Creators Column

旅のスケッチ 道行く人の語らい #5

建築家 / 村山雄一

「みんな連れてくれば良かった」 黒い岩肌を見たとき、私はそう思った。

小学生時代を過ごした家のすぐ裏は山であった。
その山並みに三方を囲まれるようにして、 10 軒の同じ形をした家が建っていた。
土地の人は、この地をカンノン山と呼んでいた。
山の頂きには、大きな黒い岩が聳え、 今にも落ちてきそうな様子で立っていた。
岩には割れ目があり、中に入るとそこは 自然に出来た洞窟になっていた。
壁の段差のあるところには白い塩が三角に盛ってあった。
誰かが時折お参りに来るらしかった。
でも誰もその姿を見かけた者はなかった。

山とともに四季を肌で感じ、山に抱かれて遊んだ私達は
皆兄弟のように親しく、仲良しだった。
家々の煙突に煙が立ち昇っても私達はまだ山にいた。

季節は雨季の頃であった。
黒い岸壁のかたまりに、木々の緑が生えて美しかった。
岸壁に穿たれた入り口、その一つ一つを訪ね歩いて、 中の様子をスケッチした。下に川が流れていた。
丁度このスケッチを終えた頃、 フトしたことで、手に持っていた筆を その川に落としてしまった。
2000年もの時を経た今、 川の流れは、日本の墨を含んだその筆で
この私の白い紙の上に、どんな動きを見出し、
何を顕現してくれるのだろうか……。

次号に続く



建築家 村山雄一(むらやま たけかず)

1945年北京生まれ、佐賀県出身。早稲田大学理工学部建築学科卒業後、76年に一級建築士免許を取得。その後、旧西ドイツに渡り、ルドルフ・シュタイナーの人智学思想の研究。その間、ヨーロッパ各国をスケッチ旅行、ギリシャ、トルコ、エジプト、インド、ヒマラヤにも及ぶ。西ドイツ、オーストリアの建築事務所勤務を経て84年に帰国、横浜に村山建築設計事務所を設立。
http://www.murayama-arch.com

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