Special Interview #31

大麻がつなぐ過去・現在・未来 - 野州麻編 -

麻農家 野州麻紙工房 代表 大森芳紀

はるか昔、神話の時代から災厄のもととなる罪や穢(けが)れを祓(はら)い清める聖なる植物として神事に用いられてきた大麻(おおあさ・おおぬさ・たいま)は、日本人の衣食住を支える農作物として縄文時代の極めて早い時期(約1万年前)には既に栽培され、根・茎・葉・花・実まで余すところなく活用されてきました。

足尾山麓の南側に広がる栃木県鹿沼市は日本最大の大麻の産地として知られており、全国の栽培面積のおよそ80%を占めています。この鹿沼市で麻農家8代目となる大森芳紀さんが設立した野州麻紙工房では、大麻を種から栽培し、収穫、湯掛け、麻引き、精麻干しまで一貫して手掛けています。就農前は立体造形の世界で活躍していた大森さんは、失われつつある麻文化を次世代に継承するため、大麻という素材がもつ可能性をかたちにすべく日々研究と実験を重ねているそうです。時代が移り変わるなかで人と大麻の関係が変化しつづけるように、大麻からとりだした3種類の繊維「精麻(せいま / 麻茎の表皮)・麻殻(おがら / 麻茎の芯)・麻垢(おあか / 発酵させた麻茎の表皮から削ぎ落とした細かい繊維)」は、伝統的な手法と大森さんが独自に開発した加工技術を駆使して、現代の生活スタイルに合った美しいアート作品や日用品へと姿を変えます。

エネルギー問題や環境問題が深刻化するなかで、地球環境への負荷が大きい地下資源(ウランや石油をはじめとする化石燃料や鉱物資源)への依存を脱するための持続可能な地上資源(太陽光、太陽が育む動植物資源、使用済みの地下資源など)としても、いま大麻の有用性が国内外で注目されています。今回は、麻農家という生産者の立場から、大麻がつなぐ過去・現在・未来についてお話を伺いました。

*大麻(学名:カンナビス・サティバ・エル)の表記について
植物から採れる繊維の総称として「麻」と呼ばれる植物は数多く、大麻、亜麻(リネン)、苧麻(ラミー)など60種類を超える。日本の古い文献に見られる「麻」が大麻を意味し、敬意を込める際に「大麻」と呼んだように、本文中では農作物としての大麻を「大麻」または「麻」と表記する。

*今回のインタビューは、2022年5~10月までの間に伺ったお話をまとめたものです。


_大森さんの経歴を拝見すると、デザイン系の学校を卒業後、立体造形の仕事に就かれていますね。

もともと物をつくることがずっと好きで、小学校6年の時に近所の陶芸教室でお爺ちゃんお婆ちゃんと一緒に陶芸をはじめたのが最初ですね(笑)。造形デザインの学校に行ったんですが、平面はあんまり向いてなかったみたいで(笑)、立体になりました。在学中に就職が決まり、デザインから製作、施工まで一貫してやる特殊な造形会社で2年半お世話になりました。

_2000年にご実家の麻農家を継がれていますが、何かきっかけはありましたか?

そうですね、ありがたいくらい最先端の素材を使って、他の会社ができないような造形をする会社でしたが、素材を1回使ったら次は違う素材でとあまりにも流れが速すぎて、結局それがどんな素材なのかを理解する前にどんどん新しくなっていった時に消化不良もありました。言って良いのかどうかわからないけど、子供さんの遊具をつくって、施工のために車に載せていると気持ち悪くなったりして、「自分たちが扱ってる材料って一体何だろう?」と素材の安全性に疑問を抱くようになりました。楽しい仕事だけど自分で何をつくっているのかわからなくなっちゃったんですよね。そういうこともあって、素材を理解した上で物づくりをしたいなと思った時に、ふと、実家の麻農家が頭によぎったんです。本当にシンプルに、種まいて、できた素材から何かをつくりたいというのが就農するきっかけでしたね。

_それまで継ごうと思ったことは?

