ジョン・カニンガム・リリー
アメリカ生まれ。物理学、生物学、医学、薬理学を基礎に、
独創的な意識の研究を展開した、孤高の脳科学者。
70年代のニューサイエンス・ムーブメントの先駆者でもある。
未知の領域を探究しようとする時、どこから「狂気」と呼ぶのか、その境界は曖昧だ。20世紀、意識とリアリティを自らの体験を通して探究し続けた科学者がいた。アイソレーション・タンクやイルカの研究で知られる、ジョン・C・リリーとは、いかなる男だったのか?
1915年、ジョンはアメリカ、ミネソタ州セントポールにて資産家の父と母の元に生まれた。裕福な環境で自由な教育方針で育てられた彼は、ごく幼い頃から、客観的な視点で物事を見る能力を持っていた。科学に興味を持った少年を、周囲の人は「アインシュタイン・ジュニア」と呼ぶ事もあった。
1933年18歳の時、カリフォルニア工科大学に入学。当初は物理学を専攻していたものの、オルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』に衝撃を受け、人間の意識や行動に強い関心を持った彼は、生物学を同時に修得。そして脳と意識について「リアリティ」という論文を書く。その後、脳についての研究を深めるため、医学部にも入学。同時期に、父が自動車事故から奇跡的に生還したり、母が脳腫瘍に冒されたことなどが重なり、彼はより真剣に、この生涯のテーマに向き合うこととなる。
1942年の戦時中は、戦闘機の高速飛行が人間にもたらす生理学的影響についての研究要員として招かれ、実験の中で自ら進んであらゆる極限状態を体験した。1953年38歳の時、国立保険研究所へ。かねてからの念願だった、大脳皮質の電気的活動の研究へとシフトした。外部との接触を断ち感覚的な刺激をすべて遮断すると、人間の意識はいったいどうなるのか、という研究を行うためにアイソレーション・タンクを開発。実験を続ける内に、彼自身、様々な変性意識状態を体験したが、当時はまだコンピューターもない時代。彼の研究を解析できる十分なテクノロジーが存在しなかった。
そこで次に彼が注目したのは、人間に似た大きな脳を持つイルカだった。1960年45歳の時、ヴァージン諸島にイルカの研究所CRIIを設立。彼は異種間コミュニケーションの可能性に注目した。この研究によってイルカの持つ優れた知性を世界に知らしめた彼は、一躍、イルカ研究の世界的な権威として認知された。ちなみに、あのテレビ番組 『わんぱくフリッパー』 も彼が監修。この頃の共同研究者として、世界的な文化人類学者のグレゴリー・ベイトソンがいる。
1968年53歳の時、彼はエサレン研究所へ向かう。当時、アメリカで大きな注目を浴びていた、向精神薬LSDによる研究を進めるためだった。LSDを服用することによって、アイソレーション・タンクでの体験は劇的な効果を発揮した。この研究は、後に映画『アルタード・ステーツ』のモデルとなっている。ティモシー・リアリーらとの出会いも果たした彼は、自らが実験台となりながら意識変容の研究に没頭していった。
ハードな実験を重ねる内に、彼は、「ECCO(Earth Coincidence Control Office)」と呼ぶ地球外リアリティとのコンタクトをするようになった。この時期の体験がサイケデリック文化やニューエイジ文化に様々な着想を与えたのも確かだが、当時の彼は、薬物中毒で常に幻覚を見ていたと考える人も多い。
1976年61歳の時、非営利組織ヒューマン・ドルフィン財団を設立。イルカと人間のコミュニケーションを科学的なアプローチで探る「ヤヌス計画」を始動。1988年に第一回国際イルカクジラ会議の特別ゲストとして招かれ、イルカコミュニケーションのパイオニアとして賞賛される。
2001年9月、心臓発作により、86歳でこの世を去る。ニューサイエンスの先駆者、内的宇宙の探究者として、生きながらにして伝説となった彼の意識は、今、どこまで拡大していっているのだろうか。
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