Meeting With Remarkable People #05

クリシュナムルティ

1895 - 1986

インド生まれ。幼少時、神智学協会に「世界教師」として見出され、
「星の教団」を設立。しかし、組織のあり方に疑問を持ち、自ら解散、
その後は独自の探求を続けた。

「真理は権威者を必要とするものではなく、まして集団に属するものではありえない。」
– クリシュナムルティ –
『英知へのターニングポイント』

1895年、クリシュナムルティはカースト制の中では最高位であるバラモンの家系に生まれた。父は英国行政下で官吏をしていたが、退官後1909年に「神智学協会」に籍を置き、クリシュナムルティを含む子ども達と協会の構内に移り住んだ。

神智学協会とは、ブラヴァッキーによって設立され、古の知恵から精選した奥義や、霊的進化などを研究した神秘主義の組織だ。当時、協会はブラヴァッキー夫人とオルコット大佐の下での創設期から、ベサント夫人とリードビーターによる、発展・完成期に移行しつつあった。彼らは、「世界教師」の出現を待っていた。その降臨を受け入れる器として、クリシュナムルティに白羽の矢が立った。

有名な透視能力者であったリードビーターは、水浴の帰り、川岸に腰掛けている一人の少年を見かけた。その少年はかつて見たことがないほどのオーラを放っていた。他のメンバーは、この少年は体が弱く、勉強もあまりしない、ぼんやりした子どもと認識していたので、彼が世界教師であることに当初、疑いの念を抱いたらしい。

様々な準備が行われた。また、彼の資質はたしかにすばらしいものだった。神秘的なプロセスを経て、ついに彼は「世界教師」の器に融合した。1911年、クリシュナムルティを長とする「星の教団」が生まれる。彼が25歳の時、「星の教団」は世界各地で三万人以上ものメンバーを抱えるまでに成長したという。

しかし……。クリシュナムルティは、1929年、自ら「星の教団」を解散し、神智学協会を去ることを選ぶ。その「解散宣言」は衝撃的なものだった。

「真理は、そこへ通ずるいかなる道も持たない領域である。真理は限りないものであり、無制約的なものであり、それゆえ、ある特定の道をたどるように人々を指導し、あるいは強制するようないかなる組織も形成されるべきではない。」

彼は、一切の権威を拒んだ。協会の人達にとって、彼の選択は、受け入れがたいものだっただろう。世界教師を待ち望んできた彼らにとって、あらかじめ描かれていた未来の絵がうち捨てられたのだから。逆説的に言えば、それこそが、「世界教師」の意味だったのかもしれないけれど。その時、クリシュナムルティ34歳。以後、弟子もとらず、組織も作らない、彼の孤高の人生が始まった。

そう、ひょっとしたら、彼は生まれた時から、「真理なるもの」をあらかじめ感じていたのかもしれない。それが、「何か」は自分では表現できないけれど、目の前に現れるものが、「それではない」ことはわかる。

これは、真理を探究したいという欲望とは、また違ったベクトルを持っているように思える。人は、自分の未熟さを感じ、見えない答を求める。しかし、基準となる「それ」をあらかじめ知っている人にとっては、どうだろう? 人間がとらわれている際限ない幻想。どれをとりあげても、彼には、「それではない」ことがわかる。クリシュナムルティが「否定の人」と呼ばれる理由も、そんなところにあるのではないだろうか。神智学協会で過ごした時期があったからこそ、彼は、「それではない」ことに確信を抱けたとも言える。以後、彼は、「それではない」と言い続ける。

クリシュナムルティは、一個の自由人として、世界中を旅しながら、多くの人々と語り合った。自分で考え、真理を探究しようという人々の言葉に耳を傾け続けた。オルダス・ハクスレーや、ジョセフ・キャンベル、デヴィッド・ボームなどとの対話も、よく知られている。

ところで、彼には、「最愛のお方」と呼ぶ存在があったらしい。人に聞かれても、「言葉にしてしまえば、それは死物と化す」と明示はしなかった。しかし、彼にとって、その存在との言葉を超えた対話こそが唯一の濃密な関係性だったのかもしれない。1985年頃になると、彼は自分の死期を感じ初めていた。その一年後の1986年、カルフォルニアのオーハイの峡谷にて、「今晩、私は山の中に長い散歩に出る」という言葉を最後に、息をひきとった。


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