Meeting With Remarkable People #53

チャールズ・ダーウィン

1809 - 1882

イギリス生まれの生物学者。
進化論を首唱し、生物学、社会科学および一般思想界にも
画期的な影響を与えたことで知られる。
著書『種の起源』はあまりにも有名である。


 生命はどのように誕生したか。ダーウィンの進化論は、この問いに対してそれまでの認識を根底から覆してみせた。革命的な仮説を見いだし、世界を揺るがせた、ダーウィンとはいかなる人物だったのか。

 1809年のイギリス中部で、代々医師を続ける一家の第五子として、ダーウィンは生まれた。父方の祖父は科学者として名声を得た、エラズマス・ダーウィン、母方の祖父は、陶磁器のウェッジウッド創業者である、ジョサイア・ウェッジウッドという、裕福で知的かつ、個性的な環境が周囲にあった。

 ダーウィンは従順でおとなしい子どもだった。8歳の時、母が病死。16歳の時、父の強い奨めによって、医者になるためにエディンバラ大学に入学した。しかし、手術の実習では強いめまいや吐き気を催すなど、医術に対する拒否感があったようだ。父は、彼を牧師にしようと考えを変え、ケンブリッジ大学に入学させた。

 ダーウィン自身の興味はもっぱら博物学にあった。小動物、昆虫採集を好み、植物学教授ヘンズローは、早くからダーウィンの才能に気づき、研究旅行に連れて行くようになった。

 1831年、22歳の時、猛勉強の末、学士試験に合格、牧師の資格を取得した。その頃、調査用軍艦のビーグル号が、世界一周に向けて旅立とうとしていた。教授たちは、ダーウィンを博物学者として乗船できるよう推薦した。一度は父の反対で断念しかけたものの、母方の伯父の説得で、ついに乗船が叶う。体が弱かったダーウィンはその事実も隠し、このチャンスを掴んだ。

 こうして5年間に渡る航海が始まった。船酔いに苦しみながらも、ダーウィンの熱意は衰えなかった。未知の土地に上陸するたびに、熱心に動植物を観察、採取した。ガラパゴス諸島での鳥類の変異に着目、その後の進化論につながるイメージを得た。
彼の旅は『ビーグル号航海記』として、その詳細な記録が残されている。

 1836年10月、27歳で帰国。資料整理などをしながら、ロンドンで忙しい日々を過ごす。1839年、30歳の時、いとこのエマと結婚。10人の子をなすが、そのうち3人を幼いうちに亡くしたことで、自分の持病と近親結の弊害について思い悩んだといわれている。

 大学などに属さない在野研究者であったにもかかわらず、ダーウィンは著書によって注目されるようになる。しかし、健康状態が一段と悪化し、めまいや吐き気は、生涯、彼を悩ませた。1842年、33歳の時、健康のために、イギリス南東部のダウン村に移住。この地で、持ち帰った標本の記載や、フジツボの研究を続ける。

 1859年、50歳の時、『種の起原』を完成。この進化論は、それまでのキリスト教の世界観を一変させ、宗教界からは激しい批判が起こった。同時期にアルフレッド・ウォレスも自然淘汰説を提唱していたが、ふたりの論文を並べて発表するという形が取られたため、「ダーウィンの進化論」が表向きには浸透することとなった。1877年、ケンブリッジ大学はダーウィンに名誉博士号を授与した。

 論文発表以降も、性淘汰のアイディアの追求や、ミミズの研究など、知的活動を止めることはなかった。晩年の暮らしは、妻と子どもに囲まれた穏やかな生活だった。1881年、72歳の時、心臓発作で倒れ、翌年、永眠した。

 ダーウィンは、当時でもかなり変わり者だったと言っていいだろう。しかし、年長者にかわいがられ、世界中の人々と文通する親密性も持っていた。世界を一変させた進化論は、もの静かで病弱だが、好奇心では誰にも負けない、ひとりの男の熱意が実らせた革命だったと言えるだろう。「強さ」とは、様々な形を見せるものなのかもしれない。


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種の起源 上・下
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下:990円(税込)

19世紀、ビーグル号に乗って未知の世界を旅したダーウィン。そこで見た様々な生物を目の前にして、生物の変容の過程というヴィジョンをその手に掴んだ彼は、前代未聞の進化論を提唱する。生物学、社会科学、一般思想界に大きな影響を与えた彼の主著。

ミミズによる腐植土の形成
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