2026年5月 満月のたより
書棚から映像へ 映像から書棚へ
映像と文章は対になる関係のように見えて、実のところ隣りあって互いに影響を与え、私たちの生活や世界に存在するレイヤーを垣間見させてくれる。ビジュアルと音による映像体験のインパクトと、一文字ずつ進む読書という経験は、ふたつがあることで思考と感覚にバランスをもたらしてくれるようだ。作り手に伝えたい何かがある時、その形を問わず、生きていくことの何かに触れることができるのだろう。
映像作品にインスピレーションを与えたもの、映像作家の言葉、映像から見える社会など、映像と文章を行き来する書籍をブッククラブ回の書棚から紹介する。
ほとんどの人の人生は謎だらけなんだけれど、最近ではすべてがものすごい勢いで動くし、すわって白昼夢にふけってその謎に気がつくだけの余裕がない。夜空に星が見える場所はこの世でどんどん減っているし、いまや星を見たいときはロサンゼルスからずっと外に出て、干上がった湖の底にまで行かないとダメだ。あるときそこに出かけてコマーシャルを撮影していたんだが、朝二時に照明を切って砂漠の床に横たわり、じっと見上げた。何兆もの星。何兆。すっごい強力だ。そしてそういう星を見ていないから、この世のすべてがいかに壮大かを忘れてるんだ。
― デイヴィッド・リンチ&クリスティン・マッケナ ― 『夢みる部屋』より
[Art / 文学・詩]
アレン・ギンズバーグ / スイッチ・パブリッシング
1650円(税込)
1940年代終盤から50年代半ばに人気を集めたビート・ジェネレーションの作家たち。後の世代に彼らが与えた影響は大きく、ギンズバーグの学生時代を描いた映画『キル・ユア・ダーリン』、ジャック・ケルアック原作『オン・ザ・ロード』、ウィリアム・S・バロウズ原作『クィア』など、彼らに関する映像作品が今も作られ続けている。本書はこの世代を代表する詩人アレン・ギンズバーグの代表作、『吠える その他の詩』の柴田元幸による新訳版。現在でもその人物像が創造力を刺激するギンズバーグの作品に触れてみたい。
[Art / 文学・詩]
ジャン・コクトー / 新潮社
539円(税込)
詩人、画家として知られるジャン・コクトーは、脚本家、監督として映画製作も行っている。『美女と野獣』は今やディズニー映画を代表する作品となり、アニメだけでなく実写化もされたが、実は最初の映像作品は、コクトーが監督した1946年のモノクロ実写映画だ。凝った衣装をまとった登場人物たちが、コクトーが手掛けた脚本のセリフを語る映画とは異なり、本書に収められた詩の数々は短くシンプルであるだけに、コクトーの最も飾らない表現のように思えてくる。
[Art / アーティスト]
デイヴィッド・リンチ&クリスティン・マッケナ / フィルムアート社
4950円(税込)
『大きな魚をつかまえよう リンチ流アート・ライフ∞瞑想レッスン』で瞑想家としての一面にも注目を集める、カルト映像作家デイヴィッド・リンチの自伝であり伝記。章の前半、伝記部分は著名なインタビュアーであるクリスティン・マッケナが担当し、日時や出来事、リンチの周囲の人々の話を客観的にまとめ、後半部分をリンチが自らの主観で描くという、リンチらしいとも言える独特な構成でその人生が綴られていく。冒頭で「表面をひっかいたにすぎない」と記しながらかなりのボリュームがあり、章を追うごとにリンチの作品群を見返したくなる。巻末には詳細なフィルモグラフィー、開催した展覧会情報なども収められた、ファン必携の一冊。
[Society / 社会]
増補改訂版 懐かしい未来
ラダックから学ぶ
ヘレナ・ノーバーグ=ホッジ / 山と溪谷社
1100円(税込)
インド北部、小チベットと称されるヒマラヤの秘境「ラダック」に押し寄せる、グローバリゼーションの波。「近代化」という名の破壊行為が、先祖から受け継がれてきた自然と調和した暮らしをおびやかす。1975年からラダックを見つめつづけてきたドキュメンタリー映画『幸せの経済学』の監督が、人と人、人と自然とのつながりを取り戻すことのできるローカリゼーションにこそ、持続可能な未来の可能性があることを説く名著。
