「はてな?のこころ」は、1995年の『NewsLetter』に掲載された池田晶子さんによるエッセイです。
予めご理解のうえお楽しみください。
はてな? のこころ 1995
「情報」
世はますます情報化時代だとか。インターネットなくては、夜も明けないような。
私はいまだに電話とファックスしかもっていない。もとから新聞やテレビもほとんど見ないので、いよいよもって、陸の孤島化するかもしれない。でも、全然心配していない。情報化時代それがどうした、と言い切れる自信は常にある。
なぜなら ――
世の普通のオピニオン誌なんかでそれを言うよりも、「精神世界」に明るい皆さんのニューズレターで言う方が、何割かは理解されるはずと思うのですが、外部から与えられる情報とは、「あなたの」精神その世界にとって、どのような位置と価値をもつか、そのことを疑ったことはありませんか。瞬時に、居ながらにして、全世界から自分の手もとに情報が集められるのは、なるほど確かに便利なことだ。しかし、その情報が、あなたの精神あるいは魂にどのように寄与し得るかは、ひとえにあなたの精神あるいは魂の在り方によるはずだ。オンライン・ショッピング、その程度のことならその程度のことでいいでしょうが、皆さんは、その程度のことより、「精神世界」に、その位置と価値とを認めているはずですね。すると、これはどういうことになりましょうか。
「ブッククラブ回」の存在は、いろんな意味で面白いと私は思っているのだが、たとえば「回」は、いち早くインターネット化をも取り入れた。全世界から受信され、また世界へと発信される「精神世界」に関する情報、しかし、「精神世界に関する情報」とは、実は何を意味し得るのか、それを考えると私は、「回」の、言ってみれぼ「たくらみ」に深く納得するのである。
極端なところで「神」、神に関する「情報」、さまざまな情報、世界各地の、いろんな集まりの、人々の、考え方の、「カタログ」 ――とは何ですか。神のカタログ、神様のオンライン・ショッピング、それによって、あなたの魂はどのように成長しますか。あなたの魂は「何を」知ったことになると思いますか、思えますか。神を外部に求めるな、神は内部にのみ見出されるとは、神秘主義の基本ではなかったでしょうか。
外部情報それ自体が無意味と言っているのではなくて、受け取る側の、魂の側の、準備がなされていなければそれは全く意味をなさないと私は言っているのだ。「回」はたぶん、人々がそのことにより早く気付くよう促しているのだと思う。
池田晶子 / 文筆家
1960年ー2007年 文筆家。東京生まれ。
慶應義塾大学 文学部哲学科卒業。著書に『帰ってきたソクラテス』『オン! 埴谷雄高との形而上対話』『悪妻に訊け』『さよならソクラテス』『メタフィジカル・パンチ』『14歳からの哲学』『事象そのものへ!』『メタフィジカ!』など他多数。
池田晶子さんの業績を記念した、新しい言葉の担い手に向けて、創設された
「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」 。
https://www.nobody.or.jp
関連書籍
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これまでの学校教育に欠けていた「考えて、知る」こと。これからの世界を作る若い人達には、ぜひ読んでもらいたい本。
オン! 埴谷雄高との形而上対話
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1320円(税込)
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トランスビュー
1980円(税込)
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事象そのものへ!
池田晶子 著、NPO法人わたくし、つまりNobody編
トランスビュー
1980円(税込)
思考の発生と運動を、非人称かつ詩的な言葉で記した、「考える文章」。旧著を復刻・校訂した新装版。
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池田晶子 著、NPO法人わたくし、つまりNobody 編
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1100円(税込)
哲学者・池田晶子の著作の中から、物事を正しく考え、よりよく生きるための指針となる言葉を11のテーマ別に精選した言葉集。
絶望を生きる哲学
池田晶子の言葉
池田晶子 著、NPO法人わたくし、つまりNobody 編
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1100円(税込)
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池田晶子 不滅の哲学
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1980円(税込)
『「言葉」を認識することは「別の世界にふれる」こと』と語り、若くして没した哲学者の言葉の数々を丁寧に読み解き、その仕事の意義を明らかにする。