『Interview Archive』は、
過去の『Newsletter』に掲載されたインタビューです。
今回のインタビューは、1993年に行われたものです。
予めご理解のうえお楽しみください。

INTERVIEW ARCHIVE #48

今世という舞台を生きる

美輪明宏

その個性と存在感で他の人の追随を許さない美輪明宏さん。身をもって世の固定観念を打ち破り続けてきた美輪さんの言葉には、その言葉を実際に生きてきた人にしか持てない響きがあります。今回出版された『紫の履歴書』(水書房)は、これで4回目の出版です(1993年当時)。ここには美輪さんの生き様が自身の言葉で詳細に描かれています。美輪さんがシャンソンの定期公演を行う渋谷ジァン・ジァンの楽屋でお話をうかがいました。


今回出版された『紫の履歴書』は、いくつかの出版社を渡り歩き、これで4回目の出版だとうかがいました。一冊の自叙伝が20年以上にわたって読み継がれているというのはすごいことですね。

最初に出版された時には、三島由紀夫さんが序文を書いてくださったんです。「これは昭和有数の奇書として推すものである」っていうふうに推薦してくれて。この本が単なる自叙伝としてじゃなく、愛情のあり方がどういうものかとか、いろんな問題の全てが網羅されていてありがたいってんで、おかげさまで年配の人から若い人までお手紙いただいたりね。

この本にはとにかく数えたらきりがないほどエピソードがあるんです。例えば昭和40年代、これが初めてベストセラーになった頃、ヒッピーが流行った時代だったんです。新宿の駅の東口のところにいつもいるヒッピーの親方が、きったない鞄の中に、一冊ぼろぼろになった『紫の履歴書』を入れてるんですって。その人の所にはヒッピー志願者の若い人達がいっぱい来るんです。そうすると親方はその志願者に「お前これ読んでみろ。こういう壮絶な生き方ができるんだったらヒッピーになってもいい。もしお前にそういう自信がないようだったら、ヒッピーやめちまえ。まともな仕事につけ」って。つまりリトマス試験紙として、『紫の履歴書』を使ってたんだそうですよ。というふうに私の知らないところで、一人歩きしてるんです。

美輪さんご自身の読書体験は?

私ね、中学時代に上級生からそれこそヘルマン・ヘッセの『車輪の下』からありとあらゆるいろんな本を読まされたんです。でも、それによって影響受けたっていうのがこれといって何もないんです。もちろん好き好きはあって、例えば、鏡花の本が好きだったりとか、まあそういう美意識とが美学とかそういうような本は、ギリシャ神話も含めて好きだったんだけど。例えばある章を読んでてそこにぎくりときて、それが座右の銘になったとか、それが今までまったくないんです。強いて言えばお経の本ぐらいなものでね。それも読んでるうちに自然に意味を悟っちゃったということで、いろんな人が解釈した本はなんかちょっと違うんじゃないかって感じがしちゃうのね。聖書もカトリックの学校だったから、4年間びっしり教えられたんです。だけど、やっぱり教えられたことはなんかちょっと違うんじゃないかなというのがあって、いつも疑問があったりして。

それはどんな疑問ですか?

お経には、そのまま韻律からくる不思議なパワーもあるけれどもそれだけではなくて、何が書いてあるかと言うと発想の転換を図る常識が書いてあるんです。生きるためのノウハウが。ところがいろんな方が観音経なら観音経というお経をそれぞれ訳してはいらっしゃるんだけれど、解釈の仕方がそれぞれ違ってくる。お坊さんも学識があって偉い人ではあるけれども、実体験として娑婆世界の苦しみをご存じない方が多いんです。食べる苦労をしたこともないっていう方が多い。そこらへんの矛盾ていうものがありましてね。

