Special Interview #26

だれもが安心できる 居場所がある。

うえだ子どもシネマクラブ

不登校の子どもたちを支援する活動は、公的にも民間においてもさまざまなアプローチで行われていることは周知の通り。
そうした中、長野県上田市で、意外とも言えるプロジェクトが進められている。それは子どもたちに映画を観てもらうこと。
そしてそこから何かを感じてもらうことで新しい一歩を踏み出してほしいという願いが込められた活動である。
不登校に苦しむ子どもたちと社会を繋げるために築100年を超えた映画館で奮闘している人たちの言葉に耳を傾けてみよう。


子どもを育てる場は学校でなくてもいい

その外観だけで、懐かしい記憶が甦ってくる人もいるだろう。年季の入ったタイルの壁と柱。昔ながらの入場券売り場。その先にある木製のドアを開けたら、ノスタルジー溢れる昭和の映画館だ。2階席まである劇場の天井は、「格天井(ごうてんじょう)」と呼ばれる文様で装飾された正方形の木材で組まれたもので、関東大震災で焼け落ちる前の旧帝国劇場と同じ造りが現存している。ここは長野県上田市。創業が1917年(大正6年)という「上田映劇」は、築100年を超えた今も現役の映画館として運営を続けている。

だが、上田映劇は集まった観客のために映画を上映するだけの場ではない。通常の上映とは別に月に二度、学校に行きづらい、あるいは行くのをやめてしまった子どもたちのために、映画を上映する「うえだ子どもシネマクラブ」が開催されている。「幸福の反対、ってわかりますか。僕が思うにそれは『孤立』です。その孤立を防ぐことが僕らのミッションなんです。その考え方が真ん中にあれば、学校であろうと焼き鳥屋であろうと、そして映画館であろうと関係ない」

そう語るのはこの「うえだ子どもシネマクラブ」のプロジェクトリーダーであり、特定非営利活動法人として上田映劇の運営を行う理事長の長岡秀貴さん。上田市出身の長岡さんは親に連れられこの古き良き映画館に入り浸っていた経験があった。シネコンの進出で周辺の映画館が軒並み閉館に追い込まれるなか、一度は休館を余儀なくされた上田映劇を復活させようとする市民グループの協力を得ながら、映画館の経営に乗り出した。

 「やるからにはちゃんと経営をしないといけない。そのとき思ったのは、単なるノスタルジーでシニアのお客さんだけを相手にしても先はありません。ですからオーナー制度を導入して、自分の名前を入れた座席が1年間使えるようにしたり、年間パスポートを販売して見放題にしたりするサービスを始めました。そうすると年間の予算が見えてきますし、さらに映画料金の見直しをしながら、来てくれるお客さんとの関係性が濃密になっていくような環境づくりを目指しました。そうなればここに来る人たちにとって出会いの場所になると思いました。そしてここを教室にしようと。子どもを育てるのは別に学校じゃなくてもいい。学校には行ってないけれど、映画館に行く子が大人になったときのポテンシャルは半端ないと思っていて、それを堂々とやれる場所を作ろうと思ったのが『うえだ子どもシネマクラブ』の発端です」


来て、観て、話すハードルの低さ

侍学園スクオーラ・今人という、不登校の子どもたちや社会で生きづらさを抱えている若者の自立支援をおこなう教育施設も運営している長岡さんは、協力してくれている小中学校の教師やスクールソーシャルワーカーなどに「うえだ子どもシネマクラブ」のコンセプトを広めていった。メインスタッフの一人で、コーディネーターの直井恵さんはそのときの状況をこう語る。

「これまで支援の現場にいらっしゃった先生たちの協力を得ながら、各市町村の学校教育課や生涯学習課に掛け合いながらこのプロジェクトを進めていきました。平成28年に成立した文部科学省が『教育機会確保法』という、子どもたちが学校でも家庭でもない第三の居場所に通うことでも出席を認めるという通達を出していたのも、私たちの背中を押してくれましたね」

子ども。不登校。そして映画と映画館。一見、繋がりのないように思えるこの組み合わせだが、学校に行けない子どもたちにとって、映画館に行くことのハードルの低さが功を奏したという。直井さんはこう続ける。

「不登校の子どもたちの受け皿は、意外と少ないんですね。いま上田市では『中間教室』という学校に行けない子たちが行ける場があります。そこでは学校の先生をリタイアした人がサポート役になって、漫画が読めたり卓球ができたりするのですが、子どもによって向き不向きがあるようです。そもそも中間教室は学校に戻るための場所という位置づけがあるので、その目的に合わない子もいます。だからといって学校の図書室や保健室に通うのもけっこうハードルが高い。私たちは学校に行けるようになることだけがゴールではないと思っています。ですから映画館なら、ちょっと映画観に来ない? と聞けば気軽に来てくれるところがあるんです」


