Meeting With Remarkable People #68

役小角

634 - 701

7~8世紀に奈良を中心に実在したと考えられている人物。
修験道の開祖とされていて、数々の伝説がある。

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本覚円融の月は
西域の雲に隠るるといえども

方便応化の影は
なお東海の水にあり

―『役行者ものがたり』より―


 797年に完成した史書『続日本紀』によると、役小角(えんの おづの、えんの おづぬ)は、634年大和国葛城上郡茅原(現在の奈良県御所市)葛木山のふもとに生まれたとされている。父は、当時の豪族の賀茂氏に仕える家臣。「小角」は楽器の名に由来しており、祭祀や雅楽に関係する職業であったことが推察される。ちなみに小角は彼の幼名であるが、成人名は伝えられておらず、後には、役行者(えんのぎょうじゃ)、役優婆塞(えんのうばそく)など尊称で呼ばれることが多かった。

 小角は、幼少の頃から類い希な力を発揮したといわれている。4歳の頃、土で仏像のようなものを作ったり、7歳で誰にも教わらないのに梵字を書き始めたという逸話が記されている。また13歳の頃からは毎夜、葛木山に登り、朝になると戻ってくる生活を送っていたらしい。17歳の時、彼は家を捨て葛木山での本格的な修行に入ることを決意する。

 さて、当時は日本における仏教の黎明期。小角は元興寺で学んだともされているが、彼の霊的な修行は独自の道から生まれたといえるだろう。深い山の中で、草を食べ、厳しい鍛錬をつんだ彼は、19歳の時、インドで大乗仏教の基盤を確立した龍樹(サンスクリット語のナーガールジュナ)と時空を超えて通じ受法。また、金峯山上での千日修行の末に金剛蔵王権現が出現し、感得を成し遂げたという。

 神通力を操り仙人と遊んだと伝えられる小角は、伝説の主人公として語られることも多いが、様々な史実が残っていることからも、彼自身が非常に霊的資質の高い人物だったことは間違いないようだ。彼の伝承の中で興味深いのは、たとえば金剛蔵王大権現を受法するおりに最初に現れた観音や弥勒菩薩では満足せず、より強い力を持つ金剛を求めたり、葛城山にいた神、一言主(ひとことぬしのかみ)を叱りとばしたりと、仏や神に対しても決然たる態度で臨んでいることだ。また、前鬼(ぜんき)後鬼(ごき)という二匹の鬼を従者として役立てていたという。

 悟りを得た後の彼は、諸国を周り、霊山高峰を巡るようになる。現在日本で霊山とされるほとんどの山が役行者の開山伝説を伝えていることは、たいへん興味深い。まさに日本のスピリチュアリズムの源流を築き上げたひとりといえるだろう。

 しかし、彼の神通力は次第に朝廷に知られることとなり、その力を恐れた天皇は、謀反の疑惑により伊豆大島への流刑を命じる。すでに65歳になっていた小角は、母を人質にとられていたことから、おとなしく捕獲され、疑いが晴れるまでの2年間を大島で過ごした。伝承によれば、この時も小角は毎夜、空を飛び海を歩いて富士山に遊びに行ったりと、自由自在に動き回っていたらしい。

 701年に放免された彼は、故郷の葛城山に戻る。そして68歳の時、弟子たちに「本寿は限りはないが、化寿は今に至った」と告げ、天井ヶ岳にて微笑みながら静かに息をひきとったという。

 小角の遺訓には「身の苦によって心乱れざれば、証課自ずから至る」とある。つまり、自らの身体でそれぞれに体験し、その精神を高めていくところに神髄があると説いているのだ。

 当時の日本は大陸からの移民、仏教の伝来などにより、文化が大きく変容を遂げた時期でもあった。山には日本古来の民たちが生きていたことから、小角はそのスピリチュアリズムをも受け継いだとも考えられる。体制に流れず自ら信じるところによって、より高い霊的な高みを目指すという姿勢は、現代社会においても学ぶべきことの多い生き方ではないだろうか。


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役行者ものがたり
銭谷武平
人文書院
1540円(税込)

役行者は、日本の歴史上の中でも、類を見ない不思議な存在である。幼児の時からサンスクリットを操る神童であり、超能力を使ったり、空を飛んだりすることができたという。様々な力を操った役行者であるが、その力は主に民衆を助ける方向に向かっていた。いわばアンダーグラウンドの世界のスーパーヒーローといったところだろう。そして彼は修験道の開祖となる。神秘的な力の存在する山の中で修行を行うことによって、超人的な力を獲得する修験道。日本では古くから、山には神秘的な力が宿っていると考えられており、山岳宗教も今なお残っている。山に住む霊的な存在といえば、天狗がいるが、天狗も修験道の姿格好をしていることが多いことから、神秘的な力を発揮する行者たちから想像されたものなのかもしれない。今では、修験道一日体験コースなどというプログラムもあるらしい。山に深く分け入り滝に打たれれば、心が清められていくのだろう。山や樹木が持つ力とこだまして、生物なら必ず備えている本能的で神秘的な能力がよみがえってくるのではないだろうか。

役小角読本
藤巻一保
原書房
2090円(税込)

安倍晴明と並んで日本の呪術師として有名な役小角。孔雀明王の呪法を自在に操った役小角、仏教を広めたとして徳の高い役小角など、様々な表情をみせる役小角をそれぞれの史実から説話までを取り上げ、考察している。興味深い挿し絵も多く、非常に読み応えのある本。


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