Meeting With Remarkable People #21

ヨーハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

1749 - 1832

ドイツの詩人、作家、自然科学者、政治家。青年期の抒情詩や戯曲、小説で、感情の優越を主張した文学運動、「疾風怒濤期」の代表的作家となる。政治家生活の傍ら美術の研究にも傾倒、後年に執筆した小説ではシラーと共に古典主義時代を築き、自然科学でも研究の成果を上げた。

 人間は全て自然のうちにあり、彼女はすべての人間のうちにある。すべての人々と彼女は好意的な一種の賭けごとをし、彼らが彼女から多くのものを手に入れれば入れるほど喜ぶ。彼女はその賭けごとを多くの人々とひじょうにこっそりやるので、彼らが気づかないうちに、もうそれをやめてしまっている。

『色彩論』より

 スピリチュアルな精神を誰よりも抱えながら、常にリアルな場所で活動し続けた大詩人ゲーテ。母国の発展へ寄与し、各国の芸術家への影響を与えた。

 1749年、フランクフルト・アム・マインに生まれる。父は帝室顧問官の称号を持ち、母は市長も輩出した名家の出身で、ヨーロッパの僻地として位置づけられていたに過ぎない当時のドイツの中にあっても、家庭は裕福と言えた。良家の子どもにとって一般的であった自宅教育を受け、語学に関しては、5、6ヶ国語を少年時代に習得した。

 読書好きの彼は、驚くべき数の寓話、神話、奇譚を読破し、印象的な事件や奇怪な人物、伝説を読み、吸収した。七年戦争やリスボン大地震にショックを受けたことで、ゲーテの心に「神の問題」が浮上する。突如ペンが走り出し、詩や戯曲の試作が開始された。この頃から、ゲーテの作品には「超自然的な力(=デーモン)」が一貫して登場するようになる。

 1765年、彼は16歳で名門ライプツィヒ大学へ。法律学を専攻、医学や自然科学にも関心を抱く。しかし、学業修了を目前にして病気のため帰郷する。健康を取り戻したのち、フランス領のシュトラースブルク大学に入学、学業を修了し、詩人的視野を拡大させてゆく。この頃から、本格的な抒情詩を創作するようになり、ドイツ・ゴシック建築を代表するシュトラースブルク大聖堂に感激し、建築芸術についての論文も執筆した。

 1771年、22歳で彼は弁護士事務所を開業する傍ら、『フランクフルト学報』に論文を寄せるなど執筆活動も行う。このように、ゲーテの作家としての経歴は、ジャーナリストとして始まる。同年、処女作の戯曲を書き上げ、その2年後に改作を出版。翌年には、あの『若きヴェルテルの悩み』を上梓した。「魂の純粋な告白」が、この書物の吸引力となり、主人公の服装や話法、自殺が一種のブームとなる。先進国の殆どで翻訳され、ゲーテの名声は全ドイツから一気に世界中へ知れ渡った。

 そして、後進国ドイツを世界の檜舞台へ押し出した功績により、政界からも注目されることになる。現在ドイツの一都市である、ワイマール公国の宮廷に招聘されたことで、彼をとりまく状況は一転した。ゲーテは自分の運命を試すかの如く、しばらくは政治中心の生活を送った。26歳の頃より約10年間、ワイマール公国の閣僚、そして宰相として活躍した。

 1786年、37歳の時、ゲーテはイタリアヘ旅立つ。“空白の時間”を過ごした故の、創作衝動の爆発が起こる。自分がすべきことを自覚し芸術家として再生すると、フランス革命、結婚、子どもの誕生、シラーとの交友を通じて、溜まっていたアイデアを作品に転化し、次々に発表する。40代になると学生時代から研究を続けていた自然科学への興味がピークに達し、『植物変態論』を著す。これが後の『色彩論』へと繋がった。一方の小説では、人格の形成を描いた作品郡、『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代』が、後の教養小説と呼ばれる形式の典型となるなど、世界の小説を新たな方向へと押し進めた。

 晩年のゲーテは、歴史的、社会的関心の増大に伴って、世界の秩序と平和を切に願い、「諦念の思想」を展開する。また、国境を越えた文化交流の必要性を説き、「世界文学」を提唱した。その思想は、東洋風の歌謡集『西東詩集』に結実した。自伝的著作『詩と真実』『イタリア紀行』を纏める一方で、24歳で執筆を開始した『ファウスト』の仕上げに着手する。約60年の歳月を要し、死の前年に完成したこの大作はゲーテの化身となり、幾世紀に渡って文学史に残る傑作となった。そして、彼はその作品に全てを託すかのように83歳で生涯を閉じる。神、悪魔、人間、愛、生、死を題材とした深遠な物語は、今日まで問題を提起し続けている。

 自然の営みの中に存在する神との関係性を注視して自分の欲望(エゴ)を抑制すること。ただそれだけである。ゲーテはそんなシンプルな問題を詩的に表現したのではないだろうか?


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詩人、文学者として名高いゲーテは、自然科学の分野でも多くの論文を残している。その自然観は、科学的な見地だけではなく、直感や神秘主義的な考え方が反映された、まったく独自なものである。卓越した知性が自然と向き合った時、何を感じるか。ゲーテ自然科学の精粋ともいえる評論集。

色彩論
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政治家、詩人、作家、自然科学者の顔を持つゲーテ。彼の仕事は多岐にわたったが、とりわけ情熱を傾けたのが植物学、動物学、地質学、解剖学、気象学などに及ぶ自然研究だった。中でも形態学と色彩学に関しては、ニュートンがプリズムを通して発見した「7色の色彩論」とは異なるスタンスをとっていた。同時代には、今のカラーテレビの仕様になっているRGB(赤、緑、青)の色彩三原色の理論もすでに存在し、ニュートンは物理的に色を理解していたが、ゲーテは色彩の持つ生理的、感覚的、精神的な作用に注目したと言える。その根底にはギリシャ哲学の流れをもつ「光と闇から色彩が誕生する」という考えがあったようだ。ゲーテの理論は現在の知覚心理学、色彩心理学の源流となり、現在でも注目されている。

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