暗闇の中、みんなで一緒にいることの安心感

「うえだ子どもシネマクラブ」の活動に賛同する小中学校の中には、子どもたちが上映会に参加すれば出席扱いとなる学校もあります。長岡さんは、ふらりとやって来た子どもたちが映画を観て、何かを感じ取る様子をそっと見守っている。

「映画はテレビドラマなどと違って、かなり厳しい内容のものがあるじゃないですか。でも、子どもたちが経験したリアルな体験のほうがずっと苦しいんです。どんなに辛い内容の映画でも、子どもたちのリアルなものを希薄化してくれる効果があると思います」

「うえだ子どもシネマクラブ」の上映作品は、子ども向けという安易なセレクトとは一線を画している。第1回の上映作品はアニメ『この世界の片隅に』で、戦争の残酷さが描かれる場面も少なくない。また第2回の上映では韓国映画の『はちどり』。思春期の女子中学生の生きづらさを描いたこの映画は、家族から体罰を受けるなどの激しい描写も見受けられる。長岡さんは、こうした厳しい映画でも、多くの人と一緒に見るという映画館ならではの効果もあると語る。

「絶望の淵にいる子は常に明るい方から暗いところを見ているんです。映画館はその逆。みんなが暗いところから明るい方を見ている。そんな場所、他にあまりないと思いますよ。みんなが映画館の座席にすわって、言葉を交わすことはないけれど、同じ映画を観て、何らかの感情を抱いている人がそばにいるという。そんな場所に自分がいることの安心感。自分だけが『孤立』しているなんて思わなくても済むし、社会の一員であることを実感できる素晴らしい場所なんですよ。映画館って」

何気ない会話から見つかる子どもたちの可能性

映画のあとは館内でスタッフが主催するコミュニティカフェも開かれている。そこで子どもたちが感想を言い合うことで映画の内容を消化できる効果があるという。こうした場で、子どもたちが少しずつ成長していくところを目の当たりにすることがある。直井さんはある一人の女子中学生の例を教えてくれた。

「その女の子は中三になった頃からほぼ不登校だったのですが、スクールソーシャルワーカーの先生が『うえだ子どもシネマクラブ』というものがあるから行ってみない? と誘ってくれたんです。最初はその先生と一緒に来ていたんですけど、自宅はここから歩いて来られる距離だったので、だんだん一人で来るようになったんですね。そのうち、折り紙が好きだということがわかって、じゃあ上映会のあと他の子たちに折り紙を教えてくれない? とお願いしたらものすごく上手で。子どもたちに教えていたら1時間経っても全然終わらないぐらい大人気でした。「朝起きるのが苦手で……」と話していましたが、自分でちゃんと起きて来てくれるようになりました。スクールソーシャルワーカーの先生もびっくりしていましたね。

ここが相談所とか心療内科ではないことの良さがあると思います。気軽に映画を観に来て、そのあと自分より小さい子たちの面倒を見ながら折り紙を教えるようになる。一人の不登校の子が一歩踏み出した場面に映画館があったことは、この活動をやっていて本当に良かったと思える瞬間でした」

「うえだ子どもシネマクラブ」は不登校の子どもたちだけが対象ではない。保護者である親もさまざまな悩みや葛藤を抱えており、映画はそうした人たちの心情にもうまくコミットしてくれると直井さんは話す。

「上映会を続けていくうちに、親御さんも居場所が必要だということを感じます。映画を観たあとに長くお話しされるお母さんもいて、たぶん不登校などの話題について気軽に話す時間が日常の中で少ないんだろうと思います。だから親御さんのためにも息抜きが必要だと思い、大人向けのものも上映しています。『82年生まれ、キム・ジヨン』を上映したときは、とても好評でしたから」

不登校の子だけでなく、親子ともに映画を観てもらい、新たな気づきと活力を得る。映画と映画館が持つ力を信じているからこそできる活動なのだろう。3年目を迎えた「うえだ子どもシネマクラブ」はそれまで月1回の開催だったのを2回に増やし、上映作品の監督のトークショーや交流会なども積極的におこなっている。長岡さんや直井さんの取り組みは、静かに、そして着実に広がりを見せている。


うえだ子どもシネマクラブ

学校に行きにくい・行かない子どもたちの新たな「居場所」として映画館を活用する「孤立を生み出さないための居場所作りの整備〜コミュニティシネマの活用〜」事業。長野県上田市の老舗映画館・上田映劇を活用し、NPOの中間支援を行う特定非営利活動法人アイダオ、若者の自立支援を行う特定非営利活動法人侍学園スクオーラ・今人、特定非営利活動法人上田映劇の3つのNPOによる協働事業である。映画を観る以外にもコミュニティカフェでの語らいや交流、そして不登校や引きこもりの相談もでき、子どもばかりでなく親や教師なども利用できる。
所在地:長野県上田市中央2丁目12−30(上田映劇)
https://uedakodomocinema.localinfo.jp/ 


関連記事