「はてな?のこころ」は、1994年の『NewsLetter』に掲載された池田晶子さんによるエッセイです。
予めご理解のうえお楽しみください。

ARCHIVE #21

はてな? のこころ 1994

池田晶子
「私」

 私が「私」と言うときの感覚と、誰か他人が「私」と言ってるときのその感覚とが、同じ感覚であるのかどうか、「私」という言葉は誰にも同一の感覚を与えているものなのかどうか、どういう仕方によっても知ることができないというこの事実に、何かこうもの哀しい脱力感のようなものを覚えるときがある。

 普通に人々が「私は私だ」という言い方で「私」を素朴に信じていて、それを疑うということなどあり得るとさえ知らないというこの世の風景には、もう慣れた。が、例えば社会心理学が、『「私」はない、それは獲得されるものだ』というときや、脳生理学が『「私」はない、それは脳の機能にすぎない』というときなど、「私」を考える考え方の、それこそ彼我の差に今さらながら困惑を覚えるのだ。この差異は決して埋められない、なぜならそれは、量の差ではなく質の差だからだ。だから、質的「私」の考え方を知っている例えば神秘主義などが、『「私」はない、しかし、「私」は在る、常に在る、全てとして在る』と確言するとき、私もまたフムフムと思うのだが、それが万物照応する自他の区別ない何がしか神めいたものとしてあるというふうに言うようになってくると、私は感じる、それは、違う。
 「私」は在る、「私」は全てである。なるほどその限りそれを神と言ったっていい。しかしそれなら、全てとして在り続けるゆえのその神の絶対的孤独、というものが、あるはずではないか。「私、私……」と呟き続けるその神は、例えばやはり神としてのあなたの「私」が呟くその「私、私……」と同一の「私」感覚を共有しているのかどうか、どうやっても知り得ないではないか。神同士の孤独とは、何のことはない、この世の私たち、その「私」同士の孤独の姿であったのだ、かくて事態は振り出しに戻る。
 ライプニッツのモナド説、互いに互いを映し合いつつ神によって予定調和している宇宙のモナドたち、しかし同時に彼は言う、「モナドには窓がない。」
これを、どう解するか。
 むしろ、エックハルト。
 『究極において私は、私自身の意志、神の意志及び神のあらゆる働き、神自身、その一切から脱却する。 究極において私は全ての被造物を越えており、私は神でもなく被造物でもない。』
 神秘主義的認識は、困ったことに、上がりではなく永遠の振り出しなのでございますよ。


池田晶子 / 文筆家
1960年ー2007年 東京生まれ。慶応義塾大学 文学部哲学科卒業。
著書に『帰ってきたソクラテス』『オン! 埴谷雄高との形而上対話』『悪妻に訊け』『さよならソクラテス』『メタフィジカル・パンチ』『14歳からの哲学』『事象そのものへ!』『メタフィジカ!』など他多数。ヘーゲルから鈴木大拙まで、学術用語によらない日本語で哲学の本質を一刀両断の元に鋭くえぐりだす姿はまるで哲学の巫女。

わたくし、つまりNobody賞
https://www.nobody.or.jp

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