白川静
生涯にわたり、中国古代文字である甲骨文字や金文を研究し、白川静によって明らかにされた白川説は、二千年来の伝統的中国文字学の基礎を根底から覆すものであり、広く中国古代史研究界に革命をもたらしたとも言われる。白川は東洋を全域とした土壌の上で、漢字が持つ意味を民俗学的に位置づけ、長年にわたる地道で丹念な研究と分析、厳密な実証によって、それらを有機的に構築し、体系化した。壮大なる白川文字学は、白川学とも称えられ海外での評価は非常に高い。
1910年4月9日福井市に生まれる。小学校を卒業後姉の住む大阪に出て、政治家の広瀬徳蔵邸に書生として住み込み夜学に通う。仕事の合間に多くの蔵書に親しみ、楚辞や唐詩など多くの漢籍を熟読し、暗唱した。また『万葉集』のすばらしさを味読し、中国の『詩経』との比較研究をこの頃既に夢みる。読書家であった広瀬のもとでの修行は、この先の生涯を方向づけるものとなった。教職と中国学を志し、1931年立命館の夜間專門部の国漢科に入学するために京都へ移る。
1933年23歳で立命館大学専門部文学科国漢学科入学。中等教育国語科免許を受け、25歳で在学のまま立命館中学教諭となり、1941年31歳で立命館大学法文学部漢文学科に入学する。卒業後は予科教授、翌年には専門学部教授となる。38歳で文学部助教授となり、初めての論文を発表。
1954年44歳、立命館大学文学部教授となり、このころから中国、台湾の専門を同じくする学者、研究者らとの交流がはじまる。52歳の時には文学博士の学位を授かる。それまで多くの論文を発表していたが、一般読者のために書き下ろしたのは1970年60歳、還暦にして初めてとなる『漢字』(岩波書店)。以降『詩経』、『孔子伝』(中央公論新社)など、次々と一般読者向けの書籍を書き下ろす。定年後も研究への熱意は衰えず、著作を発表し続け、71歳で立命館大学名誉教授の称号を受ける。1984年74歳の時に平凡社より『字統』刊行。
同11月には『字統』により毎日出版文化賞特別賞を受賞。『字統』に始まり、『字訓』『字通』と続く、字書三部作を構想する。続く『字訓』を77歳で、『字通』を86歳で発表。90歳を前に、文字文化研究所理事長を就任し、年4回ペース全20回を数える『文字講話』講演会を開始し、1999年勲二等瑞宝章を授与される。
90歳を過ぎて次の目標を尋ねられ、今やりたい仕事を片付けるにはあと20年はかかる、松尾芭蕉は30歳代で『翁』と称したというが、私はこの年でも『翁』と書いたことはないと朗らかに笑ったという。一世紀近く、漢字を研究し、学問の突き詰めた研究者でありつづけた白川静は2006年10月30日この大いなる巨人は享年96歳で亡くなった。
白川静の研究環境は、学閥という背景がないだけにとりわけ厳しいものがあったという。蓄積された彼の業績の成果に光があてられたのは最晩年になってからだ。しかし多岐にわたる広範な研究よって、特定の学会に収まらず横断的に活躍したとも言えるだろう。
立命館大学の白川静記念東洋文字文化研究所では、漢字の成り立ちや文化的背景など幅広い知識を有し、教える力を持つ人材を育てるための、漢字教育士の資格認定講座が開講されており、白川の研究成果を継承し、普及する活動が現在も継続している。また地元である福井県では、小・中学生の部を含む白川静漢字教育賞が開催されるなど、幅広い年齢層を含む漢字教育に与えた影響は計り知れない。
残念ながら福井市の生家は現存していないが、功績をたたえ、生家跡近くに「遊」の文字を刻んだ碑が建てられている。
取材時、先生自ら書いてくれた文字
「遊」
遊ぶものは神である。神のみが、遊ぶことができた。遊は絶対の自由と、ゆたかな創造の世界である。それは神の世界に外ならない。この神の世界にかかわるとき、人もともに遊ぶことができた。神とともにというよりも、神によりてというべきかも知れない。
『文字逍遥』(遊字論 神の顕現より)
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「遊ぶものは神である。神のみが、遊ぶことができた。遊は絶対の自由と、ゆたかな創造の世界である。それは神の世界に外ならない。この神の世界にかかわるとき、人もともに遊ぶことができた。神とともにというよりも、神によりてというべきかも知れない――」。白川静の初随筆集『文字逍遥』に収録されたこの『遊字論』は、「あそび」の本質をもっとも鋭く表しているのではないだろうか。膨大な文字と向き合ってきた白川静が、ことのほか愛した字が「遊」と「狂」であったという。神という大いなる宇宙と一体になって遊ぶことができた時、天と地をつないでなされる仕事は、世界を創造する大きな力となるかもしれない。
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