白隠
江戸時代の禅師。
臨済宗「中興の祖」と称えられ、
江戸時代に低迷した臨済禅に、
新しい風を吹き込み、蘇らせた。
禅の民衆化に努めたことで知られる。
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若い衆や 死ぬかいやなら 今死にやれ
一とたび死ねば もふ死なぬぞや
何事も 皆打捨てて 死んでみよ
閻魔も鬼も ぎゃふんとするぞ
生きた中は 憂きもつらきも たのしみよ
侍ぢゃとて 死んでよかろか
― 『白隠禅師』より ―
1685年、駿河の原(現在の沼津市)、旅籠屋を営む一家のもとに白隠は生まれた。幼名は岩次郎。母は法華経への信心深く、彼も幼い頃から共に寺に行き、仏の教えに耳を傾けた。聡明だった彼は、次々と四書五経など読了していたが、同時に世の無常を感じる繊細な少年でもあった。そのため、14歳ですでに僧になることを志し、15歳で父母の許しを得て、生家から近い松蔭寺に出家した。その名を慧鶴(えかく)と改める。
しかし、禅の修行も彼の心を満たすことはできなかった。失望した彼は、詩文や墨跡に熱中するが、19歳の時、旅に出てひとり純禅の境地を目指した。5年間におよぶ行脚の後、故郷に戻ると、富士山が噴火。その最中も彼は微動だにせず座禅を続けたという。ついに1708年、23歳、慧鶴はある境地まで到達した。
1710年、25歳、慧鶴は信濃の飯山で庵を結んでいた正受老人(しょうじゅろうじん)を訪れる。老人は慧鶴の高慢さを一喝した。それからは、何を言っても何をしても、ののしられ叩きのめされるという、修行の日々が続いた。慧鶴は理不尽な仕打ちに苦しみながらも、自らの心を見つめ続けた。ある日、ひとりの老婆に竹箒で一撃を受けて気絶してしまったが、この体験がふいに開眼をもたらした。その日から世界が一変し、その後、正受老人は彼を我が子のようにかわいがったという。
こうして大悟に至ったはずの慧鶴だが、次第に精神状態が悪化し、呼吸不全、不眠に苦しむことになる。禅病と呼ばれたこの精神疾患は、いわゆるスピリチュアル・エマージェンシーだったのだろう。彼は噂に聞いた京都の白幽子(はくゆうし)という仙人を訪ねた。慧鶴は、道教の丹田呼吸法や内観法を学び、この危機を乗り越えることができた。
白幽子という人物は、彼の創作であったともいわれているが、そもそも禅の公案自体が論理のトリックを使って不明を解くもの。彼自身による工夫がここにあったのかもしれない。この時の教えを記した『夜船閑話』は、内観の方法と共に、禅の健康法を説いた名著として、現代に至るまで長く読み継がれている。
34歳で白隠と名乗るようになった彼は、後半生を日本各地への行脚と説法に費やす。時には、廃寺のような破れ庵に腰を据え、集る民すべてを拒まず受け入れた。彼の教えはそれまでの難解で激しい禅と違い、柔らかさを持っていた。
徐々に彼の評判を聞きつけて、人々が集まるようになった。衰退していた臨済宗も復興させ、「駿河には過ぎたるものが二つあり、富士のお山に原の白隠」と、その功績が富士山に匹敵すると讃えられ、歌われるようになった。彼の著した『坐禅和讃』は、今も坐禅の折に読誦されている。有名な公案「隻手の音声」は、彼の作による他病僧や武士、法華宗の老尼に宛てた書を中心とする『遠羅天釜(おらてがま)』も、彼の代表作として知られている。
生涯をかけて禅の修行に励んだ白隠は、36回の悟りを開いたと自ら語っている。晩年に至るまで公案を整理し、書物として残し続け、1769年、84歳、故郷の松蔭寺にて示寂した。
自らの精神的苦しみと克服のプロセスを他の修行者の助けとなるものへと昇華させた白隠。現代に生きる日本人にとっても、彼の残した足跡は大きな支えとなるはずだ。その証拠に、心理療法やホリスティック医学などの分野でも、彼の著作の価値が再認識されている。
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