Special Interview #38

原点は 「子どもたちの笑顔を守りたい」。 子どもたちに 学校を、希望を。

チョウタリィの会代表理事 山口悦子

ネパールをはじめとした
東南アジアの諸地域に数多くの校舎を建設し、
子どもたちだけでなく、そこに暮らす人々にも
将来に対する希望を届け続けてきた山口さん。
30年にわたる活動を始めようと思ったきっかけや、その足跡、
そして、40歳まで主婦として生活してきた山口さんを
活動へと突き動かした強い思いについて尋ねた。


活動のきっかけは 留学生から受けた刺激

大きな木の下の広い木陰。「チョウタリィ」は、ネパール語でそのような意味をもつ。人々が自然と集まり、安らかな憩いの時を過ごし、新たな世界へ飛び立っていくことを願って名付けられたという。力強く、そして優しく枝葉を広げた大樹の絵が、奈良市の事務所には数多く飾られていた。
ネパール、タイ、インドネシアにインド、東南アジアを中心に学校の校舎建設や、女性の就労支援など、精力的に活動を行ってきた山口さん。活動のきっかけを聞くと「最初からボランティアに強い気持ちがあったわけではないんです」と一言。
「1991年にネパールからの留学生を受け入れたのが、大きな転機になったと思います。夫の仕事の関係で東南アジアを訪れることがたびたびあり、現地の文化やインテリア雑貨に興味があったので、留学生を受け入れる機会があれば、ぜひ東南アジアの方に来ていただこうと考えていました」
留学生の女性と過ごし、異文化に触れる日々は楽しく、山口さん自身の日本での生活を客観的に見る機会にもなったという。そんな刺激に駆り立てられ、初めて足を踏み入れたネパールで山口さんの目に飛び込んできたのは、圧倒的な「理不尽」だった。
「観光地になっている寺院を訪れた時に、敷地内に住む障害者や物乞いの子どもたちの存在を知りました。家も食べ物も満足になく、働く手段も、学ぶ場所もない。残酷なほどの格差や苦難のなかで生きる人たちと触れ合ったことで、『理不尽への怒り』が私のなかに生まれたのだと思います。その後も、何度かネパールを訪れるうちに、この『理不尽』に抗いたい、何か私にできることはないかと考えるようになりました」
海外活動の始まりは、ネパール東方・バクタプール。障害がある子どものための校舎建設、教育支援活動が始動した。
「障害をもつ子どもが社会から隔離されている現実がありました。家から出してもらえず、もちろん学校にも行けない。愛情の有無や世間からの偏見も理由の一端にはありましたが、それ以上に、障害がある子どもたちを安心して送り出せる場所や設備が整っていなかったんです」
公立学校と交渉しつつ支援金を集め、奔走の末、1997年に校舎が完成。これまで学校へ通えなかった子どもたちに教育の機会を届けた。この活動は以後、バクタプール以外の地域にも波及していく。
また、女性の就労支援にも活発に取り組んだ。階級意識の強い社会で、僻地の女性が定期的に収入を得ることは非常に難しい。家庭の収入源が少ないと、子どもを学校に通わせることがかなわなくなり、貧困が加速していく。この連鎖を断つべく、未就労の女性が多い地域で希望する女性を募り、織物や敷物を生産する工房を立ち上げた。
「技術を身につけ、定期的な現金収入を得ることで、お母さんたちは『子どもに高等教育を受けさせることができるかもしれない』と希望をもちます。学校を卒業した子どもたちが就職に困ったとしても、働き口として工房が残っている。選択肢を増やしていくことも支援の一つかなと思っています」


