Special Interview #39

祖父とコーラと私と。

伊良コーラ株式会社代表取締役 小林隆英さん

今、口コミで美味しいと評判のコーラが注目を集めている。
小林隆英さんが1人で開発した「伊良(いよし)コーラ」だ。
世界シェアトップのコカ・コーラとナンバー2のペプシコーラの牙城に食い込むべく、
小林さんは2020年2月、神田川沿いの東京・下落合にて
世界初のクラフトコーラ専門メーカー・専門店と銘打ち、
「伊良コーラ総本店下落合」を立ち上げた。


下落合でオリジナルコーラの店舗を開店

東京新宿区の下落合駅から徒歩5分ほどの神田川沿いに、人が何人か集合している建物がある。閑静な住宅地では目を引く光景だ。
オリジナルコーラを販売している自社工房兼店舗の伊良コーラ総本店下落合である。
定番商品のドリーミーフレーバーを注文すると、パウチにストローをさしたレモンの輪切り入りのコーラを手渡された。1杯500円。色は透明感のある黄色に近く、既存のコーラとは異なる。スパイシーだが飲みやすく、残暑の中で味わうと清涼感がたまらない。
コーラ好きではなくても、これなら老若男女にかかわらず飲めるのではないか。飲んだ人たちの「コーラの概念が覆された」「どこか懐かしい」などの高評価は納得できる。
オリジナルコーラのレシピ作りに成功して伊良コーラを立ち上げた創業者、小林隆英さんのおすすめはミルクコーラだが、初めて飲む人にはドリーミーフレーバーを推奨するという。
コーラ作りの基本的な工程をうかがう。
「レモンとライムの皮をむいて絞り、スパイスを粉砕して調合します。レモン、ライム、スパイスを火に入れ、砂糖を混ぜ合わせてシロップを作るという流れです」含まれているスパイスはナツメグ、コリンアダー、シナモンといった12種類以上。シロップ(商品名は『魔法のシロップ』)を購入して炭酸で割れば自宅でも味わえる。ミルクを投入して飲んでいる人の声を参考にして店頭で売られるようになったミルクコーラは、まろやかでとても美味しく感じる。
店舗の脇には瓶入りコーラの自動販売機が置かれていたが、取材時は売り切れだった。小林さんも「ぼく自身、コーラを毎日飲めているわけではないんです(笑)」というほど売れ行き好調で、生産が追いつかないという。



感動する味のコーラを追い求めて

小林さんは格別コーラ好きではなかったという。しかし、カフェインが入るコーラを飲むと偏頭痛が緩和されるため、たまに飲んでいた。はまったのは大学入学後、世界中を旅して様々なコーラを飲むようになってからだ。当初は現地のコーラの味わいを楽しんでいただけだったが、インターネットで100年以上前のレシピを見つけて、手作りコーラに目覚める。レシピ通りでは飽き足らず、広告代理店で働きながら空いた時間で美味しいコーラを追求し続けた。その間およそ2年半。何度かやめようと思ったが、ついに会心のコーラができあがる。
「目標は、とても美味しいコーラという、ただそれだけでした」。そこそこ美味しい、では満足できなかった。ポイントは感動の有無という。
「感動の基準は他者でなく自分です。そのときはまだお客さんにコーラを飲んでもらっていたわけではなかったので」。
多忙な社会人が1人だけでコーラを作り続けるのは困難だったはずだ。心身ともにすごくきつかったのでは?
「息抜きとか趣味のような感じだったので、とくに苦しかったというのはなかったです。化学で実験をやった人はみんなそうだと思うんですけど、失敗はうまくいかなかったデータでしかなく、目標に何度も挑戦するだけです。それに、何かわからない大きな力に突き動かされていました。使命感? 使命感ではなく、とにかく作り上げようと思っていました。レシピが完成して壁を越えたな、と。そして、誰かに飲んでもらいたいという気持ちが初めて生まれました」。



