ピョートル・デミアノヴィッチ・ウスペンスキー
ロシアの神秘思想家。グルジェフと運命的に出会い、
弟子として類い稀な才能を発揮したが、気質の違いから別離。
『新しい宇宙像』『奇蹟を求めて』などの著書がある。
カリスマ的な存在の力を発揮する師と優秀な弟子。その構図は圧倒的な喜びと、多くの苦悩をもたらす。神秘家グルジェフと弟子ウスペンスキーの関係も、その例に漏れない。
1878年、モスクワでウスペンスキーは生まれた。役人であり数学者でもある父と、画家の母の自由な家風のもと、彼は幼い頃から本に親しみ、知的好奇心を育んでいった。13歳の時には心理学に興味を持ち、16歳でニーチェを見いだし、18歳で自分でも執筆を始めた。同時に生物学、数学にも熱中したが、あらゆる形のアカデミズムを嫌悪し、試験を受けることや学位を取ることを決して行わないと決意していた。
27歳の時、ジャーナリストの職に就く。当時、ウスペンスキーがよく使っていた言葉は、「聖職者たちが宗教を殺しているのと同じように、教授たちは科学を殺している」というものだった。彼にとって、すべてが袋小路の中にあるように見えた。ロシア、東洋、ヨーロッパを旅し、1907年、29歳の時、神智学と出会う。秘教という概念は彼に新しい扉を開いたが、神智学協会にもまた弱点があるように見えた。
彼は、独自の思想体系を築き、『第四次元』『タロットのシンボリズム』、そして代表作である『ターシャム・オルガヌム』など、立て続けに4冊の著作を発表して、講演活動を行い、多くの聴衆を集めた。
1915年、37歳の時、グルジェフと運命的な出会いを果たす。グルジェフの存在はウスペンスキーに強烈な印象を与えた。そして、自分がそれまでに知っていたあらゆる知識を超える、まったく新しい思想体系に出会ったということを認めた。その時から興奮と喜びに満ちた日々が始まる。そして彼が招集した小さなグループで、グルジェフは講義を行うようになった。
当時、ロシアでは革命の嵐が吹き荒れていた。ウスペンスキーも一時兵役に就き、トルコで難民生活を送ったが、グルジェフとの厚い信頼関係は揺るがなかった。グループはグルジェフの故郷であるコーカサス地方でワークに集中した。
1918年、ウスペンスキーが40歳の時、グルジェフが突如グループの解散を言い渡した。その意図を理解できなかったウスペンスキーは、グルジェフと「システム」を分離する必要があるとさえ感じた。高度な知識体系を求める彼にとって、グルジェフの理不尽さは受け入れがたかった。結局、彼はグルジェフの元を離れ、独自の活動を始めることになる。
1921年、42歳の時、イギリスに亡命し、ロンドンで講演や執筆活動を続ける。グルジェフに対する想いは複雑で、フランスのフォンテーヌブローに居を移したグルジェフの元を何度も訪れ、手助けもしたが、グルジェフの行動は不可解さを増すばかりだった。そしてウスペンスキーは失意のうちに、ついにグルジェフとの別離を決意した。1931年、52歳の時、『新しい宇宙像』を出版、次第に自身の生徒も増え、ロンドンの郊外に数百人を収容できる施設を購入し、そこで「歴史心理学協会」を立ち上げた。1940年からはニューヨークでもワークの指導を行い、多くの著名人が彼の元を訪れた。
1947年、69歳の時、イギリスに帰国。肝臓病の治療を拒んでいたウスペンスキーは、戦士のように死と向き合い、その生涯を終えた。グルジェフとの出会いとその思想を描いた『奇蹟を求めて』は、彼の死後に出版された。グルジェフはこの著作について、「決して読んではならない」と弟子達に告げている。なぜなら真の理解を妨げるから、と。
ウスペンスキーは、グルジェフの弟子の中でも、最も優れた理解力を持っていた。しかし、その真っ当さは、固定化された秩序を作る罠にもなる。類い希な優秀さ、それこそがウスペンスキーが背負った宿命だったのかもしれない。
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