[Society / 戦争・紛争]
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ / 岩波書店
1540円(税込)
第二次世界大戦でソ連は戦勝国となり、その後スターリン政権下で輝かしい戦果が語られるようになった。しかしそこで生きた女性たちの実体験は、果たしてどんなものだったのだろうか。戦時中は従軍しながら、戦後はその経験を語らずに生きる女性たちから著者は聞き取りを行い、男たちによって語られた、いわゆる英雄譚とはかけ離れた現実を明らかにする。本書に収められた女性たちの戦争体験をベースに制作された映画『戦争と女の顔』は、数々の国際映画祭で高い評価を受けている。聞き取りとそれをベースにした創作、書籍と映像という、それぞれのアプローチで戦争の核心に迫る。
[Society / 社会]
ドキュメンタリーで知るせかい
宇多丸、伴野智 / リトルモア
3080円(税込)
アジアの作品を中心に優れたドキュメンタリー作品を紹介する配信サービス、アジアンドキュメンタリーズ。その代表である伴野氏と、自らの番組で早くからその存在を紹介してきた宇多丸氏が、ドキュメンタリー映画の持つ力と楽しさを伝える。ニュースからはこぼれ落ちがちな、そこで実際に生きる人々の生活や感情を描き出すドキュメンタリー作品は、遠い世界のどこかで起きたと感じがちな出来事と、自分との間の距離を近づけてくれる。現在無料公開されている『ガザ 自由への闘い』を含め、解決の糸口が全く掴めないパレスチナとイスラエルの関係に最終章が割かれており、まさに今見るべき作品群を紹介する、ドキュメンタリーの入門書。
[Society / 社会]
お嬢さんと嘘と男たちのデス・ロード
ジェンダー・フェミニズム批評入門
北村紗衣 / 文藝春秋
1760円(税込)
『セックスと嘘とビデオテープ』に、『お嬢さん』と『男たちの挽歌』、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』をミックスしたタイトルからうかがえるように、映画をはじめ、文学作品とその登場人物、それを演じる俳優たちやエンターテインメントの世界を、著者が専門とするフェミニズム批評、クィア批評の視線から分析した文章が集められた一冊。映画や文芸をただ楽しむのも文字通り楽しいものだが、そこにもうひとつの別の見方を加えた時に見えてくる異なる物語の横糸を知ると、すでに見たことのある作品も、もう一度見返したくなってくる。
[Society / 社会)]
働かない
「怠けもの」と呼ばれた人たち 新装版
トム・ルッツ / 青土社
4620円(税込)
なぜ、多くの人が働かない人に対して怒りに似た感情を持つのか? 本書は、ボヘミアン、ビートニク、スラッカーなど、18世紀から現在までさまざまなタイプの「働かない人」をユニークに解説し、数々の文学、映画作品、社会学、心理学のデータを駆使して綴る労働文化史だ。働かない息子に対する苛立ちから始まった本書の執筆だが、その息子との共同執筆で脚本を仕上げるなど、脚本家としての顔を持つ著者が取り上げる映画の中の怠けものたちに、つい自分の生活態度を見直してしまうかもしれない。
[Art / アート・芸術]
陣野俊史 / アプレミディ
2970円(税込)
著者は「バンリュー」というフランス語が日本語の「郊外」とは意味が微妙にずれるとし、そこに立ち並ぶ家賃の安い団地を取り巻く物語、「バンリュー・シネマ」とは何かを知るところから論をスタートする。貧困と差別、教育の不在を描いた1995年公開、バンリュー・シネマの代表的作品『憎しみ』を軸に、それ以前と以降の作品群を取り上げる。著者の得意とするトピックである、ラップと団地との間にある切り離すことのできない状況などを織り交ぜ、現在まで解決されずに残る社会的問題を読み取っていく。












