Special Interview #22

音で伝える 自然の波動

創作音楽家 / ガイネ

音楽に関わる人々はあまたいるが、演奏だけでなく、楽器制作の段階から音作りに取り組むミュージシャンは少数だろう。
ネイティブ・アメリカンのフルートから独自のライアー(竪琴)まで手がけ、
音の世界を表現する創作音楽家のガイネさんはそうした一人だ。

自分の使う道具を手作りする──それは既製品を利用する現代の消費者ではなく、
自給自足や手仕事で食べ物や道具をまかなっていた、昔からの暮らし方にも通ずる。


調和の音

 鳥たちの饒舌なさえずり。波のように押し寄せては遠ざかる、カエルたちの合唱。闇に広がり溶けていく無数の虫の声。大地に柔らかく降り注ぐ雨音。
 こうした自然界の豊かな音に、いつの間にか楽器の音が寄り添い、ハーモニーを織りなす。ガイネさんの奏でる音楽を聴くと、身も心も丸ごと、地球の懐に包まれているような気分になる。
 この慈しむような音は、どうやって生まれるのだろうか。
 ガイネさんの住まいと工房のある藤野は、山梨県に隣接する神奈川県の相模湖近く、緑豊かな山々に囲まれた地だ。背の高い木々や草花が生い茂る工房に足を踏み入れると、木材や道具の合間にある制作途中の楽器たちが、そこが木工所ではなく楽器工房であることを思い出させてくれる。
 「音楽を通じて、自然の波動の心地よさを伝えたい」と微笑むガイネさん。
 「調和の世界がそこには必ずあるので。音楽でも音楽でなくても、無理して色々なことをせず、自然に沿っていれば、みんな整っていくのではないでしょうか。ただ、やっぱり音楽は人が作っていくものなので、僕が作るからには僕なりの表現の仕方で、調和の世界を維持しながら、良いものを作っていくという気持ちでやっています」

「ガイネ」との出会い

 声楽やピアノの講師を務める両親を持つガイネさんにとって、音楽を始めたのはごく自然な流れだった。とはいえ、幼い頃から音楽の手ほどきを受けていたわけではなく、「親は自分たちのことで忙しかったので、割と放任されていました、有難いことに」と振り返る。
 中学生の頃に独学でギターを弾き始め、作曲や歌の弾き語りへと進む。そこまでは普通とも言える道のりが転換点を迎えたのは、26歳の時。ガイネさんはアジア放浪の旅に出た。10代の頃からの憧れだったインドで、目的の一つだった伝統音楽のシタールを習ったものの、本腰を入れた弟子入りを決意するまでには至らなかった。そんな中、ネパールで伝統的な弦楽器であるサーランギーを作って演奏している「ガイネ」たちと出会う。世襲制の職業カーストのガイネは、アウトカーストだったため、正式な場所ではあまり演奏できない。
 「例えば、人の家の玄関先で演奏したりして、お金をもらいます。カースト制度は廃止されましたが、慣習的には今もまだ『敷居をまたげない』身分なのですね。ガイネたちは自分が使う道具を自分で作るっていう、昔の人のような在り方をしています。昔は、楽器に限らず、農耕具や家の道具も、皆、作れないまでも修理していた訳じゃないですか。私はそういう風になりたかったんです」と笑う。
 ガイネたちの生き方がボディーブローのように心に響き、帰国後、お土産の小さな楽器を参考に見様見真似で作り始め、音楽活動名もガイネを名乗るまでとなる。
 実用レベルの楽器を独学で作るとは、器用さが求められるのでは、と水を向けると、ガイネさんは即座に否定した。
 「器用ではないです。要するに、『やるか、やらないか』なんですよ。何かになりたい時、『なる』って決めて、行動すれば、なれる確率がグッと上がるわけじゃないですか。楽器作りに舵を切った時点で、上手かろうが下手だろうが、楽器職人になってるんです」


楽器作りに舵を切った時点で、上手かろうが下手だろうが、
楽器職人になってるんです。

自然界と繋がって

 楽器作りを決意したものの、日本ではマイナーな楽器であるサーランギーで生計を立てるのは難しい。そんな時、たまたま自宅に遊びに来た友人を通じて出会ったのが、ネイティブ・アメリカンのフルートだった。元々、彼らの世界観や考え方に深く共鳴していたガイネさんは、友人から作り方を教わった翌日から制作に取り掛かり、段々と演奏もするようになっていった。
 「ただ、最初は山の中でインディアンフルートを吹いていても、違和感が自分の中でありました。当時は東京から引っ越してきたばかりで、自然の世界と自分がしっかり繋がっていなかったからでした。最初に住んだ家は沢の近くの小さな集落にあって、皆、沢の水で生活していました。外と内の区別があまりないような家に住んでいたので、自然の音も入るし、周りにはいろんな生き物もいて、まさしく自然の世界の波動と共に生活する暮らしに馴染むうちに、感じていた違和感も消えていきました」
 そして、マインドも変化していく。
 「自然の持っている波動やサウンドは、こんなにも人の心身に影響を与えていると分かったのです。そして、自然を突き破るような音楽ではなく、自然と共にあるサウンドというか、共存できる音楽を表現したいと思い始めたんです」


