Special Interview #30

生まれたばかりのいのちに向き合う。

幼魚専門岸壁採集家 鈴木香里武

岸壁採集家として日々漁港で幼魚を採集している鈴木香里武さん。
その魚の魅力をSNSや書籍などで発信し、注目を集めている。
30歳の節目を迎える今年は、さらに「幼魚水族館」の館長にも就任することになった。
香里武さんは、身近なのに見過ごしてしまう海の世界の魅力を見せてくれ、
そして漁港の足元に広がる雄大な世界で暮らす小さな幼魚を通じて、
私たちが生きるためのエールを送ってくれる。


好きだから好き
理由のない「好き」こそ最強

子どもの頃から両親に漁港へ連れられて、タモ網を片手に幼魚や稚魚の採集をしていたという香里武さん。だから香里武さんが魚に詳しいことは、みんなが知っていた。

「小学生の頃、担任の先生から教室で飼う魚を選んでほしいと頼まれました。まずは興味をもってもらえるようなものをと思って、パッと見で『何コレ』と言ってもらえそうな、体が透けて、骨が見えているトランスルーセント・グラスキャットというナマズの仲間を真っ先に選んだのを覚えています。生態の説明をするわけではないので、まずは見た目かな、と」

当時のことをそう振り返る。昼休みになると、教室の片隅に置かれた水槽をクラスメイトたちがのぞき込んでいたそうだ。この頃からすでに、彼の幼魚の面白さを発信する活動は始まっていたのかもしれない。各メディアを通してその面白さを語る彼に、改めて幼魚の魅力を尋ねた。

「なんで魚が好きか、という質問が一番難しくて……理由がないんです。『好きだから好き』なんですよね。理由をつけても全部後づけになるので。でも、理由のない『好き』に勝るものはないですよね。これは知識や言語に触れる前から、幼魚に触れ合っていたからだと思います。幼い頃の言語化できないうちから、幼魚のかわいらしさとか、面白さに惹かれていたから、未だに気持ちが変わらない。大人になってから興味をもつと、意義をつけなきゃいけない。でも、その意義が崩れちゃうと『好き』の気持ちも崩れますから。そういう意義がいらない『好き』は小さい頃ならではですね」

自分の「好き」を仕事にすることに関心が集まりつつある現代では、この言葉に共感する人も多いのではないだろうか。子どもの頃に熱中していたものを、仕事にしてしまう。その姿勢に憧れを抱く半面、多くの人がその「好き」の気持ちに変化が生じること、変わってしまうことを気にするかもしれない。幼少期と大人になった今とで、幼魚への気持ちがどのように変化したのか。香里武さんはこう語る。

「『好き』という気持ちのサイズ自体は変わっていないと思いますが、よりポイントを絞れている感じがしますね。それはもしかしたら知識があるからこその利点かもしれません。たとえば、幼魚もなんとなく好きだったものが、『生き様がこんなに面白いんだ!』と自分の中で納得できる。そうすると『その生き様をもっと知りたい』というふうになって、どんどん『好き』の気持ちが強くなっていきます」


小さいから近づいて見る
自然と1対1になれる

香里武さんが館長を務める「幼魚水族館」は、2022年7月の開館。つまり、今取材している晩春の時点では準備中で、この冊子が皆さんのお手元に届く秋には、もうオープンしているというわけだ。同館では幼魚の展示のみならず、タカアシガニのふ化や成長過程の研究も行うが、香里武さん自身もまた、研究の道を極めていくのだろうか。

「私は人が幼魚を知るための入り口づくり、きっかけづくりをする人になりたいんです。2021年から大学院に入り直して、一応海洋の研究者にはなっていますが、それまではずっと心理学を研究していました。『魚類学者』という方向に進まなかった理由としては、自分の中で極めていくというよりも、研究者が日々発見している面白い話をお茶の間にも届けるにはどうすればいいのか、を考えたかったからです。面白い発見がいっぱいあるのに、学会論文だけでは世間に全然伝わらずもったいない。だから、難しくてとっつきにくい話を何か別のものにたとえたり、かみ砕いたりして、伝える役目を今後どんどんやっていきたいです」

今後、幼魚の魅力発信の拠点となる「幼魚水族館」。しかし、その展示方法に過剰な演出などはないと、香里武さんは話す。

「幼魚を展示するという水族館がそもそも前例のないものなので、特別な演出をしなくても感じてもらえることは十分あると思いますね。2021年末に東京で期間限定の幼魚水族館を実施しましたが、その時、お客さんたちが小さな幼魚を近くでじーっと見ていることに気づいたんです。つまり、1匹と対面するということが自然とできている。一般的な水族館の大水槽に大きな魚が入っていると、少し引いたところで眺めますが、小さいと近づかないとしょうがない。なので、表情に気づいてくれたりとか、体のちょっとした工夫を知ってもらえたりして。小さいことが最大のメリットになる、という点に今回も期待しています」

