鳥たちの言葉を求めて
全国のどこにでも棲息している、とても身近な小鳥のシジュウカラ。
そのシジュウカラの鳴き声が、実は言葉として使い分けられており、
文を作ることもできると実証した研究者が鈴木俊貴さんだ。
そんな驚きの研究成果をものにし、大きな注目を浴びている鈴木さんが、
軽井沢の森の中で語る、鳥たちへの飽くなき探究心に触れてみたい。
森に巣箱を設置し、
鳥を調査する日々
「あ、ほら。ヒガラが鳴いてます」
鈴木俊貴さんはいきなり立ち止まり、森の上の方を指差して、こう話し出した。
「ヒガラというのはシジュウカラと同じ鳥の仲間ですが、いま『ビービービー』と聞こえましたよね。あれはヒガラのヒナの鳴き声で、親鳥に『ごはんちょうだい』と鳴いているんです」
ここは長野県・軽井沢の森の中。鈴木さんは、森に棲息する小鳥シジュウカラやその仲間の鳥たちの調査を続けている研究者だ。慣れた様子で森の深いところまで入っていく鈴木さんは、鳥の鳴き声に敏感に反応しつつ、調査のために設置した巣箱まで案内してくれた。
「この森に80個ぐらいの巣箱を設置して、おもにシジュウカラの調査と観察をしています。この時期(6月末)のシジュウカラは家族で暮らしています。つがいのオスとメスがどういう言葉のやりとりをしているのか。親鳥とヒナの間の会話はどうなっているのか。鳴き声を集音マイクで収録して解析し、録音した鳴き声をシジュウカラに聞かせて、どういう風に行動を変化させるかなどの実験をしています」
鈴木さんがこの軽井沢の森でシジュウカラの研究を始めたのは、21歳のとき。幼い頃からの動物好きが高じ、生物学を学ぶ大学生となった鈴木さんは、シジュウカラの鳴き声が他の鳥と比べ複雑だと気づいたことから研究の道が始まったという。
「小さいときからピアノを弾いていたこともあって、僕、ものすごく耳がいいんですよ。みんなが聞き逃すような鳥の鳴き声もちゃんと聞き取ることができるんです。大学2年のときにたまたま軽井沢にバードウォッチングに来て、シジュウカラがたくさんいることに感動したんです。おまけに大学の山荘が1泊500円で泊まることができたので、1か月滞在しても1万5千円だぞと思い、そのまま半年ほどこの森で鳥の観察を続けたんです」
« ある特定の言葉を聞くと、頭の中でイメージしてしまい見間違えることがある »
シジュウカラに言葉が、
そして文法があることを実証
鈴木さんは大学の卒業研究でもシジュウカラをテーマとし、そのまま大学院に進み博士号を取得。日本学術振興会の特別研究員、東京大学教養学部の助教などを経て、現在は京都大学白眉センターの特定助教を務めつつ、1年のうち6〜8か月は軽井沢の森の中で過ごす生活だという。
「京大の白眉センターの研究者は研究以外の学内業務が免除されている特別な身分。四六時中、研究に専念できます。ただし任期は5年。2018年秋の採用なのでいま4年目。あと1年少ししかないんですよね」
そう苦笑いする鈴木さんのこれまでの研究成果は動物行動学の学会だけでなく、広く一般的に大きな反響を呼んでいる。それは鈴木さんが、シジュウカラが言葉を話し、しかも文まで組み立てていることを実証した研究者だからだ。
「ずっと研究していて、シジュウカラが『ジャージャー』と鳴くときは近くに天敵のヘビがいることに気がつきました。もしかしたら『ジャージャー』はヘビを意味する言葉ではないかと。しかしそれだけでは、僕の勝手な思い込みの可能性があります。『ジャージャー』という声は、ヘビを見たときの恐怖心から出た単なる悲鳴にすぎないかもしれないじゃないですか。ですから、『ジャージャー』という鳴き声が『ヘビ』を意味すると実証する必要がありました」
そこで鈴木さんが思いついたのは、「見間違い」という着眼点だった。たとえば道に落ちている木の枝が「ヘビだ」と言われたら、一瞬、その木の枝を本物のヘビと見間違えることがあるだろう。鈴木さんはそうした見間違いがシジュウカラにも起こるのではないかと考えた。
「小枝を木の幹に沿うようにぶら下げ、録音したシジュウカラの『ジャージャー』という鳴き声をスピーカーから流すと、普段は見間違えない小枝を、シジュウカラはヘビだと思ってわざわざ小枝を見に行き確認することがわかりました。要するに、ある特定の言葉を聞くと、それを頭の中でイメージしてしまい見間違えることがある。シジュウカラの場合も、『ジャージャー』が恐怖などの感情ではなく、『ヘビ』という意味の言葉になっているのであれば、それを聞いた仲間のシジュウカラが、イメージのはたらきによって小枝をヘビと見間違えるのではないかと考えたんです」
さらに鈴木さんは、シジュウカラには単語と単語を組み合わせ、文を作る能力があることを明らかにした。
