SPECIAL INTERVIEW #20

よろこびは、めぐる。

ペット探偵 ・藤原博史

ペット市場は世界的に安定した右肩上がりの成長を遂げ、ペットの家族化の波は、数十年前から日本にも着実に押し寄せている。犬を繋いだまま庭で飼う外飼いは「昭和飼い」とも言われ、白い目で見られかねない時代となった。愛する家族の一員がもしも迷子になってしまったら、心労で憔悴する人も少なくないだろう。今回は、そんな時の救世主として活躍する「ペット探偵」こと藤原博史さんにお話を伺った。


初対面の最初の1秒

 「ペット探偵なんて、冗談みたいな世界でした。メディアとかテレビとか、取材の話を頂いても、
完全にキワモノ扱いでしたから」と、藤原さんは振り返る。日本では2000年頃にペットブームが到来したが、
藤原さんが開業したのは、さらにその数年前だ。

 その頃に比べると私たちの動物に対する意識は飛躍的に変わり、2020年代となった今は、
「変な人」という捉え方のオファーは来ないという。

 「本当は『ペット』より、『コンパニオン・アニマル』探偵と呼ぶべきなんですけれどね。
まだそこまで普及していない言葉だし、語呂も悪いのでペット探偵と名乗っています」

 呼称はともかく、藤原さんは「探偵」という言葉にふさわしく、実に鋭い眼光をお持ちだ。
ドラマや映画の中でしか知らないけれど、刑事の方もこんな眼つきをしているのではないだろうか。
人でも物でも、鋭い眼でたちどころに探し当ててしまう、探し物名人でもあるのでは? と伺うと、

 「いや、モノはなくす方が多いです。ハハハ」と涼しく笑う藤原さん。

 探偵という稼業には、経験値や直感という要素が重要な役割を担っているらしい。
アスリートが筋トレをするように、探偵として日々、直感を磨いているのだろうか。

 「普段から磨こうという意識はないですけど、自分の直感は信じて、疑っていません。
例えば、こうやって、初対面でお会いした時の1秒くらいの感覚が、ずっとその後も変わらない。
何年か経ってまたお話ししても、最初に思ったことが、ずっと合っています」

 直感とは、特別な才能というよりも、皆が本来持っている感覚。
問題はそれをいかに本気で大切にし、自分が信じるか、なのだ。

「個」で探せ

 もしペットがいなくなったら、飼い主は必死になって、まず自分で探してみるだろう。
プロと素人の探し方は、何が違うのだろうか。

 「飼い主さんや素人は、その動物の『個』ではなく、『種』で探すから、なかなか見つからない場合が多いんです」

 捜索依頼があると、藤原さんは飼い主に詳しく話を聞き、写真を見せてもらい、その子の性格や取りそうな行動様式、
失踪時の状況などから、まずは居そうな場所を割り出す。その上で、実際の捜索活動に乗り出す。
現代ではマンホールの調査に使うような高性能テレビカメラや動体カメラなどハイテク機器はあるにはあるが、
それに全面的に頼るのではなく、チラシや地図、目視など、むしろ昔ながらのアナログなやり方のほうが多いという。中でも、特に目視で捜索する割合が多いそうだ。

 探す時には、「自分だったらどう行動するか」を考えるのだろうか。

 「自分だったら、とはまず考えないですね。人間の思考で考えたら、たどり着かないと思います。
例えば猫だったら、探されているその猫の脳で考えているイメージですね、敢えて言えば。
視線とか、向こうからこっちを見ている感じになり切って。
ただし、今こうやって説明していますが、実際はここまで意識していません」

 捜索前は写真や飼い主からの話でイメージを作り上げるが、捜索中にチラッとでも見かけたら、
その実際の印象を基にアプローチの仕方を変え、細かく調整し、その個体に合わせて、臨機応変に対処する。

 「さっきの走り方だったら、まだ近くにいるなとか、また違う走り方だったら、
ちょっと遠くに移動したかなとか、観察しています」

犬は「線」、猫は「面」

 捜索対象となる動物は、圧倒的に猫が多いそうだ。
現代は部屋飼いが主流で外の環境に慣れていない猫が多いのと、猫という種族の器用さや俊敏さゆえに、
いなくなってしまうことが多いらしい。
「猫は人が鍵を開ける過程を見ていて学習し、背伸びして、サッシの鍵を外して扉を開けたりします」