やっぱり、どこか後ろ髪をひかれるようなところはあったんです。麻というのはどういうものかというのも、小さい頃から見ていてなんとなくわかっていたし、近隣の農家もどんどん廃業して、僕が小さい頃に見てたような、「あっち見ても、こっち見ても麻畑」という当たり前の風景からは少しずつ変わって、チラホラという感じになってきてたんですね。もう二十数年前になりますけど、継ぐことは頭の片隅にあっても継いでどうなるのかというイメージはまったくできてなかった。


_現在の畑の広さはどのくらいですか?

年によっても違いますが、今年は3.5ヘクタールくらい作付けしてます。

_その広さは日本国内の大麻の栽培面積の何割くらいなのでしょう。

おおよそ半分くらいの面積になるんじゃないかな。うちも面積の上限はありますし、他の農家さんも年によって増えたり減ったりしますが、毎年半分近くは作付けしてると思います。

_収穫した麻の出荷先は?

収穫される精麻の部分だけで言ったら、7割くらいは神事用として神社さんに出荷して、1割くらいは弓道の弓弦(ゆみづる)や歌舞伎の衣装や下駄だったり、伝統工芸界にいくことが多いです。残りは小売販売と弊社で麻紙やお飾りに加工して扱っています。

_神道では、水でも塩でも祓えない穢れは大麻で祓うとされるほど、大麻は神聖な植物として扱われます。足尾山麓で栽培される大麻は、昔から良質な繊維として知られ「野州麻(やしゅうあさ)」と呼ばれていますが、野州麻の歴史を遡ると、ヤマト王権の神祇祭祀をつかさどった阿波国(あわのくに / 現徳島県)の忌部(いんべ)族が、船に乗って安房国(あわのくに / 現千葉県)に上陸し、利根川を上って下野国(しもつけのくに / 現栃木県)に辿りつき、大麻の栽培を伝えたという説がありますね。

僕がいま住んでいる場所は合併して鹿沼市になりましたが、もともとは粟野町(あわのまち)。四国の阿波をルーツとする説と、穀物の粟からきているという説があります。千葉方面から栃木に入ったところにある小山市の安房神社には、ご神体の後ろに船のオールが祀ってあるんです。お祭りでも淡路結び(あわじむすび)を数千結びつけたようなお神輿をかつぎます。史実として文献に残っているわけではないんですが、忌部族の経路を辿ってみて、事実としてそういうのを見ると、つながりはあるのかなという気もします。

というのも、麻は強い植物とは言われていても、良い繊維をとろうと思ったら栽培適地はあります。実際、いま野州麻の栽培地として現存しているのは旧粟野町が一番多く、山に囲まれているので台風がきてもそんなに被害がありません。

それと土。もともと麻は生育が良い植物なので、肥沃すぎる土地ではブクブクと太ってしまって、織物などに使うような繊細な繊維はできないんです。僕らのところでは蕎麦(そば)か麻ぐらいしか育たないんですけど、蕎麦も肥えてる土地よりは痩せてる土地のほうが収量は少ないんですが、香りも味もしっかりしたものになります。麻も痩せてるぐらいの土地のほうが肉薄で強くてさきやすい繊維がとれます。旧粟野町の位置する足尾山麓の南側というのは鉄系のミネラルが多いところで、麻はミネラルを好む植物だから適地だと感じますね。

_1948年に大麻取締法が制定された後、1954年に37,313名を数えた大麻栽培者は、2021年にはわずか27名にまで減少しています。かつて栽培されていた在来種の種は失われずに受け継がれているのでしょうか?

