ジャン・コクトー
フランスの作家、詩人。
稀有の才人で、詩、小説、演劇、絵画、映画、音楽、舞踏など、あらゆる芸術的分野で活躍した。
斬新な創作を試行し、多大な評価を受けた。
「音楽では線がメロディだ。デッサンへ帰えることは、必然的にメロディへ帰えることになる。」
– ジャン・コクトー – 『エリック・サティ』より
アートが訴えるものは、<この世の神秘>に他ならない。
宇宙や自然に刺激され、神や人の影響を受けながらスピリチュアルな世界を体現する。それを詩、小説、評論、演劇、バレエ、映画、デッサンさらには壁画装飾などの分野で探求した多彩な男。稀有な芸術家、コクトーの生涯に迫ってみたい。
1889年、フランスのパリ郊外にあるメゾン=ラフィットで裕福なブルジョワの家庭という恵まれた環境に誕生する。父は弁護士の職に就いていたが、既に年金生活に入っていた。専制的な愛を注いだ母は、アマチュアのピアニストだった。お天気屋で神経質、悪戯好きな少年だった末っ子の彼は、兄弟や親戚の子ども達との遊びの中で、感受性を磨いた。両親たちは演奏会や演劇場によく足を運んだ。彼の詩や文学への情熱は、劇場の扉を通ってもたらされた。
10歳の頃、父親の自殺による死を契機にパリへ移住する。この事件により、死の恐怖と魅力に同時に取り憑かれ、それが深層意識に刻まれたことが伺われる。彼の少年時代に起こった出来事で、とりわけ興味深いものは、学友ダルジェロスへの憧憬によって官能を味わったことだ。彼の代表作『恐るべき子供たち』の中に、その友は登場する。彼の表現エネルギーは、この男性同士のエロスに負っている。
青年コクトーは、大学入学資格試験に何度も失敗した。結局、進学を諦めてパリの文壇や社交界に出入りし始める。学業の挫折は彼にとって災難ではなく、転機であり運命だった。まだ無名だったプルーストをはじめ、様々な輝かしい才能とぶつかり、自分の才能を確認した。そしてフェミナ劇場にて、コクトーのために詩の会が開催される。早熟な彼は天賦の才によって18歳で詩人デビューを果たし、一躍パリ社交界の寵児となった。
20歳になり、詩集『アラジンのランプ』を発表した。その3年後には、ロシア・バレエ団の創立者ディアギレフや、作曲家のストラヴィンスキーと知り合い、交流を始め、それが舞台の世界で羽ばたいてゆく、きっかけとなった。
1914年、25歳の時、第一次世界大戦が勃発。翌年、民間救護班の一員として戦場へ赴く。潜りの海軍陸戦隊員となるが、補助兵としてパリに移された。
28歳の頃、エリック・サティの音楽、ピカソの舞台装置によって、彼が脚本・演出を担当した『パラード』が開演され、賛否両論を巻き起こす大スキャンダルとなった。それ以後も彼は精力的に創作を続けた。作品は、そのどれもが周囲の注目を集め物議を醸しだし、そして名声を高める結果となった。
最愛のミューズ、レーモン・ラディゲが20歳の若さで逝去し、阿片に手を染め、破滅の道に足を踏み入れたこともあったが、
とにかく創作を続けることで、人生への失望を食い止めた。
彼の元には、舞踏家、音楽家、画家、詩人などが自然と集まり、ダダイスト、シュルレアリストとも交流を持ったが、彼自身は常に単独者であり続けた。
映像表現においても彼の実験的精神は健在で、他に類を見ない詩情あふれる成熟した作品を生んだ。コクトーの創造力を刺激して止まなかった「美の化身」、男優ジャン・マレーとのコラボレーションが、『美女と野獣』『オルフェ』などの独創的な映像に結実する。
1963年、74歳のジャン・コクトーは永眠した。彼の墓碑銘には、「僕は君達と一緒にいる」と刻まれている。ジャンルを超えた芸術活動で時代のエッジを駆け抜けた天才、ジャン・コクトー。彼の魂は今も私たちを鼓舞し続けている。
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