 また、2020年ならではの現象としては、コロナによって在宅勤務が増えた今、人間と共に過ごす時間が多くなったことが
ストレスとなって、家出をしてしまうケースも増加しているという。

 「犬だったら飼い主がいつも傍にいるのを喜びますけど、猫は自分だけの時間が必要な動物なんです」

 猫はいなくなった場所の周辺に隠れたり、居着くことが多いのに比べ、犬の場合は広範囲で移動し、移動距離も長いらしい。
それゆえ、猫は三次元的に「面」、犬は二次元的に「線」で探す。どちらにせよ、
「どこから出てどこに向かったのかを予測するのはすごい大事」だという。

 そこで欠かせないのが地図だ。ゼンリンの詳細な住宅地図で、見当をつけていく。
実際の地図を見ながら、解説してくれた。

 「ここが自宅だとしたら、最も可能性が高いのはこのブロックだな、などと推測します。というのは、
普段あまり行かない場所は、壁沿いに移動すると(身体の)片側だけ守ればいいので、本能的に安心できるんです。
これが道路を渡ったりすると、両側をさらすことになるので、落ち着かなくなります」

 だからそこまでは行かないだろう、という推測が成り立つのだ。


七つ道具の一部である捕獲器や高性能カメラ。パニックに陥っている猫は、飼い主でも捕まえにくいため、トラップ式の捕獲器を使う。

足で探すための必須ツール。チラシは依頼があるとすぐに制作に取り掛かる。他の地図では得られない詳細情報が載るゼンリンの地図で、捕獲計画を練る。


かつての家出少年が見た鮮明な夢

 幼少期から無類の動物好きだった藤原さんは、小学校の卒業文集に「将来は動物関係の仕事に就きたい」と決意を記した。
夢を形にするまではできるだけ色々な仕事をしようという想いのもと、サービス業や工場、漁業など様々な職業に就く中で、
ある日、自分が行方不明の犬を探し、ペット探偵として活躍しているというリアルで鮮明な夢を見る。
それが閃きとなってペット探偵になったのだが、その夢を見たのも、
中学生の時に家出少年として1年ほど外で暮らした体験が大きく影響しているという。

 「当時は、なんか外がメチャクチャ楽しかったんです。学校の校則だとか勉強だとか押し付けられることなく、
全部自分の好きなことができる。日々起こることが刺激的で、14歳くらいにとっては最高なんですよ。100%の自由ですね」

 捨てられた犬や猫と抱き合って寝たり、一緒にゴミを拾って食べたりという家出時代のサバイバル生活は、
迷子になったり、家がないという動物の気持ちや視点を感じ取り、行動を推測する糧となっている。

 ホテル業で教え込まれた礼儀なども役立っている。家族同然で、愛するペットが行方不明になった時、
人は精神的に大きなダメージを受ける。ペット探偵業は、動物が相手であるだけでなく、そこには常に人との関わりが介在してくるため、依頼者と接する際の話し方も重要だ。

 夜討ち朝駆けどころか、場合によっては、捕獲器のそばに立ったまま、
一瞬の捕獲チャンスを狙って夜通し待ち続けることもあった。日によって20キロ歩くこともザラだという。
体力だけでなく、忍耐力や集中力といった気力も必要な、ハードな業務だ。
けれども、藤原さんはあくまでも自然体で、心底、自分の仕事を楽しんでいる。

 「苦労することはあまりないですね。体調を崩したりもないし、寝不足とかもこたえません。
それに、自分自身は、動物を助けているという感覚は全くないです。むしろ、自己の狩猟本能みたいなものを
満足させているんじゃないかなあ。そういう、よこしまな感じ(笑)。それが結果、人の役に立って、喜ばれる。
動物を助けるというより、むしろ自分が助けられているんだと思います。1頭でも2頭でも(見つかって)、
自分がちょっとでも役に立てたら、すごくうれしい」