つくば市のジーンバンクさんという施設では、農業分野に関わる遺伝資源の保全のため、いろんな在来種の種を保管しています。そこには相当数の麻の種類があるみたいです。ただ保管はしてても、更新しているわけではないので、発芽するかどうかはわからないそうです。

麻産業というのは本当に盛んだったので、良い繊維がとれる種があると言ったら、仲買人さんや問屋さんがその産地から種を持ってきて交配させたりしていたので、在来固定種というのはもうほとんどなくて、各県の数以上に品種があるんです。

栃木にこれだけ麻の栽培が残れた要因は、県も力を入れてTHC(テトラヒドロカンナビノール。精神的作用を伴い、様々な薬効をもたらすとされる大麻草特有の成分のひとつ。現在の日本においては規制対象となる)がほとんど含まれない品種を真っ先につくったからなんです。

1974年から「白木」という品種に在来種をかけあわせて、THCは低いけど繊維があまりきれいじゃないとか、繊維はきれいだけど根っこが強すぎて引っ張って収穫できないとか、県と農家ですったもんだしながら1982年にやっとできたのが「とちぎしろ」という品種です。それまでは、いたずら半分の盗難もあったので、昼間は栽培や収穫をしながら夜は自警活動で畑を見て回ったり、関所を設けてた時期もありましたね(笑)。THCが含まれない品種というので管理がしやすくなりました。

_2019年に発表されたWHO(世界保健機関)の勧告で大麻から製造された医薬品の有用性が国際的に認められましたが、近年、日本でも諸外国の動向を踏まえて厚生労働省の大麻規制の見直しや国会議員の勉強会が開かれたりと大麻をめぐる動きが活発化しています。こういう世情の変化ついてどのようにご覧になっていますか?

医療用についてはそこまで詳しくないですが、神事で使われたり、縦状の神供(じんく)繊維をとったり、世界的に見ても日本は麻に対する捉え方が独特だと思うんです。だからこそ歯がゆくなるくらい世界からは遅れているかもしれないけど、僕はしょうがないのかなという気もしています。神事の世界も、伝統工芸の世界も、ゼロではどうにもならない。麻がなくてはならないものって結構あるので、僕はどちらも立てながら日本人の心みたいなものを守っていきたいと思いますね。

_麻という植物から学ぶことはありますか?

お米はお米、麻は麻、それぞれの植物から学ぶことはあると思いますが、僕は本当に麻だけなので麻のことしか言えないですけど、麻は本当に素直。すんなり受け入れられる植物だなと思います。

いまみたいに物がない縄文時代に、麻はより早く成長して、食べ物にもなり、お魚を釣るための糸や服もつくれた。人間が命をつなぎ、明日を生きるために、麻を神聖に思うのは自然なことです。それぐらい麻という植物はいろんなことができる。だから、いま僕たちが「いったい何屋さんなの?」って聞かれるくらい、いろいろと加工できちゃうんですよね(笑)。コロナ禍になって少しのあいだ輸送が止まっただけで、木の値段なんて3倍になる。日本では昔から麻を使っています。これからを考えたら、島国の日本にこれほど合っている植物はないんじゃないかって思います。いまの技術を使えばバイオプラスチックにもなるし、建材にも紙にもなります。二十数年育てた木材を紙にするよりは、110日でとれるパルプのほうがよっぽど良い。まぁ、ペーパー時代じゃなくなってしまうかもしれないですけど(笑)。神事や伝統工芸という大切な部分もありますが、普通の日常生活でも、これから先、もっともっと身近になってもらいたいと思いますね。メディアで悪いことばかりとりあげられて目立っていたのが、ここ最近は少しずつイメージが変わってきているのはうれしいですね。

_麻の栽培農家になりたいという若い人は増えているのでしょうか?

問い合わせは結構多いですね。大体の人は本を読んで来るので、「農薬もいらない、肥料もいらない、どこでも育つ」と思って来るんですけど、そういうものでもなくて(笑)。素直だからこそ逆に栽培や発酵など見えないところの難しさもあって、そのギャップで悩む子はいます。ただ、手間をかけてあげればあげる分だけ応えてくれる植物だと思います。

_研修生は何人いますか?