「シジュウカラの『ピーツピ』という鳴き声は、天敵を発見したときに発せられます。そのあと『ヂヂヂヂ』と鳴くと、複数のシジュウカラが集まってきてまわりを警戒する仕草をします。つまり『ピーツピ・ヂヂヂヂ』は『警戒しろ・集まれ』という意味になる。これが本当に文になっているかどうかを調べるために、鳴き声の順番を入れ替えて『ヂヂヂヂ・ピーツピ』とスピーカーから流してみました。そしたら集まってこないことがわかりました。シジュウカラの言葉には語順、つまり文法があることが証明できたんです」
« これまでの研究は人間中心になりすぎていた »
人間と動物が言葉を交わす
未来は訪れるのか
人間以外の動物にも言葉があり、しかも文法まで持っていると実証されたのはシジュウカラが世界初だ。鈴木さんの研究は科学誌「Nature Communications」の論文などで発表され大きな反響を呼び、日本のメディアでも広く伝えられ、鈴木さんは時の人になりつつある。
「これまでの研究は人間中心になりすぎていたと思います。人間だけが言葉を持っているというのは、たとえば古代ギリシアのアリストテレスの本を読んでもそう書いてあります。そして動物は正か負の感情を示すことしかできないと。進化論を唱えたチャールズ・ダーウィンも、サルには正と負の感情以外にもいろんな鳴き声があるが、それらは言葉ではなくまた別の感情を示しているにすぎないと書いています。科学者も動物学者も言語学者もみんな人間だけが言葉を持っていると思い込んでいたんですね。
動物の言葉という大きなカテゴリーの中に、人間の言葉があり、シジュウカラの言葉があり、チンパンジーの言葉があると考える方が自然だと思います。それぞれの言葉を研究し、互いを比較することで、コミュニケーションはどうやって複雑に進化するのかを調べていく。そうすることで言葉の起源や進化のプロセスに迫ることができるのではないでしょうか」
鈴木さんの研究が広く世の中に認められ、後に続く研究者が輩出されれば、いずれ人間は動物と会話ができる。そんなファンタジックで夢のような未来がやってくるのだろうか。
「動物が人間と会話をしてくれるかどうかは、動物の勝手ですからわかりません。ただ、もし人間の話す言葉がシジュウカラにとって必要だと思うのなら、人間の言葉を理解するように進化するかもしれません。今のところその必要性は見られませんが。
でも、鳥類だけでも世界に9千種類、哺乳類は6千種類以上います。それだけの種類の動物の言葉が全然調べられていません。イルカは喋っているとか、カラスは賢いから言葉があると言う人がいますが、科学的にちゃんと調べられていないんです。僕の研究がきっかけとなって、多くの研究者が調べてくれれば、動物の言葉がわかる時代がやってくると思います」
軽井沢の森での観察と実験に余念がない鈴木さんは、まさに寝ても覚めてもシジュウカラの毎日だ。
「朝はシジュウカラのさえずりで目が覚めますし、夢の中にも出てきますよ(笑)。道を歩いていても、誰かと喋っていても、鳥がちょっと鳴くと気になっちゃいまして、人との会話が入ってこなくなる。もともと耳がいいと言いましたが、プラスアルファで鳥の言葉の意味が加わりますから、彼らと一体化している感覚になります。毎年新たな発見があるんですよ。それは僕の知らない世界がまだまだあるということだから、何とか少しずつでも解き明かしていきたい」
京都大学白眉センターでの任期が来年の秋に迫っている。鈴木さんは、新たな学問領域である「動物言語学」を立ち上げることが当面の目標のひとつだと語る。
「世界で動物言語学の研究室というのはまだありませんが、創設のための論文を学会に発表したりしているので、その枠組みにのっとって、鳥だけでなくさまざまな動物で実験をしてみようとする研究者が現れつつあります。白眉センターでの任期が終わるまでにどこかの大学で研究室を作りたいですね」
動物の言葉が解明されたあとの世界を想像してみよう。人間だけでなく、さまざまな動物がこの世界で豊かに生きていることがより強く伝わってくるはずだ。そして世界の、自然に対する目も優しくなっていくのではないだろうか。鈴木さんの飽くなき探究心は、世界の豊かさをこれからも指し示してくれることだろう。
鈴木俊貴(すずき・としたか)
1983年東京生まれ。京都大学白眉センター特定助教。小学生時代は自ら率先してカブトムシやヤドカリなどの観察日記を1年間にわたって書き、それを毎年の夏の自由研究として学校に提出していたほどの動物好きだった。シジュウカラの言葉の研究で、日本生態学会宮地賞(2018年)、文部科学大臣表彰若手科学者賞(2021年)などを受賞している。
Website: https://www.toshitakasuzuki.com/
Twitter: @toshitaka_szk