Meeting With Remarkable People #59

ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン

1889 - 1951

オーストリア生まれの哲学者。
数理理論学を修士。ケンブリッジ大学教授。
論理実証主義、また言語分析の哲学をはじめとして、
以降の哲学全般に大きな影響を与えた。


 1889年4月、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインは、8人兄弟の末っ子としてウィーンで生まれた。両親はともにユダヤ系、父は製鉄産業で大きな成功を収め、一代で莫大な財産を築き上げた。邸宅は「宮殿」とも呼ばれ、ブラームスやマーラーといった、著名な音楽家や芸術家が集うサロンでもあった。世紀末ウィーンの刺激的な環境で育った兄弟達は、学校へは通わず自宅で教育を受けていた。

 1903年、14歳の時、ルートヴィヒは、リンツの実技学校へ入学。数学や自然科学を学んだ。成績は、あまり良い方ではなかったという。華やかな生活を送る一家であったが、兄弟には、うつ病や自殺の傾向があり、実に男兄弟4人のうち3人が自殺している。ルートヴィヒは、相次ぐ兄たちの死に大きなショックを受け、自身もつねに自殺への衝動と戦っていた。高等学校卒業後、ベルリンのシャルロッテンブルク工業大学へ入学、航空工学を学ぶ。1908年、19歳の時、イギリスへ渡り、マンチェスター大学工学部に研究生として登録。しかし、彼の関心は、次第に数学へと移ってゆく。1912年、23歳の時、ケンブリッジ大学に登録。哲学者、論理学者であり数学者のバートランド・ラッセルと理論学の共同研究を行う。

 1913年、24歳の時、父が死去、莫大な遺産を手にする。彼は、ノルウェーのショルデンという村に滞在し、世捨て人のような生活を送りながら論理学の研究に没頭。1914年、第一次世界大戦が勃発。ヘルニアを患っていた彼は、兵役を免除されていたが、自ら志願してオーストリア・ハンガリー軍へ入隊。

 1918年、29歳の時、捕虜となり、イタリアのモンテカッシーノにある収容所へ収容。ケンブリッジ大学時代の友人、経済学者ケインズを介して、ラッセルに『論理哲学論考』の原稿を送る。彼は、この原稿の完成によって、すべての哲学的問題は解かれたとみなした。釈放後、実家に戻った彼は、自分の全財産を兄と姉に与えてしまう。論理学に対して情熱を失った彼は、哲学の道を離れ、ウィーン師範学校を卒業し、小学校教員となる。

 1921年、32歳の時、ラッセルの尽力により、『論理哲学論考』が『自然哲学年報』に掲載。翌年、独英対訳版が出版されると、ウィーンの哲学者の間で話題になった。1926年、37歳の時、体罰事件を起こした彼は、学校を依願退職。ウィーンへ戻り、修道院の庭師になる。哲学について議論することはなるべく避けていた。

 そんな彼に、転機が訪れる。1928年、39歳の時、数学者ブラウアーの講演を聴き、衝撃を受けたのだ。周囲の励ましで、再びケンブリッジ大学に戻ることを決意。1929年、40歳の時、『論理哲学論考』で博士号を授与され、翌年には、大学で講義を始める。

 1938年、49歳の時、ナチス・ドイツのオーストリア併合を知り、イギリスに帰化。1939年、50歳の時、第二次世界大戦勃発。彼は、ロンドンの病院で奉仕活動を行った。1944年、55歳の時、ケンブリッジ大学へ戻り、講義を再開、3年間勤めた。1949年、60歳の時、前立腺癌であることが判明。翌年、親しかった哲学者アンスコムの家に身を寄せ、『確実性の問題』を書き始める。病状は次第に重くなり、1951年4月29日、62歳で死去。死の2日前まで『確実性の問題』に取り組んでいた。

 激動の時代を生き、二十世紀の哲学地図を二度に渡って塗り替えたウィトゲンシュタイン。彼の思考は、哲学という枠組みをはるかに越え、今もなお、迷宮のように広がっている。


Related Books


論理哲学論考
ウィトゲンシュタイン
岩波書店
770円(税込)

ウィトゲンシュタインが生前に刊行した唯一の哲学書。「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」という衝撃的な言葉で終わる本書は、体系的に番号づけられた短い命題の集積から成る、極限にまで凝縮された独自な構成となっている。

反哲学的断章
文化と価値
ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン
青土社
2420円(税込)

透徹した知性によって、既成概念を粉砕したウィトゲンシュタインだが、彼の手稿の中には、直接的には哲学とは呼べないようなメモがたくさん残っている。深みをたたえた美しい文章は、ある意味で、ロジカルな哲学的文章を超えた何かを感じさせる。

色彩について
ルードウィヒ ・ウィトゲンシュタイン
新書館
1980円(税込)

死を前にしたウィトゲンシュタインの哲学的色彩論。なぜ色盲や盲目は、「正常な視覚」からの逸脱であるのか? 大勢の人間で「純粋な色」を語ることはできても、「純粋な色」を同時に見ることはできない理由とは? 色に対する私達の姿勢に、一石を投ずる。

ウィトゲンシュタイン 哲学宗教日記
ルートヴィッヒ・ウィトゲンシュタイン
講談社
2200円(税込)

20世紀を代表する哲学者ルートヴィッヒ・ウィトゲンシュタイン。死後40年以上たった1993年、存在すら知られていなかった一冊の日記帳が発見された。そこには精神生活や宗教体験、哲学的変貌という、知られざる彼の内面を明らかにする内容が記されていた。

関連記事