アタマよりカラダ、それも味覚ほど敏感に歓びをキャッチできる器官はないだろう。
確固とした信念から送り出されるおいしさと健康に多くのファンが魅了されてきた
菜食インド料理レストラン ナタラジを訪ねた。
インドならベジタリアンは ごく普通のこと
日本人は非常にカレーの好きな国民だと言われる。だから、カレーを出す店は全国に山ほどある。しかしその中で、「菜食の」というと、なにか特別な感じがしてしまう。しかし広報の鹿野さんによると、インドではごく一般的なことだという。
「インドでは、ベジタリアンであることはごく普通のことです。どこの店でもノンベジとベジタリアンの料理と両方あります。これについては、宗教上の理由でそうしている人もいますが、動物性の食品を摂ると動物の攻撃的な影響があると言われています、そう語ってくれたインド人オーナーの作るカレーを食べるとすごく美味しかったんです。それで『じゃあ、こういう美味しい菜食インド料理を、いつでもみんなで食べられるようにできたらいいね。お店をやってみようか』ってことで、友人同士でお店を探して、まず高田馬場に手頃な、20人くらい入ればいっぱいになるような所でしたけど、そこからナタラジがスタートしました」
そのオープンが1989年9月。今年(2024年)で35周年を迎える。店舗は現在、原宿、渋谷、荻窪の都内3箇所と、長野県茅野市に蓼科店がある。
35年前は「ベジタリアン」という言葉もさほど流通しておらず、当初は客とのやりとりも苦労が多かったという。
「どうして肉がないの? チキンカレーは? って感じでした。メニューもベジタブルとチャナマサラ(ひよこ豆のカレー)、最初はカレーはそれだけ。この2つは今もあります。早稲田通り沿いにあったので学生さんがよく来てくれたのは良かったですね。時々、何十年も食べに来てくれている方で『えっ、ナタラジって、馬場にあったあのナタラジですか? 同じ店なんですね!』とびっくりされる方がいらして、ありがたいし、うれしくなります」
言葉が無い時代から 「大豆ミート」を提供
最初はカレーのメニューも2つだけ、と書いたが、3番目をうかがって「あっ」と声が出た。間違いなく菜食インド料理でありながら、肉のような食感を味わえるあれである。
「若い学生さんが多かったこともあって、しばらく経ってからも相変わらず『肉はないの?』とよく聞かれていました。あんまり言われるので、『よし、じゃあそういう食感のメニューを作ってみよう』とオーナーが考案したのが、今で言う『大豆ミート』です。もっとも当時は『大豆ミート』なんて言葉はなかったですけど」
なんと!あの大豆ミートを30年以上も前から出されていたとは。まさしく先見の明である。
「インドにもあるんですけど、丸くてコロコロ固くて美味しくないんです。それをオーナーが改良して、今みたいなジューシーなチキンのような食感にしました。当初はルーもスパイスをいっぱい入れて、ものすごく辛くて、お客さんは汗をかいていました。辛さを減らせばいいのではと思いましたが、オーナーはそうせずに『あのお客さんは汗をかいてる。ヨーグルトかレモンを持っていったらいいんじゃないか』といろいろサービスしていました(笑)。
このメニューは『大豆ミート』ではなくシンプルに『ナタラジカレー』という名前にして、特に男性にファンがたくさん付きました。ナタラジカレーとライスは男性の定番。今も当時とほぼ同じレシピです。この辛口カレーのおかげで、だんだんお客様が増えました」
山梨と千葉に自家農園 無農薬野菜を 安定的に確保
ご自身もベジタリアンの鹿野さん。ずっとその食生活を続けてきて、さて体調はどうなのだろう。率直にお訊ねしてみた。
「私は魚は法事の席などで少しだけ、肉はまったく食べない生活を続けています。ありがたいことに大病も入院も経験がなく、風邪も引きにくいですね。花粉症もありません。
肉を食べないことそのものより、食生活を大事にする意識をオーナーから学びました。インドの人って食べている最中は、水も飲まないんですよね。最後になってガッと一気に飲む。日本人はけっこう水を飲みながら食べますが、インド人はそうではない。そうしてカラダを冷やすことを避けるといいますか。私もなるべくそうしていますが、実際、そのほうが良いように感じます」
そして大切なのはやはり、どこで育った野菜をどう入手するかだ。ナタラジでは、店で調理に使う旬の食材は、ほぼ自家農園で育てている。