 藤原さんのこうした精神は、自分の知識や経験を社会貢献に活かしたいという想いとなり、
迷子のペット捜索マニュアルのアプリという形に結晶する。

 マニュアル作成の際、徹底的にこだわったのは、実践的で使えること。
実際に活用するのは、大きなストレスを受けた状態の飼い主であり、その心理状態まで考えて作った。

 「パニック状態の時に難しいことなんか、できないですから。見やすく、イラストも入れて。
こういう場所を探してください、ゼンリンの住宅地図はこうやってプリントアウトしてとか、地図はこういう風に見ます、
アイテムはこういうものが必要です、捕獲器はこういう風な工夫をしましょう、とか。
連絡先は保健所、警察へ、とか。いろんな活用法で利用していただきたいなと思って、PDFでも冊子でも、持ち歩きもできます」

 このほか、インスタグラムで捜索の過程を情報として公開もしている。
それを見た人々が参考にして自分で見つけられるように、との願いからだ。

喜びの循環の中で

 捜索依頼の電話は、1日に10件ほどのペースで寄せられるが、実際に依頼を受けるのはその1割くらい。
それだけ捜索は大変な仕事だから、あとの9割は、電話で探し方の相談に乗り、遠隔操作をするように捜索の手伝いをする。

 「ボランティアですね。迷子探しマニュアルと組み合わせて。それはもう、どんどん見つかります」

 ペット探偵という職業が天職のような藤原さんだが、一生この仕事をするのだろうか。

 「特に決めていないですね。ただ、自分が求められているうちはやります」

 いずれにせよ、幼い頃からの夢である、「動物に関わる」という軸は少しもぶれていない。
「ペット探偵にかぎらず、動物に関する様々な分野を体験できたら楽しいかな、という思いはあります。
一人で何十年もやってきましたけど、今、新しくスタッフも加わって時間的にも余裕ができてきたので、
これからはもっとあれこれ考えたりできるのかなあ、っていう気持ちはあります」

 すでに始まっている新しい分野の一つが、ペットの飼い主に寄り添った神社のプロデュースだ。

 「神社は四足獣厳禁なので、ペットのご祈願ができる神社っていうのが今まであまりなかったんです。
でも、もうそういう時代じゃないだろうと思い、鎌倉の神主さんにお話ししたら、『じゃあ、うちでやりましょう』ってことになりました。源頼朝が造った佐助稲荷神社という由緒正しい神社です。
『ペットOKです』とうたっている神社も、本殿まではなかなか行けないんですけど、ここは全て一緒に行けます」

 可愛らしいイラストがあしらわれたペットのお守りや置物といった授与物を提案し、形にしている。
その他、機会があればペットのご奉納もやりたい、と藤原さんは想いを語る。

 「亡くなったペットにまた会いたいっていう人が多いですから、そういう催しをできればなあって思っています。
海外からも来て欲しくて、英語も載っているHPも作りました」

 この言葉どおり、今はもう、全国から参拝者が集まるようになりつつある、という。

 自分の喜びが人の喜びとなり、喜びが増幅してまた自分に返ってくる仕事。
藤原さんは喜びの循環の中に生きているのだ。動物だけでなく、動物と関わる人々を見守るその眼は、
鋭いながらどこまでも温かく、優しい。


ふじわら・ひろし

1969年兵庫県生まれ。迷子になったペットを探す動物専門の探偵。1997年にペットレスキュー(神奈川県藤沢市)を設立、代表を務める。これまでに受けた依頼は3000件以上、発見率は約8割。著書に『ペット探偵は見た!』『210日ぶりに帰ってきた奇跡のネコ』がある。
https://www.rescue-pet.com/


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210日ぶりに帰ってきた奇跡のネコ 
ペット探偵の奮闘記
藤原博史
新潮社
792円(税込)

 本書には、行方不明になったペットが家族と再会するまでのドラマチックな7つの物語が収められているほか、災害時にペットがどのような状況にさらされたかという具体例やペット同伴での避難のヒントが載っている。著者がペット探偵になるまでの流転の半生も興味深い


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