雑味成分は豊かさ

 その表現の手段として選んだ、民族楽器の魅力とは何だろうか。
 「民族音楽は皆、シンプルに表現していて、その中に心地よさがありますよね。あと、民族楽器の良いところは、誰が弾いても、吹いても、結構良い音が出るし、単体で弾いても、良い感じになる。西洋の楽器は、上手い人がやらないと、良い音が出ないんですよね」
 その違いは、「音の成分」にあるという。音は、一つの周波数だけでなく、いろんな「雑味成分」が入って一つの音を構成している。
 「分かりやすく言うと、例えば人間の声って、一人一人の成分が違うから、それぞれ固有の声になっているんです。民族楽器はそういう感じなんですよ。ところが西洋の楽器って、雑味成分をできるだけ取ってスマートにして、オーケストラなどの集団の中でも特定の音ができるだけ聞こえるように調整しているんです。民族楽器はそのように研ぎ澄まされた音ではないので、集まって演奏すると、ボワーッとなってしまうんです。」
 人間の声から雑味成分を取り除いてしまうと、どうなるのだろうか。
 「大袈裟に言うと、ボーカロイドの声になるんです。ボーカロイドでは、基本的には誰も癒やされないじゃないですか。雑味成分が豊かさになっているんです」
 綺麗に刈り込まれて整備された庭園も美しいが、野趣あふれる自然な庭も簡素ながら味わい深い。私たちの価値付けや二元性を超え、すべてを包含する大自然の本質は、豊穣さなのだ。
 自然の持つ豊かさに寄り添った音作りは、「元々、白を黒にする、無理矢理変えてやるというタイプの人間じゃないから、それが良かったのかな」と自己分析するガイネさん。
 「あまり人に言ったことないですけど、自分ができることや自分が特徴的にできることをやっていくのが、今生においての自分の使命だと思っています。ただ、性格的に、あまり根を詰めて『どうだ!』というキャラじゃないんで、すごくゆっくりですけど、自然界の波動、人や生き物たちの関わりを音楽でさらに突き詰めていきたいと思っています」
 これまで、音楽活動以外にも、福島の子供たちの保養や環境保全など、地域社会に関わる活動も続けてきた。ふるさと感覚を初めて味わうことのできた藤野に対し、楽器作りで還元していきたいと語る。
 「例えば体の悪い人がここに半分仕事で制作に来たりとか、これから何したらいいか分からないような若者が一時的に楽器を作ってみたりするとか、そういう場ができたら良いなって、昔から思っているんです」
 昔ながらの在り方を音の世界で実践するガイネさん。ゆくゆくは、伝統楽器になりうるものの創作も手掛けたいそうだ。「100年、200年経ったら多くの人が使っていた、伝統楽器になっていた、というものを生み出したいんです」。
 そのビジョンは、未来の豊穣な音の世界へとまっすぐに伸びていく。

自然の世界の波動と共に生活する暮らしに馴染むうちに、
感じていた違和感も消えていきました。


Gaine Sato(ガイネサトウ)

大学中退後、ギターで弾き語りを始める。アジア放浪中、ネパールでサーランギーを作り、演奏し、歌う職業歌人「ガイネ」と出会う。帰国後、改名してサーランギーの制作を始める。1999年より神奈川県の山里、藤野に移住し、ネイティブ・アメリカンのフルートを中心に制作と演奏を開始。国内外の様々なアーティストとコラボする。映画(『リーディング』2019年白鳥哲監督作品など)やTV番組「むかしばなしのおへや」への楽曲提供、楽器作りワークショップ、環境保全、地域活性NPOなどのほか、震災後に始めた福島の親子の保護活動団体の代表を務めるなど、多方面で活躍する。

作品『TWIN VORTEX』高橋全(ピアノ)とのコラボアルバム、『A LOTUS FLOWER』自然音との共存、融合をはかった5thアルバム、『ありがとうだいじょうぶ』震災後すぐに制作された支援CD。収益は、自身も関わる福島の保護活動に寄付される。

ガイネの音処
http://www5f.biglobe.ne.jp/gainenonedoko/index.htm


Related Books


TWINVORTEX
Gaine&Akira
2750円(税込)

祈りを込め、ガイネ自ら制作したインディアンフルートと、高橋全(Akira)のピアノが溶け合う。映画『リーディング』のオリジナル・サウンドトラック。新しいながら、人類の太古の記憶を呼び覚ますような、どこか懐かしい音の風景が伸びやかに広がる。

A LOTUS FLOWER
GAINE
2200円(税込)

藤野の自然音にオリジナル・インディアンフルートをはじめとする音色が重なり、ハーモニーを奏でる。目を閉じて音の世界に浸ると、どこにいても大地に抱かれている気分に浸れる一枚。リラックスしたい時、ヨガや瞑想のバックグラウンド・ミュージックとしてもおすすめ。


関連記事