「山梨と千葉に自家農園を所有しています。これもオーナーの、野菜も自分たちで手がけたほうがいい、という考えから来ています。野菜は獲れない時もありますから100%とはいきませんが、店で使う野菜はできる限り自分達で育てています。私も農園にお手伝いにかり出されたりしていましたが、今はちゃんと専属スタッフがいます。農園ももう20年以上の歴史があります」
最近、そもそも野菜の値段は全般的に高騰しているし、まして無農薬野菜となると高くつきそうである。その点、自家農園があるとなればしっかり管理の目が届くし、高い材料費を食事代に乗せなければならない事態も避けることができる。
「山梨は大根、千葉はカリフラワーが得意です。きゅうり、トマト、キャベツ…… 夏野菜はどちらでもよく獲れます。それににんじんやニンニク、生姜なんかも。20種類くらいは育てていると思います」
獲れすぎるくらいたっぷり獲れた時は店頭で販売することもあり、これがまた他の一般的なカレー店にはない特長になっている。
苦しかったコロナ禍 クラウドファンディングで感激
ナタラジで驚かされるのは、ヴィーガン専用メニューブックがあることだ。ヴィーガンは、肉、魚はもちろん、卵も乳製品も食べない、いわば「完全菜食主義者」。徹底しているが、言い方を変えれば非常に厳しく、不寛容で、店にとってはやっかいな存在ではないのだろうか。
「インド人はチャイを飲むのが大好きですから、ヴィーガンはめったにいません。しかし最近では日本でもヴィーガンの方は増えてきて、皆さん、『私はヴィーガンです』とはっきりおっしゃいますね。そこで、ベジタリアンと混同してしまう危険を避けるため、ヴィーガン専用メニューを完全に別に作り、対応しています。ヴィーガンの方々には『ナタラジはオアシス』と呼ばれているそうです」
こうして常に店に来る客の要求に応え、健康を支えるメニューと美味しさを提供し続けてきた同店だが、図らずも2020年、どうにも避けられない試練がやってきた。日本中の飲食店に訪れた災厄、そう、コロナ禍である。
「2021~22年頃の飲食店はどこも厳しかったと思います。私たちも店を開けてはいましたが、規制で時短営業だったし、蓼科店もガラガラでしたから、この先、存続できるだろうかって考えたこともありました。うちの場合ランチはブッフェがメインです。ブッフェが嫌がられてセットメニューだけになったのも苦しかったですね」
しかしやがて突破口が開かれる。そしてその明るい出口は、まさに30年以上継続してきた実力と人気を証明するカタチとなった。
「クラウドファンディングをやったんです。すると予想を超える支援をたくさんいただいて、励ましの声もいろいろいただきました。同じ方が何度も何度も支援してくださったこともあります。これにはスタッフ一同、大感激です。ああ、こうしてお客様に支えられてきたんだって、ほんとに実感しましたね」
感慨深そうに感謝を語る鹿野さんだが、クラウドファンディングはまさにその感謝、通い続けた客側からナタラジという店に向けたもう一方のベクトルの感謝そのものではないだろうか。そして、「店が無くなってもらっては困る!」という切実な願いもそこには込められているはずだ。
ここまで読んでくださった方で、まだ一度もナタラジを味わったことがないという方は、ぜひ訪れてみていただきたい。種類豊富な数々のカレー、中には「豆腐カレー」なんて他には絶対にないようなユニークなメニューもありますよ。ぜひ。
プロフィール
菜食インド料理レストラン ナタラジ
お話を伺った店 ナタラジ原宿表参道店
東京都渋谷区神宮前6-28-6-8F
☎︎03-6427-7515
関連書籍紹介
菜食への疑問に答える13章
生き方が変わる、生き方を変える
シェリー・F・コーブ / 新評論
¥2750(税込)
植物なら食べてもいいの?お乳や卵はいいんじゃない?動物も他の動物を食べるけど?著者が菜食の実践に至ったのは、大量生産・大量消費されつづける畜産動物の宿命を知ったことがきっかけだった。非菜食の人から寄せられる問いに答えながら、菜食という生き方を選んだ理由を語る。
MODOKI菜食レシピ
肉・魚・卵・乳製品なしで作る「もどき」料理
iina / PARCO出版
¥1,650(税込)