聖書もあれはまだ国家というものも確立されてない時代の物語で、現代とは社会機構も全て違ってるんだから、ものの考え方も役に立たない部分もずいぶんあるんです。封建時代に書かれているものですからね。例えば君主制というのが非常に立派なもののように書かれてるけど、そんな君主制や独裁主義なんてとんでもない話でしょ。ローマ法皇が住んでいるようなバチカン宮殿みたいなものをキリストが持ってたかっていうの。生きているときに階級や階位をつけられたかっていうの。そんなものありゃしませんよ。政治と結びついて権威をふるうためにそういうものを作っちゃったわけで、それだったら会社の社長とか部長と同じ。本当はみんな平等なはずなんです。精神的に一番魂がきれいで、そして人を救うだけのいろんなエネルギーだとかパワーだとかそういうものを持っている人が一番偉いんであって、政治力がある人が一番上に立つっていうのは、言語道断だと思うわけ。それはキリスト教だけではなくてあらゆる宗教に言えるわけです。

だから私は宗派を超越して人々の間を駆けずり回ってね、原点に戻れって言いたいの。精神世界とか宗教というと、何か非常に神聖なもので犯すべからざるものみたいな、錯覚を起こしている部分がある。ちっとも神聖なんかじゃありゃしないんだ、あんなもの。全く日常的な常識ですよ。それに妙な付加価値をつけてもったいぶっているでしょ。それをぶっこわしたいんです。日蓮にしても親鸞にしてもとっても日常的だったでしょ。お釈迦様だってそうだし。だから人が集まる場所と人間さえいればそれでいいわけです。その常識を漢文のままじゃなくて、もっと平易な日常語にして役立つ言葉があるんじゃないか、現代語に訳した経文とか聖書みたいなものがあったっていいじゃないかっていう、そんな私の辻説法を一冊の本にしたのが『ほほえみの首飾り』(水書房)なんです。こういうものは決して押しつけるものではないし、各ご家庭にどうぞ一冊おいてね、そして若い人からお年寄りまで読んでくだされば、まあ発想の転換も図れるだろうし。政治とか社会的なものから、家庭の問題から恋愛から結婚問題とか多岐にわたって答えを出しているつもりなわけです。

本当はみんな平等なはずなんです。
精神的に一番魂がきれいで、そして人を救うだけのいろんなエネルギーだとかパワーだとかそういうものを持っている人が一番偉いんであって、
政治力がある人が一番上に立つっていうのは、言語道断だと思うわけ。

悩める人からアドバイスを求められることも多いと思うのですが、そういうご自身の哲学はどうやって得られたんですか?

私の場合、自分の哲学のほとんどは体験主義から来てるんです。それこそ地獄を這いずりまわってね。原爆の体験もしているし、もう最低の2晩3日ぐらいなんにも食べないなんていう貧乏生活もずっと続いたし。そうかといって子どもの頃には、なんの不自由もなく贅沢三昧で暮らしていたわけだし。だから天国と地獄を両方知っているわけです。いろんなものを全部味わってきたんですね。心身ともに。普通の学者さんや何かが狭い自分の人生体験の中で、象牙の塔にこもってまあ30度ぐらいしかない視野で生きてきたとしたら、私の生活の今までの体験はピンからキリまで360度だからいろんなところでものを言える。

つまり一つのものに対しても、あらゆるいろんな見方があるということなんです。例えばある人が悩んでいて、もうどうしようもないと思ったとします。ところが別の見方をして、他人として向こう岸から見ると、渦巻きの形がどう流れているか、その形が見えるんです。本人自身は渦巻きの中でぐるぐるあっぷあっぷしてるから、どうなっているかわからない。だから高みからものを言うっていう意味じゃなくて、向こう岸から見てるとこういう方法もあるんじゃないか、ああいう方法もあるんじゃないか、その方法をたくさん知っているということなんです。

