ヴィクトール・エミール・フランクル
ウィーン生まれの心理学者。
ナチスの強制収容所に収容されていたことで有名。
神経学、精神医学の教授を経て、実存分析と人間性発見療法のロゴセラピーを創設した。
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極限状態の中では、人間の本質がむき出しになる。ナチス強制収容所の体験を綴った『夜と霧』で、人間の真の可能性を示してくれたフランクルとは、どんな人物だったのだろうか。
1905年、フランクルは、オーストリアの首都ウィーンに生を受ける。ユダヤ人である父は完全主義者で正義の人、母は名門出の感情豊かな女性だった。彼は幼い頃から質問ばかりしていたため、女性教師に「思想家さん」と呼ばれていたという。
思春期は文学少年だったが、15歳で催眠術に興味をもち、早くも応用心理学を志していた。この頃、フロイトと手紙のやり取りを始め、フロイトは熱心なこの若者の問いに対し、何度も丁寧な返事で答えた。1924年、19歳の時、彼の書いた「しぐさによる肯定と否定の成り立ちについて」がフロイトにより『国際精神分析ジャーナル』に掲載された。
ウィーン大学医学部に入学すると、個人心理学の提唱者、アドラーに師事。しかし、徐々に正統派の精神医学に限界を感じ始めたフランクルは、人間が存在することの意味に目覚めることを助けることで、心の病を癒すロゴセラピーという独自の理論を展開していった。やがてその活動は「第三ウィーン学派」と呼ばれるようになり、アドラーとの関係が徐々に悪化していく。
24歳の時、個人心理学協会から除名され、アドラーと袂を分かったが、この「隔離」は非常に大きな意味を持っていた。彼は、青少年相談所を設け、誰でも悩みを打ち明けられる場を提供。理論から実践へ関心を移していった。ライヒとも協力し、性の問題にも積極的に携わった。その結果、自殺する生徒が当時一人も出なくなったという。医学博士の学位取得後、精神病院で、通称「自殺者病棟」の主任医師を務めた。当時一年間に担当した患者の数は、3000人を下らなかった。
32歳の時、精神、神経科の専門医として開業したが、その数ヶ月後にヒトラーがオーストリアに侵攻。フランクルはアメリカへ入国可能なビザを入手できたが、強制収容所への抑留の運命にある両親の元に留まることを選択した。
最初の出頭を決める尋問の際、思いがけず、収容所行きを1年間引き延ばせた。接見したナチ親衛隊将校に、逆説志向のロゴセラピーで広場恐怖症を治す技法について興味を持たれ、そのカウンセリングが功を奏したからだった。
36歳の時、看護婦のティリーと結婚。抑留の覚悟を固めた時、『医師による魂の癒し』執筆に取り掛かった。37歳の時、ついにテレージエンシュタット強制収容所に連行される。両親と妻も送られ、父親は餓死した。
その2年後にアウシュヴィッツ行きを命じられる。ティリーは移送を免れていたが、フランクルと同行を望み、夫婦は貨物列車で移送された。誕生日に収容所の仲間が、ちびた鉛筆と紙数枚をどこからか、かき集めめてくれた。チフスによる高熱にうなされながら、彼は『医師による魂の癒し』の再構成を始める。40歳の時、強制収容所から解放される。フランクルは一人の妹を除く家族を全員、収容所で失ったものの、この過酷な運命に屈することなく、強制収容所の体験の執筆に取り掛かり、『夜と霧』が戦後まもなく出版された。冷静な視点で、絶望に追い込まれた人間の心理状態を観察した体験談は、世界的なベストセラーとなった。
ウィーン市立病院神経科部長となった彼は、42歳の時、エリーと再婚。家族の死を乗り越え、旺盛な執筆活動を開始する。200以上の大学から講演に招かれ、世界一周の講演旅行も4回行った。1955年、50歳の時、ウィーン大学教授就任。1961年、56歳の時、ハーバード大学の客員教授、その他にも、27の名誉博士号を与えられた。67歳の時、飛行機の操縦レッスンを受け、その数ヶ月後単独飛行を行う。また、80歳になるまで、ロッククライミングが情熱の対象だった。1995年、90歳の時、誕生日記念に回想録を出版。ウィーン大学で最後の講義が行われた。1997年、ウィーンにて心臓病により逝去。享年92歳であった。
フランクルの言葉が今なお多くの人々の心に響くのは、どんな時も人生には意味があるという力強いメッセージを受け取れるからだろう。私たち一人一人に宿る、愛、生命力、原理である、ロゴスを目覚めさせることに生涯を費やし、多くの人々の心の傷を癒し続けた自らの体験を、人類の資産へと結晶化させた彼の業績は、はかりしれない。
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