「はてな?のこころ」は、1995年の『NewsLetter』に掲載された池田晶子さんによるエッセイです。
予めご理解のうえお楽しみください。
ARCHIVE #29
はてな? のこころ 1995
池田晶子

「運命」
ごく最近までサイババという人を知らなかった。書店に行くと、先だって出た私の本の近いところに、いつもたくさん積んであるので私は知った。若い科学者が書いている。何十万部と出ていると聞いた。へえ、そんなに売れているの、私も買って読んでみた。
面白かったけど、面白くなかった。納得するけど、納得しなかった。というのはつまり、神秘主義的な考え方は、上がりではなく振り出しであるという、まるであべこべの考え方を私はしているので、もろ手を挙げてサイババ万歳というふうな気持ちには、どうしてもならないのである。
とは言え、これはたぶん体質の問題なのだ、是非の問題ではない。ところで私は今後、自分の体質や気分がどう変わるかということについて、確言できるとは思っていない。これは体質の問題ではない、論理の問題である。
その若い科学者は、きっととても真面目で優しい人だ。こういう本を公刊するについての迷いと使命感との相克は、今でも続いているだろう。でもそれは心配に及ばない、時代は次第にそちらの方へといやでもシフトしてゆくのだし、また彼自身もそのことを確信していたからこその公刊だったはずだ。何もかもそれでよいといえばよいのである、深くそんな気がする。
第2巻、アガスティアの葉っぱ探しが圧巻だった。全ては最初から決まっている、この感覚は実は私にもたまに訪れる。深酒をして宇宙すなわち存在について考え詰めているときなど、「在る」というそこには全てが在る、決まっている、決まっていた、それが「在る」ということだ、動かせない、という感覚に浸り込むことがある。しかしそれは「運命」ではない。それは「運命」というのとは違うのだ。
ここはひとつ冷静に考えてみて下さい。その人が葉っぱを読みに来ることは決まっていたと葉っぱに書かれているのを読みに来たその人が読む。とはつまり、読みに来ない限り、読みに来ると書かれているかいないかは知り得ないわけだ。来れば、ほら来たと書いてある。すなわち! そのとき君のすることは、そのとき君のすることであろうというこの形式を、果たして「予言」と言うべきか否か。実は、これこそが、「存在」、「在る」ということのトリックなのだ。
運命とは意思のことである。何を言ったことにもなってない。しかし、サイババにだってそれはわからないのである。
池田晶子 / 文筆家
1960年ー2007年 文筆家。東京生まれ。
慶應義塾大学 文学部哲学科卒業。著書に『帰ってきたソクラテス』『オン! 埴谷雄高との形而上対話』『悪妻に訊け』『さよならソクラテス』『メタフィジカル・パンチ』『14歳からの哲学』『事象そのものへ!』『メタフィジカ!』など他多数。
池田晶子さんの業績を記念した、新しい言葉の担い手に向けて、創設された
「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」 。
https://www.nobody.or.jp
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