Meeting With Remarkable People #73

ヘンリー・デイヴィッド・ソロー

1817-1862

米国の作家、詩人、思想家。
ウォールデン湖畔の森の中に丸太小屋を建て、自給自足の生活を約2年間過ごした。
『ウォールデン 森の生活』は、その記録をまとめたものであり、その思想は後の時代の詩人や作家に大きな影響を与えた。

From  Wikimedia Commons


1817年、アメリカのマサチューセッツ州コンコードに、フランス系の血を受け継ぐジョン・ソローとその妻シンシアの第3子としてソローは生まれた。父は、鉛筆製造の仕事で生計を立てていた。学芸に秀でていたソローは、奨学金などをもらいながら、16歳で、ハーバード大学へ入学。

コンコードは自然環境に恵まれた豊かな土地であると同時に、アメリカ独立革命発端の地であった。そこには、時代を先導した超越主義運動と呼ばれる文学思想活動の中心人物であるエマソンもいた。ソローは、エマソンの『自然論』に感銘を受け、20歳の時、夏に学友が建てた池の畔の小屋で6週間過ごす。ハーバード大学を上位の成績で卒業後、教職に就くが、児童に対する体罰を強いられた彼は激しく反発し辞職する。秋にはエマソンと交流が深まり、「超越クラブ」に加わった。

21歳の時、彼は自宅で私塾を開いた。その教育法は時代を先取りするもので、屋外で授業を行い、知識を実生活に結びつけることに重きを置いたものだった。のちに『若草物語』の著者となるオルコットもここで学んでいる。同年、コンコード文化講座の書記および管理者にも選ばれた。22歳の時、エレン・シューアルに会い、恋をするが実らず、彼は、生涯独身を通した。1841年、24歳の時、軌道に乗っていた学校が、兄の病気によって突然閉校することとなる。毎日数時間の庭仕事を条件に、エマソンの家に住み込む。

1843年、26歳の時、ボストンの『文学雑録』誌に『ウォチューセットへの散歩』を発表。同年、『ダイヤル』誌に、自作の詩と孔子の言葉の翻訳を掲載。その後も、折りにふれ、エッセーを書き続けた。自然に囲まれた一人暮らしを夢見る彼にチャンスが訪れる。エマソンは、ウォールデン湖周辺の森を破壊から守るために、北岸の土地の一部を購入した。エマソンの同意を得て、その土地の中に小屋を建て、28歳の時、簡素な一人暮らしを始める。

この生活は、単に「自然の中で暮らす」のではなく、ソローらしい、数々の実験を試すことが目的であった。彼は真の豊かさとは何かを自ら確かめるために、経済効率の問題などもシビアに考えていた。それまでの社会的な常識にとらわれず、自らが信じることを実践したソローは、人頭税を払うことを拒否、逮捕もされた。納税拒否は、奴隷制度を支持しメキシコ戦争を推進するアメリカ政府に抗議するためだった。彼のウォールデンでの生活は注目を集め、その講演は好評のうちに何度も開催されるようになった。

1848年、31歳の時、父の鉛筆工場が火事になる。彼は父を経済的に援助するため、測量士になることを決意。各地での講演をこなしながら、測量士の仕事も行った。1854年、37歳の時、何度も校正を続けてきた『ウォールデン』をついに出版。

1860年、43歳の時、風邪をこじらせて気管支炎になる。転地療養なども行うが、あまり効果もなく肋膜炎にかかって、家に閉じこもりきりになる。死期が近いことを悟った彼は、原稿の整理にかかり、機関誌などに発表した。1862年、結核のため、故郷コンコードで息を引き取った。44歳だった。

自然を愛し、静けさの中で自身と対峙する生活というものを実践してみせたソローは、ナチュラリストの元祖のように扱われることも多い。しかし、もっとも大きな功績は、社会のシステムに囚われて生きている人々に、自分の頭で考える生き方を提示したことではないだろうか。パラダイムの転換は、今、目の前にある日常から起こしていくことが可能なのだと、彼は教えてくれた。


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