農業部門だと3名です。いまは研修制度自体が禁止なので社員というかたちになっています。

_農業人口の高齢化や担い手不足の問題解決は、食料やエネルギー、金属鉱物の多くを輸入に依存する日本の資源安全保障にとって重要な課題だと感じますが、免許制度の縛りがある麻農家に限っては繁忙期の人手不足、新規参入や後継者の育成がとても難しい状況にあると聞きます。

そうですね。雇えるとしても栃木に住所がなきゃいけない。そうすると短期間で外から人を呼ぶことなんてできません。だから夫婦のうちどっちかが足を悪くしたら「来年は栽培をやめよう」とすぐになってしまいます。高齢化とともに労働力不足で毎年減ってますね。本当にもうちょっと国のガイドラインでやってくれたら良いなと思います。

_繁忙期と閑散期がある小規模農家にとって年間雇用はハードルが高いのではと想像しますが、近隣の麻農家同士で協力し合えるような労働力の循環はありますか?

一応、作業補助者という登録もあるので、お互いの農家が登録し合っていればできなくもないんですけど、なかなかその辺が難しいんですね……。やっぱり収穫となったら、うちも収穫で目いっぱいになるので、なかなか他の畑に手が回らしてあげられない。

_2022年9月に厚生労働省が医療用大麻の解禁や大麻栽培者への過剰な栽培管理規制の見直しなど法改正に向けた方向性を公表しました。伝統的な麻文化の継承に向けて国全体が動きだし、ここからという感じでしょうか。

本当にここからだと思います。麻農家も減りますが、麻を加工してくれる業者さんや職人さんもどんどん廃業しています。以前、麻に精通している大麻博物館(栃木県那須町)の方が、「栃木で最後の製綱(せいこう)屋さんの機械、技術、全部受け継いでもらえたらありがたいな」と、僕のところに話をくれたんですが、あまりにも規模が大きすぎて全然手が出なかった。その後、お祭り用の綱や大凧用の綱を製綱屋さんに頼んでいたお客さんから何人も問合せがきた時、「もうちょっと無理してでもどうにかしておけば良かった……」と本当に後悔しました。その工場では完全に機械と人間が一体になるような加工をしていたので、機械が動いていれば勝手にできるものでもなく、勘みたいな人の手の感触があって成り立つような技術でした。

そうこうしている内に、花火用の炭(古くから日本では打ち上げ花火や線香花火の火薬として麻殻の炭を用いてきた)を焼く最後の炭焼き屋さんが高齢で辞めることになり、継ぐ人もいないという話がきたんですよね。これはもう何とかせんといかん!!!(笑)。敷地も更地に戻して廃業するという話だったので、「更地にするのも全部手伝うので、機械から焼き方から教えてください!」と言って、半年がかりで解体まで手伝いました(笑)。

加工を残しておければ、麻農家が増えたとしても仕事が残るじゃないですか。加工がなければ、その先も消える。日本の花火炭がなくなれば、「輸入でいいじゃん」となって、戻すのが難しいんですよね。かろうじて花火炭は継承できましたが、だいぶ生産量が減っていたところを継承したもんだから、「以前は使ってたけどね」みたいな花火屋さんがいっぱいいるんです。それを戻してくださいと1箇所1箇所足を運んだとしても、輸入の炭に替わっているのが現状です。麻の栽培を続けていることを発信しつづけて、コンタクトできる窓口があれば、代が替わって試してみたいと電話をくれる人もいるので、少しずつでもつながっていけたら良いなと思いますね。本当にもうちょっと栽培者が増えてくれれば……。

_栽培者が増えるとどうなりますか?

神事用だけでも供給量が少なすぎるので、圧倒的に物がないんです。日本には2万社の神社があると言われてますが、多分98%くらいの神社では国産の麻の代わりに輸入品かビニールが使われています(鈴の緒、おおぬさなどの祓い具には、古来、大麻繊維が用いられてきた)。結局、栽培者が減ると流通業者も減ってしまうので、余計行き渡りません。多分、宮司さんでも国内で麻を栽培しているのを認知してる人は少ないですし、中国産に「本州麻」とラベルを付けて売られているので国産だと思って使ってる人もいます。

_国産と輸入品では麻の質は違いますか?

