Meeting With Remarkable People #45

モーシェ・フェルデンクライス

1904 - 1984

ロシア生まれ。14歳の頃、パレスチナへ移住、科学者として従軍した後、
ヨーガ、フロイト、グルジェフを探求し始める。フェルデンクライス・メソッドを創始した。

photo by joyce mccown on Unsplash


 ボディワークの新しい流れを生み出した、モーシェ・フェルデンクライス。彼は、物理学博士であり、心理学や神経生理学も学んだ科学者でもある。彼が、身体メソッドを開発するに至ったのは、自身を襲った大怪我という運命からだった。

 1904年、フェルデンクライスは、旧ロシア領に生まれた。ユダヤ人であった彼は、13才の時に単身パレスチナへ向かい、1年間をかけてたどり着くと、イスラエルの開拓者として、6ヶ月間滞在、肉体労働に従事した。15歳で帰国、家庭教師で生計をたてながら高校を卒業した。

 1925年、21歳の時、地図製作者として英国の調査会社に就職。スポーツが得意だった彼は、体操やサッカー、柔術も学んだ。しかし翌年、サッカーの試合で膝を傷め、重傷の身となる。車いす生活が強いられるほどの大怪我であり、当時の医学では、再び運動できるまでに回復するのは難しかった。彼は、自分のために、柔術、物理学、解剖学、運動力学、神経生理学などを独自に研究しはじめる。そして、2年に渡る努力の結果が実を結び、自力で回復するに至る。彼は、この経験からその後も脳と体の関係を研究し続けた。

 1930年、26歳の時、パリのソルボンヌ大学へ留学。物理学と電子工学を学んで博士号を取得。ノーベル物理学者ジュリオ・キュリーの初期の原子核研究のアシスタントを務めた。1936年、32歳の時、当時フランスを訪れていた講道館柔道の創始者、嘉納治五郎と出会う。柔道を本格的に学んだ彼は、外国人として初めての黒帯保持者のひとりとなり、指導者として、またその著書によって、ヨーロッパに柔道を紹介した。現在、柔道大国ともいわれているフランス。フェルデンクライスは、その骨格を作った人でもあった。

 1938年、34歳の時、ヨナ・ルーベンスタインと結婚。1940年代、第二次世界大戦中に、イギリス海軍の科学者として、対ドイツ潜水艦作戦部門に士官として参加。現在のソナー(水中音波探知機)の研究開発に従事していた。終戦とともにロンドンへ移り、発明家、経営コンサルタントとして働いた。

 1951年、47歳の時、イスラエルへ移住。イスラエルの国防軍でエレクトロニクスの責任者となった。物理学教授として働きながら、からだのメソッドを教え始める。50歳の時、身体の健康を助ける研究に専念することを決意。機能統合などのメソッドを教え始める。彼のメソッドのうわさは次第に広まり、多くの人が彼のクラスに参加するようになった。1957年、53歳の時、イスラエル建国の父と言われる元首相にレッスンを行い、健康回復に導いたことが一躍名声を高めた。世界各国から、音楽家、スポーツ選手、障害のある人々が、彼の住むテルアビブへ訪れるようになる。フェルデンクライスの身体メソッドは国際的な評価を得て、その後、ヨーロッパとアメリカでメソッドのクラスを開くようになった。日本にも来日し、整体協会なども訪れている。1972年、68歳の時、『フェルデンクライス身体訓練法』を出版。

 その後も、世界各地でクラスを持ち、指導者育成にも努めていたが、79歳の時、病いに倒れる。新しいクラスを教え始めていたが、2年で中断、1984年、80歳の時、永眠する。同年、『心をひらく体のレッスン』が出版された。

 心地よい体の動きが脳を刺激し、活性化させることを発見したフェルデンクライス。物理学者であったという、その出発点は異色ながら、ボディワークの分野が国際的な評価を得ることができたのは、彼に科学的な根拠に基づいた真摯な態度があったからだろう。動作から自己を発見するという新しい視点は、欧米の身体学に革命をもたらした。その流れは、今もなお続いている。


Related Books


フェルデンクライス身体訓練法
からだからこころをひらく
M・フェルデンクライス
大和書房
2640円(税込)

重力場の中で私たちはなぜ立っていられるのか? 簡単そうな問いだが、ボディワークの基本的な考え方がこめられている。フェルデンクライス・メソッドは、性質の改善ではなく、過程の改善を目的とし、個人と社会の関係性や発育過程など、論理的な面でも自己教育を促している。本書は、筋肉や身体機能の隠れた働きを発見し、身体と心を一つのものとして捉える。意識の拡大と機能的統合を目的とし、重力を利用するのが特徴。こらえたりがんばったりしない、自然な身体の動きを中心としたユニークな自己訓練法は、最小のエネルギーで最大の効果を発揮する。

フェルデンクライス・メソッド WALKING
簡単な動きをとおした神経回路のチューニング
ジェームズ・アマディオ
スキージャーナル
3080円(税込)

脳・神経回路の学習システムに働きかけて、“立つ”“歩く”“走る”等の動作を、重力と調和したものへと改善するメソッドの「WALKING」版。むだな緊張や努力感のない自由自在のパフォーマンスを実現する。DVD付き。

フェルデンクライスメソッド入門
力みを手放す、体の学習法
伊賀英樹
BABジャパン
1650円(税込)

人間は活動せずにはいられない。けれども、過剰になったストレスは、無駄な緊張と力みをつくり身体と心のバランスを歪めてしまう。ウクライナ人物理学者・フェルデンクライス博士が生みだしたこのボディワークは、動きの練習や覚えることを目的とせず、老若男女がどこでも手軽にでき欧米の身体学に革命をもたらした。体が忘れてしまった、優れた動きを発見するために、姿勢や動作といったきわめてベーシックな部分を重要視する。本書は、このメソッドの基礎的な考え方から実践法について初心者にも分かりやすく解説する。体に働きかけ、心に響かせて、全体的な変容をもたらす心地よい身体は、スポーツの上達を目指す人・疲れやすい人・変化したい人・様々な表現をしているすべての人に役立つだろう。

関連記事