最近の身の上相談で多いんだけれども、会社を退職する時になって、さてと振り返ってみたらなんにも思い出がない。それじゃあ僕は一体なんだったんでしょうって言うのね。親にも言われ、世間的な常識で一流会社にも勤めて、安定した職業で女房子どもも持って、自分はエリートのつもりでそうじゃない人をばかにしてたんだって。でも同窓会に行ったら落ちこぼれのそうじゃないやつらが好きな人生を生きている。すごく生き生きしていろんな話をする。好きなように生きてきたっていうのはなんて羨ましいんだろう、自分はあれだけ忙しい思いをして、終わってみたらなんにもない。それでショックを受けて相談しようと思ったらしいけど。だから私は「あなたは会社のウンコですよ」って言ってやったの。「ひどいこと言いますね。僕はウンコだったんですか」「そうです。会社は口から新入社員を飲みこんで、おしりからそのカスを吐き出すんです」って。こういう人は、なまじ気がつかない方がいいかもしれないなと思ったのね。もう手の打ちようがないもの。まあいろいろな示唆は与えましたけれどね。みんな会社のため会社のためっていって身を粉にして働いて、家庭も犠牲にして。で、その人がリタイアしても、会社は痛くも痒くもないのよ。その人が命懸けで働いてきたことに感謝もなんにもしないのよ。そこに最近の若い連中は気がついてきたの。

ただね、私今の若い人って苦労を知らないから気の毒だなと思う。戦争がないっていうのは素晴らしいことだけれども。やっぱりいろいろな体験をしなきゃ、何かをわかるってことはないのよ。それと漫画がいけないと思うの。漫画というのは人間の想像力をストップさせちゃうんです。文字っていうのは、読者が自分のイマジネーションの中で遊べるの。どんどん想像力が広がっていく。例えば俳句というのは、世の中のあらゆることを一番少ない文字で表すことでしょ。それを若い人達に小さい頃から教えていけば、虫一つを見ていても、季節一つを見ていても、それに対する観察眼だとか想いとかそういう裏にあるものを想像する癖がつく。漫画というのは映像でしょ。夕焼け空っていったらもうこの空ですよって絵が描いてあるわけ。そうするとそれ以上に本人の中で広がっていかないの。与えられたらそれで納得するわけ。テレビがそうでしょ。

昔の雑誌とか本は、イデオロギーがあり理念があって、それでこういう本を出して、こういうことを世の中に訴えたいんだというものがあって出した本がほとんどだった。今は売れるか売れないかでしょ。発行部数が問題なの。だから動機が不純なんですよ。全ての世界が。昔は国を救おうと思って政治家になった。歌唄いは歌が好きでしょうがなくて、歌が唄えればそれでいいといって歌唄いになった。役者も芝居が好きでしょうがない。だから役者になった。今は必ずお金が最初に来るのよ。楽な生活とか。だからアメリカみたいに実利主義になっちゃったのね。だけど日本人ていうのは実際はそうじゃない民族なんですよ。非常にフランス人と似てるところがあって、美しいか美しくないかとか、そういったものがまず最初に来るのが日本人だったの。そこんところに、もうそろそろ戦後50年たったんだから気がつきなさいよあんた達、っていうことで、私があちこちでぎゃあぎゃあ言ってまわっているんだけども。

劇団と同じですよ。
いつもお姫様役ばっかりやってるわけじゃないんです。
お母さんの役もやり、男役もやり、
ひとりの人間があらゆる役を持ち回りしてひとり何役もやるわけです。
その一つの芝居がこの一生ですよ。
そうやってだんだん魂の浄化をはかっていくんです。

霊的なことについて興味を持っている人が増えていますが……

オカルトみたいなものに魅かれるのも一つのプロセスだと思う。だけどそれだけっていうのはちょいと困る。魅かれて実際生きていくうえで、活用するべきであってそれに振り回されちゃいけないということに気がつけばそれでいいと思う。

前世に興味があるというのもわかるのね。前世がなんであるか知ることによって、今世の自分のあり方が方向づけられるということもあるし。でも逆に知る必要もない人というのもあるんです。知るべき人は時期がくれば自然に知らせられるんです。生まれ変わっても同じようなことをやって同じような周りのメンバーの人達と、役が変わるだけでね、劇団と同じですよ。いつもお姫様役ばっかりやってるわけじゃないんです。お母さんの役もやり、男役もやり、ひとりの人間があらゆる役を持ち回りしてひとり何役もやるわけです。その一つの芝居がこの一生ですよ。そうやってだんだん魂の浄化をはかっていくんです。シャーリー・マクレーンの本にも同じようなことが書いてあって、やっぱり同じようなことを体験したんだなあと思いましたけどね。

