Meeting With Remarkable People #72

メヴラーナ・ジャラール・ウッディーン・ルーミー

1207-1273

イスラム神秘主義として知られるスーフィの旋舞教団。
スカートをはいた信者が音楽にあわせて回転しながら踊る姿は、
イスラム教徒に限らず、世界中の人々を魅惑してきた。
彼らはメヴレヴィー教団に属する教徒たち。
13世紀の神秘詩人ルーミーこそ、その創始者だ。

From  Wikimedia Commons

人間の霊魂は神へと引き寄せられずにはいられない。所詮こちら側の世界には、ほんの束の間、肉体という仮の衣裳を身につけて滞在するだけなのだ。それどころかその精神は、メヴラーナの言葉によれば、鴉ではなくハヤブサであり、渡り鳥ではなく夜鳴鷲であり、納屋につながれた驢馬ではなくガゼルであり続ける。その人が神へと向かう愛を持ち合わせていれば、彼の外見や地位がどのようなものであろうと、彼は天空よりもなお高い価値を持つ者なのである。
『神秘と詩の思想家 メヴラーナ』より 


メヴラーナ・ジャラールッディーン・ルーミーは、1207年、現在のアフガニスタン北部バルフに生まれた。父は高名な神学者だった。当時のバルフは中央アジアにおける重要都市だったが、勢力を拡大しつつあったチンギス・ハンが、西方に向けて進軍を開始。1219年、12歳だったルーミーは、モンゴル軍の来襲を恐れた家族と共に郷里を去った。10年間の流浪の旅の後、たどり着いたのがトルコのコンヤである。ルーミーという名は、彼が残りの生涯を過ごしたトルコ(ルーム・セルジューク朝)にちなんで号された。

父が亡くなった後、父親の高弟の指導で神秘主義を修行し、シリアにも留学した彼は、当代一流の学者として知られるようになった。そして37歳の頃、放浪の老托鉢僧シャムス・アッディーン・タブリージと出会う。この老師との出会いは、彼の生き方を一変させた。真の神の姿とは愛そのものであると気づいた彼は、神学者としての生活を放棄して、日夜師に仕えることを選択、神秘主義詩人ルーミーが誕生した。まもなく師は亡くなったが、彼は陶酔的な叙情詩を書き続けた。彼の元には弟子達が集まりだした。

陶酔し忘我の境地に至るという信仰形態は、旋回舞踊という独自の祈り方をも生み出していった。これは、ルーミーが鍛冶屋の鉄をきたえる金槌の音に共鳴して我を忘れ、踊り始めてしまったことが発端となったと伝えられている。回転は宇宙の運行を表し、回転することで神との一体を図る。悟りの境地に達した時、すべてを委ねきった旋舞の行為は、そのままアッラーの手の上で舞う姿となる。

弟子のすすめにより、ルーミーが晩年になって着手したのが、神秘主義詩の最高傑作と呼ばれる『精神的マスナヴィー』である。50代半ばから生涯が尽きるまで、14年間続けられたこの創作は、全6巻2万5000句に及ぶ。寓話や歴史、伝説のなかに神秘主義の教説のエッセンスが盛り込まれ、その完成度の高さはペルシア語のコーランとも称される。その他の著作としては、陶酔の抒情詩集『シャムセ・タブリーズ詩集』、散文として『ルーミー語録』『七説話』がある。

1273年、66歳でルーミーはその生涯を終えた。彼の弟子達はコンヤに墓廟を作り、その教えを引き継いだ。そして、「我らの師」という意味の「メヴラーナ」、その「師に従うもの達」という「メヴレヴィー」が、現在に続く教団の名として使われるようになった。メヴレヴィー教団は、15世紀頃にオスマン帝国の庇護を受けて隆盛を極め、なかには入信するセリム3世のようなスルタンも現れた。1923年のトルコ革命では、「脱イスラム政策」の一環として、1927年までにルーミーの霊廟は破却され、教団も解散させられた。しかし現在は、歴史的文化価値などから復興し、コンヤの霊廟は博物館として一般に開放されている。ルーミーの命日には、体育館などの公共の場で旋回舞踊が披露され、その神秘的な姿を見ることができる。

現在の一部のイスラム教徒との宗教対立を見ていると、ルーミーが今の世界の現状を見たら、どんな解決方法へと導いていくのかと思わずにはいられない。日本では、それほど知名度の高くないルーミーだが、彼の教えは今日にいたるまで世界中で読まれ続けている。きっと彼の言葉が、宗教の定義を超えて、存在に美しく響くものだからだろう。人々の受け止め方を見ると、まったく質は異なるが、禅の語録やタオの教えに通じるところがあるのかもしれない。


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