牛丼にカキフライ、フィッシュバーガー、シュウマイなど、和、洋、中の食事のメインとなるこってり系の料理が、ヘルシーにおいしく大変身。比較的手に入れやすい、動物性食材と白砂糖抜きの食材を使う。意外な食材の組み合わせで、こんなにおいしい風味が出せるのかと、創造的な料理の妙が楽しめる。
こころとからだが目覚め出す ケララ秘伝 暮らしのアーユルヴェーダ
身近な素材でできる季節のレシピ
田村ゆみ、伊藤 武 / めるくまーる
¥3,520(税込)
アーユルヴェーダという言葉をよく聞くようになって久しいが、その実像は未だ漠然としているように思う。著者はアーユルヴェーダの本場ケララに飛び込み、実地に学び、体験した人。季節の移ろいに応じた身体のケアや食事法、アーユルヴェーダの理念や歴史などを紹介。理念がわかると日本の暮らしへの応用方法も見えてくる「いのちの取扱説明書」。 著者の人柄か、のびやかに活写された現地の暮らしぶりも、旅行記のような読み物として楽しい。
無国籍ヴィーガン食堂「メウノータ」の
野菜がおいしい!ベジつまみ
伴奈美 / 河出書房新社
¥1,650(税込)
東京の高円寺にある「メウノータ」は、菜食でない人も満足できる評判のヴィーガン料理店。バルやビストロに出てくるようなしっかりとしたコクの美味しい料理を作る秘訣は、植物性の素材のみで作る味つけのもととなるソースやバター、チーズなど。ベジアンチョビソース、アレンジ料理も絶品の野菜パテ、キノコで作るアンチョビオイル、黒豆のフムスなど、繰り返し作りたい旨さの展開レシピが並ぶ。
ピョートル・クロポトキン / 同時代社
3300円(税込)
本書はプルードン、バクーニンと並び、近代アナキズムの発展に貢献した、クロポトキンによる小論文をまとめたものである。戦いに勝つ適者が生存するのではなく、困難における相互扶助が人間、生物の本来の姿であることを説く。
森元斎 / 筑摩書房
968円(税込)
時代が進むにつれ、社会はより成熟していくはずが、刺々しくケチケチした雰囲気に覆われている気がするのはなぜなのだろう? 若き哲学、思想史研究者が確かな知識をベースに、しかしアナーキーに砕けた文体で、生物としての原初の営みを取り戻す、優しき共生の思想であるアナキズムへと私たちを誘う。
エリック・ホッファー / 紀伊國屋書店
2200円(税込)
「沖仲仕の哲学者」エリック・ホッファーは、参加する人達の負の心理から大衆運動というものが立ち上がる事を紐解いた。参加するのは自己の価値を見失った人々で、集団化が更に個性を奪う。創造性を持てば人は現在を軽視しないと、彼は説く。ホッファーの独特で率直な視点は、ネット社会において大衆運動が形を変えた現代においても示唆に富む。
人を助けるとはどういうことか
本当の「協力関係」をつくる7つの原則
エドガー・H・シャイン / 英治出版
2090円(税込)
途上国への金銭的な援助や、ボランティアの現場など、支援する人は、相手がよりよい生き方をするために、自分たちは何をするべきなのか? という視点が必要だ。本書は、今まで見過ごされてきた、協力関係の当たり前の原理を読み解く。目の前にいる人を助けることから始めて、さらには、目に見えない人を助けてゆく。そういう人が一人でも増えてゆけば、仕事とお金、そして社会全体の労働環境も少しずつ、変わってくる。
富永京子 / 左右社
1925円(税込)
自分の意見を言い、行動することに感じる抵抗感とは一体何なのだろうか? 自分の不自由を表明することを「わがまま」と名付け、その「わがまま」を伝えあうことで、総員で社会を作り上げることを目指しつつ、自身を表明することで周囲から浮き立つことを極端に恐れる日本人の心理を社会学的にひも解いていく。エクササイズ付き中高生向け講座の体裁をとりながら、読むべきはまずは私たち大人である。
ソーシャル・プロジェクトを成功に導く12ステップ
コレクティブな協働なら解決できる! SDGs時代の複雑な社会問題
佐藤真久、広石拓司 / みくに出版
1980円(税込)
これまで数々の環境問題や福祉、地域づくり、国際協力に関わってきた著者が、ソーシャル・プロジェクトを成功に導くための考え方と進め方を丁寧に教えてくれる本書は、現場で役立つ実践的な内容。様々な要因が絡み合った複雑な社会問題に挑むには、たくさんの人がつながって、できることを持ち寄る「コレクティブな協働」が不可欠だと言う。問題のない社会ではなく、問題に対応できる社会システムを構築するための基本書。