霊視商法とかいろいろ問題になっているでしょ。やるほうもやるほうだけど、実に幼稚でしょ。それに50万100万というお金を持っていく方がおかしいと思うの。容疑者だけを責められない。需要がなければ供給もないんだから。弱い心があるということはわかるんだけど、おかしいと気がつくべきでしょ。霊的なものに振り回されている人が多いの。困ったもんでね。霊というものは論理的に考えれば、神秘的なものでもオカルティックなものでもなんでもないんですよ。普通の出来事なの。方程式と同じで、霊的なものもマイナスのエネルギーに汚染されている状態であれば、それをプラスのエネルギーに変えてあげるだけ。

私ね宗教みたいの始めませんかってよく言われるんですよ。あなたみたいな人こそ教組にふさわしいって言うんだけど、そういうふうにするとだいたい派閥ができるんです。それで今度は派閥抗争があったりね。だから私は後援会も作らないし、劇団も作らない。私は不特定多数の人に、いつでも自由な立場で接することができれば一番いいと思う。皆さんは、なぜかということを考えないんです。だから日常生活の煩雑な中に押し流されていって。ちょっとこれおかしいんではないかっていうふうに考えていけば、答えは出てくるものなんです。私はいつも世間のオブザーバーとしてね、ちょっと違うところからものを見て。コンサートも歌うだけじゃなくって、歌と歌の間におしゃべりを入れているわけです。それが辻説法だと思っているの。だから歌も好きだけれども、お話も聞きたいっていう人がいっぱい来てるわけ。歌も一つの手段だし芝居も一つの手段だし、私は死ぬまであらゆるメディアを使ってやっていきたい。あらゆる表現方法を自分の才能の中からできるだけかき集めて、一つのことを永久に皆さんに訴えつづけたいなあと思っているんですよ。

これからも美輪さんのご活躍を楽しみにしております。どうも、ありがとうございました。

プロフィール

美輪明宏 みわあきひろ

1935 – 2026年。長崎市出身。16歳でプロ歌手としてデビュー。大ヒット曲『メケメケ』をはじめするシャンソンの他、シンガーソングライターの先駆けとして労働歌を取り入れた代表作『ヨイトマケの唄』など、さまざまなジャンルの楽曲を手掛ける。また三島由紀夫による舞台作品『黒蜥蜴』、寺山修司作『毛皮のマリー』などに主演、舞台俳優としても活動する。他にもラジオ番組での身の上相談、宮崎駿作品に声優として出演するなど、幅広い分野で活躍する。著書に『ほほえみの首飾り』(水書房)『美輪ことば』(中央公論新社)など。


関連書籍

紫の履歴書 新装版

美輪明宏 / 水書坊
2200円(税込)

世紀の美少年として一世を風靡した異色のシャンソン歌手、美輪明宏の数奇な運命の物語。多くのファンの熱望に応え新装版で登場。流麗な文章で綴られた独特な世界。そのすべてが上品で優美。生き方・個性・関係性など、人間の心の深遠を垣間見る一冊。


微笑みの首飾り 新装版

美輪明宏 / 水書坊
1540円(税込)

釈尊の教えを日常生活そのものとして求める「南無の会」は、宗教家や学者に限らず作家や芸能人など、多彩な人生の達人を講師として迎える、現代の辻説法を標榜する勉強会だった。本書はそこで行われた著者の講話をまとめたもの。唯一無二の生き方を実践した自身の経験と、そこから得た視点、そして釈尊の教えの間を縦横無尽に行き来し、そこにユーモアを交えながら人々に語りかける。その様子は自身の言葉を真摯に生きる人の力強さと温かさに満ちている。