コーラ作りで感じた祖父とのつながり

その後の動きは早かった。試飲した同僚は味を絶賛。早速キッチンカーを購入して青山ファーマーズマーケットに出店した。売り上げは好調で、初出店から5ヶ月で会社を退職し、伊良コーラに専念することになった。翌月の2019年1月には会社を設立し、2020年2月、コロナ禍で店舗をオープンした。
出身地の下落合では、和漢方の職人である祖父の伊東良太郎(いとうりょうたろう)さんが1854(昭和29)年に和漢方の工房「伊良葯工(いよしやっこう)を開いた。小林さんは子どもの頃、体調を崩すと市販の薬ではなく生薬を飲んでいたという。祖父から具体的なアドバイスを受けてはいないものの、死後に残された道具や資料に触れ、家族からエピソードを聞いたりしたことがコーラ作りでぶつかった壁を打開するヒントになった。祖父はいないが、「つながりはだんだん深くなっていった」と感じている。
店内を見渡すと、近未来的なたたずまいの中に祖父が使っていたレトロな機械も存在感を放っている。祖父が遺した工房は継ぐ人がおらず、建物を取り壊す予定もあった。それを改装し、この地で屋号を引き継いで店をオープンしたのは必然だったのだろう。

抜群の集中力・行動力だが規律を守るのは苦手

伊良コーラを牽引する小林さんには人並み外れた集中力と行動力がある。
「アメリカのストレングスファインダー(人間の能力を34に分類するテスト)によると、一番得意なのが着想で2つ目が実行力。インスピレーションを受けていろんな物事をつなぎ合わせることは得意なほうで、思いついたことを形にすることができたのかな。一方、苦手な分野もたくさんあって、そのテストで最もレベルが低かったのは規律性です。勉強は得意で生き物好きでしたが、運動は得意ではなかった。人と違っていたので子どもの頃は生きづらく、小中高は大嫌いで学生生活はすごく苦痛でした。あとは人間関係を構築する力もあんまりない。そこは、マネージャーのような人に力を借りて組織を大きくしていくしかないなと思っています」。
取材で話す限り、そのような苦手意識を感じさせないが、意外な弱点はまだある。
「家に帰るとそのまま寝てしまうとか、体力がない。父親も結構体が弱いので遺伝ですね。祖父、母の家系は精神エネルギーも体力もタフです。精神エネルギーはすごくあるので、燃費が悪い車を馬力で無理やり動かしている感じです」。


世界3大ブランドを狙う

スパイスの調合や管理は自分でしていたが、今は弟子とともに行う。現在、スタッフを10人ほど抱え、自身は経営に注力している。取り扱っているのは「伊勢丹などのデパート、地方の小売店だとDEAN & DELUCA、飲食店だと小さなカフェなど100店舗ほど」。急成長を続ける伊良コーラの現状をどのようにとらえているのだろう。
「まだスタートラインに立ったかどうかぐらいの感覚です。世界的なコカ・コーラ、ペプシコーラに並ぶブランドにするために、今後打ち手はたくさんある。日本では知名度がまだ全然ないし、売り上げ規模でも上場レベルには至っていないので、着実にやっていくしかないですね」。
瓶コーラのラベルはホログラムの特殊な箔をロールごと買って作られ、手間とコストがかかっている。ロゴモチーフとして描かれているのは、空を飛びつつ魚を捕食するカワセミだ。アウェーな水中に自ら飛び込むカワセミに、コーラに対する「クラフト(手作り)できない」「体に良くない」という既成概念や常識に挑んでいく決意を込めた。
小林さんの心意気と職人としての祖父の矜持が詰まった伊良コーラは、様々な困難を軽やかに超えて世界へ羽ばたきはじめている。

プロフィール

小林隆英さん(こばやし たかひで)

別名:コーラ小林。伊良コーラ株式会社代表取締役。1989年10月生まれ、東京・下落合出身。京都大学農学部卒後、広告代理店(株)アサツーディ・ケイ(当時)に勤務。働きながらオリジナルコーラの開発にいそしむ。2018年7月、移動販売車で伊良コーラの販売を開始。同年12月に退職して2019年1月に会社を設立した。2020年2月から伊良コーラ総本店下落合をオープン。


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