ネパールのカナルトク村、丘の上のサラシュワティ学校の新校舎開校式。子どもたちの笑顔がまぶしく輝く。たくさんの村人の喜びにも出会えた。


コロナ禍で見えてきた 日本の子どもたちの貧困

2020年の年明けから猛威を振るい始めた新型コロナウイルスは、チョウタリィの会の活動にも大きな影響を与えた。混乱のなかで目に入ってきたのは、日本の子どもたちが置かれた現状だった。
「チョウタリィの会には、東南アジアの子どもたちへ届けるための文房具や古着といった、物資の寄付がたくさん集まっていたのですが、現地へ行けなくなって配る機会がなくなっていたんですね。置いておくくらいならば、日本の子どもたちのために役立ててあげられないかと思い、2020年の夏ごろから『文具バンクプロジェクト』を始めました。
この事務所には、会員の方から寄付していただいた児童書なんかも置いてあるので、文房具をもらいに来た子どもが、すぐ帰らずに遊んだり、本を読んだりして過ごすんですね。その時に、何気なく子どもと話をしていると、父子家庭や母子家庭で夜遅くまで一人で過ごしていたり、幼い弟や妹の世話を毎日していたり、家に帰ってもご飯がなかったり……そういう子どもたちの大変さが見えてきたんです」
これまで活動の中心としてきた東南アジア諸国では、貧困や格差が目に見えた。対して、日本の貧困家庭はなかなか表に出てこない。子どもはよくも悪くも周囲の大人を見て育つ。身近な大人の姿を見て学び、「周りと違うこと」におびえ、自分の困りごとを素直に話せない子どもも多いという。そんな子どもたちの声に耳を傾け、困りごとの内容によっては地元の民生委員や元教員につなぐこともある。現在は、地元の惣菜店に協力を依頼し、子どもたちの家庭を訪問して食事を配る宅食活動も行っている。
「コロナ禍になるまで、日本に東南アジアのような貧困はないと思っていました。けれど、蓋を開けてみたら奈良市だけでもたくさんの子どもが日々悩み、必死に生きていました。コロナ禍をきっかけにその現実を知る機会を得たと思っています」


ネパールのアナイコット村でギャネショリィ学校の開校式の日。民族衣装のパンジャミドレスの制服がかわいい教師との思い出。歓喜がこだまのように広がった。


理不尽な現実に対する憤りが原動力

活動の発端は、留学生との出会いで受けた衝撃。その後もさまざまな出会いと、そこで感じる「理不尽への怒り」が山口さんを突き動かしてきた。
「そんなことしても何も変わりませんよとか、虚しくならないんですかとか、いろいろ言われてきましたけど、そういう問題ではないんですよ」
30年を超える活動のなかで、やるせない現実も途方もない悔しさも味わってきた。時に、手酷い裏切りにも遭ったという。それでも山口さんは歩みを止めなかった。
「40歳を過ぎるまで、本当にどこにでもいる普通の主婦でした。『大人しく、逆らわず、ニコニコ笑っている』女性だったと思います。でも、私はネパールで、インドネシアやタイ、インドで、そして日本で、現実を見てしまった。何一つ悪いことをしていないのに、学校に通う楽しさも、友達と笑い合う喜びも知らないままに短い生涯を終える子どもや、親の酒代のために街角にたたずむ物乞いの子ども、ゴミであふれ返った家のなかを歩いて嬉しそうに食事をもらいにくる子どもに出会ってしまった。日本の大半の人がフィクションのなかの出来事だと思うようなことが、現実にあると知ってしまったから、どうしたって助けたいんです。それを見て見ぬふりする人生にはしたくない」
想像を絶する光景が、山口さんの目に去来したのか、語尾が震えた。つらい現実から目を背けず、真正面から向き合うことは、容易なことではないだろう。
「つらいなと思う時もあります。でも、ただ現状を嘆いて終わるのは嫌だから。ニコニコ笑ってうやむやにするんではなくて、ぐずぐず泣くんではなくて、私は怒っていたい。『どうしてこんなことがまかり通るんだ』という怒りが、現状を変えるための原動力になるから」
言語も文化も異なる東南アジアでの活動を、30年にわたって続けてこられた、その原動力は「怒り」。穏やかな印象の山口さんだが、力強い言葉の端々には確かに怒りがにじんでいた。
「大きな木の下の広い木陰」。強い日差しや風雨を遮り、人々を守り安らがせる大樹は、山口さん、そしてチョウタリィの会そのもののように思える。事務所のなかに飾られた何枚もの写真には、あたたかな笑みを浮かべる山口さんと、木陰で羽を休め、飛び立つ日を夢見る子どもたちの笑顔が詰まっていた。


プロフィール

チョウタリィの会代表理事 山口悦子(やまぐち えつこ)

1950年、栃木県日光市生まれ。大学卒業後、1975年から2年間をアメリカで過ごし、27歳から奈良市在住。1993年に設立した「チョウタリィの会」を活動の拠点とし、ネパール、タイ、インドネシア、インドなどで子どもたちの教育支援と自立支援を行う。事務所と同じ敷地内にあるチョウタリィ・ショップでは、支援している現地の女性たちが作成したインテリア雑貨などをフェアトレード品として販売している。


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