モーリス・メーテルリンク
ベルギー生まれの詩人、劇作家。
ガン大学法学部に学び弁護士への道が開かれるが、
法廷に立つよりも文学の道を選びパリへ渡る。
子どもを主人公にした夢幻童話劇『青い鳥』は世界中で知られている。
1911年ノーベル文学賞受賞。
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われわれが自分たちのものとしている建築や音楽のモチーフ、色や光の調和といったものは、ことごとく「自然」から直に借りてきたものなのである。海や山や空や夜や黄昏を思い起こさずして、たとえば木の美しさをどう語り得るというのか。私が木というとき、それは森のなかで眺められる木であるばかりではない。森で眺められる木は大地の力のひとつであり、おそらくは人間の本能や宇宙感覚の主たる源泉であろう。しかし、私のいう木とはまた、木そのもの、ただ独り存在する木であって、老いてなお緑の姿に幾多の季節の重みを担っている木なのである。われわれが一生を通じてもつ幸福と平穏の澄みきった空洞を、そしておそらくはまたその奥底を、われわれの知らぬうちに作りだしているあのかずかずの印象の中には、必ずや美しい木々の記憶も留められているはずである。
― 『花の知恵』より ―
1862年、モーリス・メーテルリンクは、ベルギーのヘントに生まれた。14世紀から続く由緒ある裕福な家庭で、彼は幼少年期を送った。家の庭は運河に面しており、少年時代にその運河でおぼれて死にかけた、その時の臨死体験が、後の人生に大きな影響を与えたという。
1874年12歳の時、イエズス会の運営するサント・バルブ中学校入学。この頃から文学に目覚め、最初の詩を書いた。しかし両親の希望によってベルギーのゲント大学へ入学。法律を学ぶかたわら、詩や小説を書き続けた。1885年23歳の時、優秀な成績で法学部を卒業した。名目上は弁護士となったが法廷に立つことはほとんどなかった。
学友のグレゴワール・ル・ロワとパリに行った彼は、象徴派の詩人に出会い、文学者の仲間入りを果たした。そして、徐々に霊的神秘の世界へ興味を抱いていく。1889年27歳の時、初の詩集『温室』、続いて初の戯曲『マレーヌ姫』を出版する。するとフィガロ誌が『マレーヌ姫』を賞賛。彼は「ベルギーのシェイクスピア」と呼ばれ、劇作家として一躍有名になった。
この頃から霊的神秘への関心はさらに深まり、未知なる力の根源を探究するべく『闖入者』『ペレアスとメリザンド』など神秘主義に基づいた作品を次々に出版、上演した。1895年33歳の時、フランスの小説家、モーリス・ルブランの妹ジョルジェットと出会い、恋に落ちる。女優や歌手として活躍していた彼女は、グルジェフの弟子となったことでも知られている。
1906年、44歳、死と生命の意味をテーマにした夢幻劇『青い鳥』を書き上げる。この作品によって彼の名声はさらに高まった。同時期に発表した『死』『偉大なる秘密』などの著作では、オカルティズム、神智学、カバラ、錬金術、グノーシスなどを取り上げ超自然現象を肯定し、その立証を試みている。なかでも『死』は既存の宗教とは別の立場から死や死後の問題について書かれていたため、ローマカトリック教会は彼の全著作を「禁書」に指定した。
1911年、49歳の時『青い鳥』でノーベル文学賞を受賞。フランスのニースで理想の庭がある家を見つけ、移り住んだ。1914年、52歳の時、第1次世界大戦勃発。彼は入隊を希望するが受け入れられなかった。1918年、56歳の時、ジョルジェット・ルブランと別れ、翌年、ルネ・ダオンと結婚。長期アメリカ旅行に出かける。
1920年、58歳の時、フランス語フランス文学王立アカデミー会員に任命、勲章を授与される。世界各地を旅行しながら、自然の生命の神秘に親しみ『白蟻の生活』『蟻の生活』などを出版。68歳の時にフランスのニースに城を購入し移り住んだ。70歳の誕生日に伯爵の称号を受ける。
第2次世界大戦勃発するとドイツ軍の侵略について反対を表明していた彼は身の危険を感じ、アメリカへ渡る。そして終戦の2年後にニースへ帰ることができた。晩年も執筆は続けていたが、1949年86歳、ニースの自宅で息を引き取った。
人間の霊性、生命の神秘を見つめ続けたメーテルリンク。その独自性と探求心は、一生を通じて尽きることはなかった。人間が追い求め続けている、青い鳥はどこにいるのか。彼の作品は今も、その問いを投げかけ続けている。
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