FEATURE #05

陰陽に学ぶ 男と女

有ると無いとは相手があってこそ生まれ、
難しいと易しいとは相手があってこそ成りたち、
長いと短いとは相手があってこそ形となり、
高いと低いとは相手があってこそ現われ、
音階と旋律とは相手があってこそ調和し、
前と後とは相手があってこそ並びあう。

– 蜂屋邦夫 訳 - 『老子』

世界の各地に伝わる神話には、もともと人間が一つのものであったのだが、神によって男と女に分けられた̶̶というものがあるが、このような伝説には多くの真実が含まれている。実際、一人の人間の中には男性的な部分と女性的な部分がある。男性にも母性的感情はあり、女性にも父性的感情はある。肉体的にも、男性の会陰部は女性器の変形したものであると言い、女性のクリトリスは男性器の変形したものとしてそのなごりをとどめていると言われる。自分の中にある男性的な部分と女性的な部分を認め、それを融合させていくことは人間のもつ内的衝動であり、それを通して人間形成がなされていく。男性と女性がひかれ合うというのは男女合体して、完全な一体の人間になりたいという太古の記憶に基づいた人間の根本的な衝動なのかもしれない。男女両性を平等に認めることは自分の中の男性性と女性性を認め、その違いを違いのまま両方とも楽しむことだ。こう書くと中性的な人間になってゆくようなイメージがあるかもしれないが、自分の中の異性を育てることで、逆に本質の性自身は豊かに深まってゆく。母系社会が中心だった古代から、男性的な社会として発展をとげてきた現代。あらゆる事が変化を遂げようとしている今このときに、改めて女性的なエネルギーを学ぶ必要が生まれてきているのだろう。それができれば、本当の意味で男と女を平等に見ることができる。

男性と女性は現われ方が違うというだけの同じ一つのものだ。東洋の陰陽思想では早くからこのことは言われてきた。陰は月であり、大地であり、そして女性。陽は太陽であり、空であり、そして男性。宇宙は陰と陽とで構成されており、そこに優劣意識の入りこむ余地はない。宇宙のあり方はそのまま人間という小宇宙のあり方と一致する。私たちは誰しも、初めは一個の生殖細胞だった。性エネルギーが形を得たもの、と言っても良いだろう。性エネルギーは人間形成の中心になる存在だ。それをどうして無視することができるだろうか。性の問題は人間の根源的な問題であるにもかかわらず、教育の上でも異端視されてきた。性や性愛についての説明は、あくまでも説明であって、言葉や概念で理解しきれるものではない。実際的な体験を通して、それぞれの人が自分の心で、自分の体で少しずつ理解を深めていく他ないのだ。

近年、性の抑圧からの解放をめざして性革命が進み、数々の性のタブーを破ってきたが、それはまた新しい種類の混乱を招いてしまったようだ。性的な混乱から解き放たれるためには、まず一人ひとりが、性について自分に問い直してみる必要がある。現在、手に入れられる性情報の多くは、いたずらに性欲を刺激するだけのファンタジーか技巧的な面に偏ったものであり、それによってさらに性への理解は遠のき、さらなる混乱を招く恐れがある。問題は、性をどう理解し、どう生活の中に取り入れ、自分の性をどう育てていくか、ということである。性は人間にとって、すばらしく創造的なものにもなり、破壊的なものに姿を変えることもある。

肉体感覚に乏しいと言われる現代人は、精神と肉体に分裂傾向が見られることが少なくない。それは動物的な段階から、人間として、より高等なものへと進化していく過程の中で、文明の発達と共に生じた誤解から生まれてきた。私たちには肉体や本能は動物的な低次なものとして軽視し、精神、大脳的な理性や感情は高次なものとして尊重するという悪いクセがある。そして肉体や本能は置き去りにされていく。それは体においては、上半身と下半身とに表現される。生殖器や肛門のある下半身は、脳や心臓のある上半身よりも低く見られる傾向が強いという。そして性の問題は下半身のこととして考えられる。それが愛と性の分裂にもなる。プラトニック・ラブとセックスが別のものであるはずがない。双方は究極的には統合されてしまうものだ。肉体と精神は共に育てなければならない。

フロイトから現在に至る心理学者、精神治療家たち、東洋的身体研究家、身体を通しての治療家たちは、人間の精神、身体的ゆがみは、広い範囲で見れば、少なからず性の問題を含んでいることを示唆している。性を健全に営む能力を理解し、人間の知性̶̶人間の持つ、愛情、肉体的力、知識、感情、集中力、分散力などの人間的力――を通して性が育っていけば、人間はどんどん自由になっていき、ゆがんだままでいれば、放蕩へと進んでいく。人間が自由になってくると、内在する自然の規律法則を知るようになる。それは外から加えられる圧力としての抑制ではない。自由と放蕩の意味の違いを知るようになることである。

性を自己中心的にだけ育ててしまっていると、人間という同質性と、男性と女性という異質性をうまく理解できないものだ。性愛は同質性と異質性が同時にある状態だといえるだろう。今、私たちは異性を一方的に理解するという見方を手放し、男と女、その両性のあり方を理解しようという方向へ歩みを進める所へ来ている。自分の内に流れる陰陽のバランスをとり、豊かに愛を育てあげていきたいものだ。


内なる異性
アニムスとアニマ
エンマ・ユング(著)
出版社 / 海鳴社
税込価格 : 1,296円

人の心には内なる男性と女性であるアニムスとアニマが潜んでいるという画期的な発見を提唱した本。男性と女性は明らかに違う存在と分けて考える視点から、心の内に異性が存在するという視点に転換する。自分の中の異性を理解し、育てることで人間としての成熟が始まり、より統合された存在となる。

愛のヨガ
ルドルフ・フォン・アーバン(著)
出版社 / 野草社
税込価格 : 2,160円 

聖なるものであり、かつ徹底して俗でもある。肉体的な行為であり、精神的交流でもある。とまるで量子力学において素粒子が波であっても粒であるということと同じように、相反する要素を合わせもつセックスという行為。エネルギーの交流にも言及しながら「内なる異性」をはずした純粋女性と純粋男性としてのセックスを提唱する。

ヴァギナ
ナオミ・ウルフ(著)
出版社 / 青土社
税込価格 : 3,456円

「ヴァギナ」とは何か? アメリカを代表するフェミニストが、自身の患った骨盤神経の損傷をきっかけに禁断の謎に迫る。歴史、文化、社会、科学、宗教、はたまたタントラまで、女性のセクシャリティを多面的にとらえたアプローチが光る衝撃のルポルタージュ。

murmur magazine no.17
服部みれい(著)
出版社 / エムエム・ブックス
税込価格 : 540円 

「大特集 セックス ほんとうのはなし」。性について、セックスについて知りたい、だけど怖い、恥ずかしい。 対談やインタビューを通して、とても大切なことなのについ見ないふりをしてしまう「セックス」について、楽しく分かりやすく読み解く。

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