「はてな?のこころ」は、1995年の『NewsLetter』に掲載された池田晶子さんによるエッセイです。
予めご理解のうえお楽しみください。

ARCHIVE #20

はてな? のこころ 1995

池田晶子
「教団」

 オウムの親玉が捕まった。「回」の会員の皆さんは、どのようにお感じでしょうか。
 「私はああいう人々とは違う」ということを、明確な理屈で説明することができますか。
「精神世界」はいかがわしいと、一層つよく思う気持ちになっている人々に対して。

 「明確な理屈」なんてことを言わない、フィーリングこそが精神世界の身上なのだ、というふうな言い方は、いよいよ許されなくなるでしょう。だって、じじつ、自分たちにのみ理解できるような「フィーリング」なるもので、彼等は殺人行為をも平気で正当化してみせたわけなんだから。さて、「精神世界」を愛好するオウムではない人々、窮地。

 私とて、もともとその種のことを考えるのは決して嫌いな方ではない。そう、「考える」のが嫌いではないと私は言ったのであって、そういったものごとを愛好する態度は、何を隠そう大嫌いなのである。この際だからぶっちゃけた話ですが、私のみたいなこんなコラムが、この一見仲良しクラブふうのニューズレターに、なんだって載っかってると思いますか。
どう見ても場違いじゃないですか。みなさんだってそう思ってたでしょう?

 それは私が、「回」の基本的な趣旨、そのやがて目指しているもの、に賛同しているからであって、そこへ至るまでに予想されるプロセスにある種ブレーキをかけ、水をさすような論理性が必ずや要請される、そのことにおいて私は協力できると考えるからである。

 だって考えてもみてください。「精神」とは、あなたのことでしょう。他の誰かではないあなた、その孤独をそういうはずでしょう。それなら、あなたがあなたであることに徹する、あなたがあなたであることを極めるために、なぜ、大勢でまとまる、他人と集う、もしくは教団を形成する必要があるのでしょうか。精神性と集団性、これは驚くべき絶対矛盾なのである。オウムの事件はそれが最悪の形で出てきただけで、人類が各人でそこのところの勘違いに気付かない限り、この手のことはいつまでだって起こるのだ。

 いい加減に気付いてもいいじゃないんですか。世界宗教の発生から二、三千年はたつことだし。私が「回」に期待しているのも、そこである。愛好でも信仰でもない、自覚されすぎた精神性その孤独、自ずから形成されるだろう広がりは、救済とは無縁である。


池田晶子 / 文筆家
東京生まれ。
慶応義塾大学 文学部哲学科卒業。
著書に『帰ってきたソクラテス』『オン! 埴谷雄高との形而上対話』『悪妻に訊け』『さよならソクラテス』『メタフィジカル・パンチ』『14歳からの哲学』『事象そのものへ!』『メタフィジカ!』など他多数。

わたくし、つまりNobody賞
https://www.nobody.or.jp

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