館内で展示する魚たちや各コーナーの解説パネルのテキストを、香里武さん自身が手がける。解説文を書くうえで、来館者たちに向けたあるテーマを込めたという。

「最初は幼魚が漁港に迷い込むように『(来館者の)みなさんも迷い込んできてね』と書いています。それから幼魚たちそれぞれの生き様を解説して、最後送り出す時は幼魚たちも漁港の中である程度成長してから大海原に旅立つように『次はみなさんも、幼魚たちの生き様をヒントに現代の荒波を越えてください』というコンセプトで書いています。生きる世界は違えど、幼魚たちの生き残り戦術って、何か私たちにエールを送ってくれるような気がしますね」


« 幼魚たちの生き残り戦術が、私たちにエールを送ってくれる»


小さな命が教えてくれる
生き様と大きな可能性

幼魚水族館に入館してすぐのコーナーでは、季節に応じて駿河湾で採集した幼魚を次々に変えながら展示するという。漁港で見られる幼魚の種類は、四季によって異なるからだ。

「海の季節は、陸上の2カ月遅れでやってくるといわれています。水は温度変化に時間がかかるので、秋ぐらいに真夏になります。遅れているとはいえ連動しているので、地上が夏になるとやっぱり海の中も夏になって、死滅回遊魚というカラフルな魚たちが南から黒潮に乗ってきます。そうやって彩りがあるから夏の海も面白い。秋になると落ち葉が海面に落ちて、漁港の片隅が枯れ葉だらけになります。よく見てみると、枯れ葉に擬態している幼魚が現れたりして。ちゃんとわかっているんですよね、彼らは。この時期に、この姿でここにいれば、海鳥に見つからない、ということが。ちゃんと陸上とつながっているところがとても興味深くて、どの季節も面白いですね」

ずっと海を見続けてきたからこそ気づく変化や懸念もあるという。

「この30年で感じる海の変化としては、やはり温暖化の影響によるものですね。一番感じるのは冬に寒くならないので、海水温が下がるべき時に下がらないということです。これは深刻で、海藻は水温が低い時に育つものですが、最近ではまったくといっていいほど育っていない。春に隠れ家として海藻をよりどころにしていた黄緑色の幼魚たちが、パッタリと出なくなってしまったので、それだけ海藻が減ってしまっているということだと思います」

海ごみ問題も深刻だ。浮いているごみを海面上で放置すると分解され、マイクロプラスチックになる。そうなると回収することができず、魚たちの体内に入ってしまう。そこで香里武さんは、こんなふうに考えているという。

「なので根元を絶たなければいけない。自分ができることとして、漁港に行けばタモ網をもっているという強みがあるので、ごみをすくえます。子どもたちと一緒に幼魚採集をする際は『幼魚をすくうために、ごみごとすくうといいよ』と言うと、みんな一生懸命ごみをすくってくれるんです。環境問題とか悲観的なごみ問題じゃなくて、『幼魚の面白さ』が1つのきっかけとなっています。幼魚を入り口にして、見つけたごみをすくってくれるモチベーションが生まれてくれるだけで、長い目で見れば結構な変化があるんじゃないかな、と思いますね」

ごみと一緒に幼魚をすくうこと。ごみ掃除なんて言ったらゲンナリしてしまうけど、ここでは、幼魚をすくう歓び・楽しみと、ごみをすくうという大切な使命とが一体になっている。「すくう」ことは「救う」ことなのだ。なんと香里武さんらしい提案だろうか。

幼魚、という生まれてまもない命に触れることで、同じく生まれて日の浅い子どもたちには深く感じるものがあるだろう。そこには大人も学ぶことがたくさんあるはずだ。未来に向けて鈴木香里武さんは、幼魚と、子どもたちと、かつて子どもだった大人たちとを、こうして橋渡ししてくれる。


鈴木香里武(すずき かりぶ)

株式会社カリブ・コラボレーション代表取締役社長。日本心理学会認定心理士。幼少期から魚に親しみ、専門家との交流を通じて知識を蓄える。2008年に魚がもつ色や動きによる癒やし効果の研究に着手。水族館の音楽企画や社会人向けの講演活動、専門学校の講師として授業も行う。現在は北里大学大学院に院生として所属し、稚魚の研究を進めながらメディア出演や魚の映像資料の提供なども行っている。

幼魚水族館 : https://yo-sui.com/


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