はい、全然違います。中国では産業的に麻をつくっているので、服地などのクオリティは高いです。逆に中国では縦型の精麻は栽培が減ってきています。精麻よりは服地に転用していったほうが効率が良いみたいですね。

_国産の大麻でも服地をつくることはできますか?

国産はすごく難しいと思います。一番ネックになるのが、紡績工場のラインに乗せる時のロットです。何トンという量なので、うちの麻を全部出すくらいになっちゃうんですよね(笑)。だからもっと仲間が増えると、そういうのも可能になってくるんです。

_縄文時代の遺跡からは大麻の縄が、弥生時代の遺跡からは大麻の布や織り機が出土していますが、古くから大麻は庶民や武士の衣服にも活用されてきました。生産者が増えてくれば、国産麻の服が着られる日も夢じゃないですね。

そうですね、いまは手織りしかないのでなかなか手にすることはできないですけど、本当にいつかは国産の麻でもっと身近なものがつくれたら良いなと思っています。最近、大阪にある大手の服地屋さんと一緒にいろいろ試験してみたら、消臭性と抗菌性を実証するデータが出たんです。世界的には一応そういうことが言われていたんですけど、実は日本の麻でちゃんと調べたことはなくて、そういう性質があるんだ!という感じでびっくりです(笑)。

日本においては必要な資源ですし、いろんな日本の問題を解決してくれる優秀な植物だと思いますね。やっぱり栽培しているから感じられる可能性というのが沢山あります。麻の繊維と言っても精麻のように薄くてしなやかな繊維もあれば、麻殻のようにゴツい繊維もある。きれいな繊維が2割しかとれない年もあるので、その他の繊維を生かしてあげないと成り立たない職業です。昔だったらロープや下駄の鼻緒だったり見えない部分に使う利用用途がありましたが、いまはほとんどなくなりました。きれいな繊維が100%とれれば良いですけど、そんなことは絶対にありえなくて、予想がつかないんですよね。天候や台風の進路なんて読めないじゃないですか。台風で麻が倒れたらそれを何かにしようとか、日々の逆境のなかから自然にいろんなものが生まれてきちゃう感じですね(笑)。素材が近くにあるというのは試行錯誤がしやすいのでありがたいですよね。

_大森さんは現代に合った大麻繊維の活用方法を研究され、麻紙職人としてインテリアやランプシェードなど美しい日用品もつくられていますが、新たに開発が進んでいるものなどありますか?

いまはヘンプクリート(麻の繊維と石灰と水を混合したもの)とか建材系で試行錯誤しています。日本で試したいという人はいっぱいいるんですが、輸入の材料は輸送コストもあるし、麻自体がトレンド過ぎてものすごく高いんです。超高級石灰パウダーを輸入しなくても、安価に身近にある石灰と麻で再現できるかどうか皆でつくってみようと、うちの工房でヘンプクリートのワークショップイベントもやっています。

  • ヘンプクリート ー

    大量生産・大量消費・大量廃棄という持続不可能な地下資源の浪費を抑え、
    この国の自然生態系を守るためにもヘンプクリートは大きな希望。

_麻を入れる効果とは?

単純なところで麻は成長が早いので、生育途中に二酸化炭素を吸収し、炭素を保持して酸素を放出します。ヘンプクリート壁1立方メートルをつくると、数十年にわたって最大165キログラムの炭素を固定化できます。加えてヘンプクリートには強度もあるので、太い木材を使わなくても、麻のチップと石灰を使ってそれと同じくらいの強度を出す構造体ができます。また、表皮繊維と麻殻の両方を使うんですが、麻殻自体が多孔質なので空気をいっぱい含んでいるんです。ということは断熱性もすごくあるので、断熱材を使わなくて済みますし、びっくりするくらい軽いです。

_コンクリートとヘンプクリートを比べた時、石灰の使用量はどれぐらい変わりますか?

