Meeting With Remarkable People #65

カリール・ジブラン

1883 - 1931

レバノンの詩人、哲学者、画家、彫刻家。
宗教や哲学に基づく、普遍的なエネルギーに満ちた詩や絵画などの作品を生み出し、
20世紀のウィリアム・ブレイクと称された人物。
アメリカでは、アラブ系作家として最も著名な存在。


 30カ国以上の言語に翻訳され、世界中の人々に愛読される『THE PROPHET(預言者)』という本がある。著者は、レバノンで生まれ、移民としてアメリカに渡ったカリール・ジブランである。伝説的な本を残した、彼の一生を追ってみたい。

 1883年、現在のレバノンの山間部のビッシャリ村で、キリスト教徒の家庭にジブランは生まれた。生活は貧しく苦しかった。父親は、詐欺と脱税のために投獄されるなど、住む土地も没収され、貧困の中で育ったジブランは、教育も受けられず、孤独に考えにふける子どもであった。原始キリスト教の流れを汲むマロン派司祭の娘だった母親は、無教養だが強い意志を持ち、親戚を頼ってアメリカ移住を決意する。

 1894年、11歳の時、母と兄弟と共に渡米。ボストンに居を構えたが、生活は貧しく、母は、行商人として生活費を稼いだ。貧困移民としての環境は厳しく、家族の中でジブランただひとりが、学校教育を受けられることになった。成績が優秀で奨学金が得られたジブランは、初等教育をボストンで受けた。スラムと移民の子どもの芸術的才能を援助する団体で、知と芸術に対する刺激を受けたという。

 1898年、アラビア語をマスターしたいという願望をもち、一時レバノンへ帰国。ベイルートのハイスクールで高等教育を受け、15歳の時、習得したアラビア語で『THE PROPHET(預言者)』の草稿を書いた。のちに「私はこの本を書くために生まれてきたのだ」と語っている。

 1903年再び渡米する。しかし、再渡米後、まもなくジブランは、兄と母を結核で亡くしてしまう。

この頃、ボストンのアメリカンスクールでマリー・ハスケルという女性校長と出会い、彼女から生活の援助、芸術活動のサポートを受けるようになる。後には恋仲にもなっていき、恋文を含む往復書簡集も出版されている。

 22歳の時、アラビア語の散文詩『音楽』で文壇デビュー。1908年、25歳で渡欧。2年間パリに滞在した。美術学校に学び、彫刻家オーギュスト・ロダンに師事した。ロダンは、ジブランの才能を愛し、現代のウィリアム・ブレイクにたとえて絶賛したという。また、音楽家ドビュッシーとも交遊があった。

 1910年、27歳でボストンへ戻り、『THE PROPHET』を英語に書き直し、その後も何度も推敲を重ねた。また、アメリカのアラブ移民の文学者サークルの中心人物となり、生涯の親友となるミハイル・ナイーミと出会う。29歳の時、初のアラビア語による長編小説『折れた翼』をニューヨークで刊行。アラビア語文学界では高い評価を得た。

 1916年、33歳の時、オスマン帝国の支配が強まり、母国は飢餓に苦しんでいた。ジブランは救済基金を集める活動を始める。35歳、英語による初の著書『THE MADMAN(狂人)』を出版。1920年、『THE FORERUNNER(先駆者)』を発表した。

 1923年、40歳の時、ついに20年以上にわたる推敲を重ねた『THE PROPHET』を英語で出版、それがベストセラーとなり、国際的な作家としての地位を築く。この作品は、彼が最も傾倒し尊敬していた思想家ニーチェの『ツァラトゥストラかく語りき』への深い感銘によって生み出された。

 長く援助を受け、恋人だったメアリーとは、この頃別れることとなった。名声を手にした彼だが、体の不調と痛みで、禁酒法下にもかかわらず大量のアルコールを摂取するようになる。1931年、結核と肝硬変のため、48歳の若さでニューヨークの病院にて死去。彼の希望どおり、遺体は故郷の村の修道院に葬られた。

 20世紀前半の最大の詩人のひとりと言われるジブラン。長年、レバノンを含むアラブの地域は、民主化運動や欧米との紛争が絶えないが、ジブランは、その境界を越え、普遍的な知の在り方を示してくれているようである。


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