、2年前に、4つ星レストランEleven Madison Parkの元料理人Matt Jozwiakらによって創設された非営利団体。レストランから要らなくなった食材を集め、食事を作り、低所得者に配給する。創立当初は小規模な活動を続けていたが、コロナウイルス危機で飢えの問題が深刻化すると、「Restauran Response Program」というユニークなプログラムを開始。アメックスなどの企業から集めた寄金を資金に、一食あたり5ドルほどの給与金で、レストランに日に2〜400食を作ってもらい、それを必要な人へ配給するというものだ。Eleven Madison Parkがプログラムに参加すると、「有名レストランが飢えに取り組む慈善事業のスープキッチンになった」と話題になり、同時にRethinkのコンセプトも注目され始めた。プログラムに参加したレストランは20店ほどで、ピーク時には日に1万食も供給した。
今年始め、「健康的で低価格の食を地域コミュニティへ」とブルックリンにRethink Cafeを創設した。


ー Simon Tong(シモーン・トング ) ー
イーストビレッジにあるレストラン、LITTLE TONGのオーナーであり、料理長。中国成都市出身。シンガポール、マカオ、香港、オーストラリアなどで育つ。渡米し、ノースカロライナ大を卒業した後、一転し、シェフへの道を目指す。ニューヨークに移住し、有名レストラン「ダニエル」やワイリー・デュフレーヌの「WD~50」で修業。2007年最初の店をオープン。NYタイムズ紙から2つ星を得て、2ヶ所に店を広げた。2019年「期待の新星」に選ばれ、アジア女性移民の成功としても注目。今年秋にはSilver Apricotというレストランをウエストビレッジにオープンする。


【 Report1 LITTLE TONG 

LITTLE TONG
リトルトング

Midtown East
235E53rd St.
New York, NY – 10022
(929) 383-0465

【 Report2 Rethink Café 】

Rethink Cafe
リシンク・カフェ

154 Clinton Ave. Brooklyn,
NY 11205
Hours of Operation:
Monday – Friday
10AM-5PM

Rethink Cafe 公式サイト
https://www.rethinkfood.org/cafe/


Related Books

初女お母さんの愛の贈りもの
おむすびに祈りをこめて
佐藤初女
海竜社
1600円+税

彼女のおむすびを口に入れるだけで、なぜか涙がこみあげてくる人がいる。心を病んだ人を受け入れるために開いた「森のイスキア」で、著者は心をこめて料理を作り続ける。食べ物ひとつひとつを、優しく丁寧に扱うその手は、同時に人々の心をも温めるのだろう。

つながりゆるりと
小さな居場所「サロン・ド・カフェ こもれび」の挑戦
うてつあきこ
自然食通信社
1600円+税

経済的貧困を抜け出ても、人間関係の貧困は人から生きる力を奪ってしまう。ホームレス支援団体「もやい」が営むカフェでは、コーヒー1杯100円で誰もが自由に交流できる場を提供し、そこに集う人生を結んでいく。人や社会とのつながりが生み出すパワーにふれる5年間の物語。

人を助けるとはどういうことか
本当の「協力関係」をつくる7つの原則
エドガー・H・シャイン
英治出版
1900円+税

途上国への金銭的な援助や、ボランティアの現場など、支援する人は、相手がよりよい生き方をするために、自分たちは何をするべきなのか? という視点が必要だ。本書は、今まで見過ごされてきた、協力関係の当たり前の原理を読み解く。目の前にいる人を助けることから始めて、さらには、目に見えない人を助けてゆく。そういう人が一人でも増えてゆけば、仕事とお金、そして社会全体の労働環境も少しずつ、変わってくる。

思いやりの経済学
ダライ・ラマ14世と先端科学、経済学者たち
マチウ・リカール、タニア・シンガー 編
ぷねうま舎
2500円+税

世界の富裕層上位26人が貧困層38億人の総資産と同額の富を保有し、その格差は刻々と拡大し続けている、今。何かがおかしい。果たして利他、慈悲、思いやりに基づく公平な経済システムの実現は可能なのか? ダライ・ラマ14世と、脳科学、認知心理学、霊長類学、人類学、経済学、経営学の先端に立つ科学者たちの対話の記録。


Related Column's