実験段階なので正確な比率は出せませんが、かなり少なくて済みます。

_戦後復興期や高度経済成長期を支えてきた日本各地の石灰山は、長年の採掘で山肌がむき出しになり、痛々しいほどに山容が様変わりしています。これまでの大量生産・大量消費・大量廃棄という持続不可能な地下資源の浪費を抑え、この国の自然生態系を守るためにもヘンプクリートは大きな希望だと感じます。

世界的に見てCBD(カンナビジオール。100種類以上あると言われる大麻草特有の成分のひとつ。日本では健康補助食品として流通している)などの流行りがありますが、その傍ら、それだけ絞りとったらあとは捨てられることが結構あるんです。石灰も限られた資源だし、こういう島国の日本だからこそ余すところなく使うべきじゃないのかなと思います。

神事や伝統文化に使える繊維というのは一部なので、それ以外の部分はより身近に使えるものに加工することで、今後、麻農家をはじめられる方も成り立っていける。じゃないと本当に意味ないですし、僕だけじゃなくスタッフも含めて、より身近に感じてもらえる物づくりを目標にやっています。心折れそうになるぐらい失敗することもありますし(笑)、楽しいばっかりじゃないんですけど、この仕事をずっと続けることができて、本当にありがたいことだなと思いますね。

_野州麻紙工房さんでは麻はぎ・麻ひき体験(発酵させた麻茎の表皮をはぎ、はいだ表皮から不純物を取り除いて精麻をつくる)や、より紐づくりなど様々な体験教室も開かれていますね。

麻というのは言葉では何とでも言えるんですが、一番早いのはやっぱり手で触ってもらうこと。本当に手からでもすぐに感じられるぐらいすばらしい繊維だと思うんですよね。そうでなければ、こんなに長い年月残ってないですしね。何なのかわからない……不思議ですけど。遠くから来てくださる方にも麻に触れてもらえる場をつくりたいし、何かを感じていただければ僕も本当にありがたいです。

_ブッククラブ回でもぜひワークショップをお願いできますか?

行きます!

_ありがとうございます! 日本の大地で育った大麻に触れることができる貴重な機会、ワークショップも楽しみにしております!



【プロフィール】

大森芳紀 OMORI YOSHINORI

栃木県鹿沼市(旧粟野町)生まれ。作新学院美術デザイン科卒業。株式会社蔵本環境美術入社。2000年、実家の大麻農家に就農。麻を使った紙をつくるため農閑期に麻紙漉きの修業に出る。熊本、浮浪雲工房金刺潤平氏に師事。2001年末、野州麻紙工房を開き、創作活動を始める。2006年、麻の「Cafeギャラリー納屋」をオープン。2014年、野州麻炭製炭所を設立。2021年、株式会社ジャパン・ヘンプ・クリエーションを設立。

野州麻紙工房・野州麻炭製炭所/Cafeギャラリー納屋

〒328-0212 栃木県鹿沼市下永野600-1
TEL 0289-84-8511
営業時間 9:00~16:00(来店の際にはWEBサイトの問合せフォームから要予約)

400年以上続く麻農家の8代目が運営する工房&ショップ。希少な国産の大麻(おおあさ)を種から栽培し、収穫、湯掛け、麻引き、精麻干しまで一貫管理する。大麻から取り出した3種類の繊維(精麻・麻殻・麻垢)は、お麻もり(おまもり)やお飾り、麻紙や麻炭など多彩な日用品に加工して販売している。麻はぎ・麻ひき体験、麻紙漉きや麻草履(ぞうり)づくりなど体験教室も楽しめる。体験教室は7日前までに要予約(WEBサイトの問い合わせフォームから予約可能、7~8月は収穫のためお休み)。

※現在、鹿沼市内の麻畑の無断撮影は禁止されています。麻文化を守るため、訪問される際はご注意ください。



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