2025年3月 満月のたより
いのちの目覚め
少しずつ暖かくなってきたこの頃。
3月の満月は、ワームムーン(芋虫月)とも呼ばれ、
この時期に虫や動物たちが冬眠から目覚め、地上へ現れ始めることに由来しています。
長く閉ざされた冬を越えた虫たちが、春になり目覚める姿は、
人間の内側の目覚めや変化、変容する姿にも重なります。
今号では、春の訪れに、内側の目覚めや気づきを促し、
背中をそっと押してくれる本をご紹介します。
もとの私は回復不能だが、新しい生命が体のあちこちで生まれつつあるのを私は楽しんでいる。
昔の私の半身の神経支配が死んで、新しい人が生まれる。そう思って生きよう。そうすると萎えた足が、必死に体重を支えようと頑張っているのが、いとおしいものに思えてくる。
この間(二〇〇三年)、私の新作能『一石仙人』が上演された。車椅子で能楽堂に何度も出かけ、言葉で指示することはできないが、舞台稽古まで見届けられたのは、なんという幸運なことであろう。曲がりなりにも命ながらえて、生命の生まれる兆しを目撃する感動を、知る喜びをかみしめたい。
– 多田富雄 - 『多田富雄 からだの声をきく』より
[Science / 生命・生物]
STANDARD BOOKS
多田富雄 からだの声をきく
多田富雄 / 平凡社
1540円(税込)
免疫学の先駆者として日々研究を続ける一方で、高校時代から能に親しみ、面や新作能の作者としても活動した著者。病に倒れた後も苦しみを包み隠さず描写しながら、障害を負った自身を「新しい人」と捉え、書き続けることが歩き続けることだと記した。科学や能に止まらず、自然や仏教など、さまざまな枠組みを自由に行き来する執筆を続けた多田富雄入門として、また、折に触れて手に取り、著者の思考に触れるのにも最適な随筆集。
[Art / 文学・詩]
早坂香須子 絵、服部みれい 詩とことば / 河出書房新社
1870 円(税込)
絵と詩を担当した作者はそれぞれ、メイクアップアーティストと文筆家という肩書で表されることが多いが、ふたりの実際の活動は多岐におよび、一つの言葉で表し切れるものではないだろう。これまでの経験、今の生き方、そこにある感情が、それぞれ絵と詩で描かれることで、明るい力に満ちた世界を作り上げ、新しい表現に誰もが向かえるという、解き放たれた自由さを感じさせる。
[Society / 環境・エコロジー]
希望を蒔く人
アグロエコロジーへの誘い
ピエール・ラビ / コモンズ
2530円(税込)
アグロエコロジーとは、化石燃料に依存した農業に対するオルタナティブな取り組み。生態系を守る社会運動、哲学としても注目を集め、その先駆者であり、己の信じるところの実践に人生を捧げたピエール・ラビのもとには、さまざまな社会層の人びとが足を運んだ。簡潔かつ詩的に語られる彼の人生哲学。
[Society / 環境・エコロジー]
たね
ギータ・ヴォルフ 文、トゥシャール・ワイエダ、マユール・ワイエダ 絵 /タムラ堂
4400円(税込)
「たね」と聞いて想像するものは何だろう? 生命の始まり? それとも? そして、その小さな中にギュッと詰まったものは何だろう? 『夜の木』のタラブックス(ターラー・ブックス)が送り出してくれた美しい本書は、ポップアップ形式を取り入れ手漉き紙を使い、手刷りのシルクスクリーン印刷で「たね」の一生をたどっていく。遠い国の誰かの手によって丁寧に刷られ作られたページに触れた手が、大切なものをバトンのように受け取るそれは、まるで遠い場所へと旅立って根を張るたねのサイクルにリンクしているようだ。
[Life / 人生・生き方]
いのちの秘義
レイチェル・カーソン『センス・オブ・ワンダー』の教え
若松英輔 / 亜紀書房
1650円(税込)
早くから環境問題に取り組み、現代文明に警鐘を鳴らしてきたレイチェル・カーソン。身近な自然が感性に与えるよろこびについて、甥へのメッセージとして紡いだ代表作『センス・オブ・ワンダー』を、批評家の若松英輔が読み解く。「センス・オブ・ワンダー」という、出会う事象への畏敬、その神秘や不思議に目を見張る感性は、カーソン曰く、大人の倦怠と幻滅の中にあっても生きる力を呼び覚ますという。よろこびから今を生き抜くための、カーソンと著者による言葉の重奏。
[Wisdom / 仏教]
法頂 (ポプチョン) / めるくまーる
2090円(税込)
「清く香しく」とは、著者である禅僧、法頂和尚が立ち上げた市民運動の名前であり、本書はそれをタイトルに冠した随筆集だ。身の回りの草花と自身を「私たち」と表現し、石に根付いた苔と約束を交わし、毎冬を共に送る。ただ一人、自然と共に送る静かな生活から投げかけられる言葉は、日々当たり前のように暮らす現代社会の過剰さに目を向けさせる。仏教のみならず、さまざまな哲学、思想、宗教を引きながら、意味のある人生について問いかける。
[Wisdom /仏教]
中村公隆 / 春秋社
1760円(税込)
托鉢で糧を得ながら巡る遍路を経た後、荒れ果てた鏑射寺に入山し現在の姿へと再興した、真言宗の僧侶、中村公隆。全ては繋がっており、一つひとつを分けて捉えることはできないという宇宙観において、一日一日をどのような心持ちで過ごしていくべきか。人々との何気無い日常のやり取りにも、全ての人に仏性があるという真言宗の教えが満ちた、高野山傳灯大阿闍梨による随筆集。
[Wisdom / 仏教]
法輪 (ポンニュン) / 地湧社
1980 円(税込)
ラモーン・マグサイサイ賞を受賞した韓国曹渓宗のほがらかな僧が、人びとの日常の悩みに、仏教の本質から答えを返す「即問即説法話」をまとめた本書。悩み、苦しみの原因は外側にあるのではなく、“わたし”というものが万病の原因であり、自分を中心に見る“我想”を捨て、目覚めた生き方を優しさとユーモアを交えて説く。